プロローグ
見切り発車です。
更新は不定期です。
横から、唐突に車のクラクションが聞こえる。
見ると、トラックが、目前に迫っていた。
咄嗟に抱えていた子供を離す。
子供は、一目散に道の向こうへとかけていった。
ふん、助けてやったのに、オレを助けようとする動きすら見せない何て、薄情なもんだ。
痛めた足に鞭を打ち、立ち上がる。しかし、間に合わない。
トラックが、オレに突っ込んでくる。
身体中に、鈍い痛みが走る。
伸長150cmと小柄なオレは、なすすべもなくトラックに吹き飛ばされる。
オレの体は中を舞う。
体から、何かが抜けていくような喪失感を覚える。
周りの悲鳴も、体のあちこちから流れ出る赤い血潮も、全てスローモーションで耳に、目に、届いてくる。
柄にもなく、道に飛び出した子供を助けたのが悪かった。十分助けられると思った。転んで足を挫くなんて、思ってもみなかった。だが、後悔はしていない。
オレの体は地面に叩きつけられ、頭蓋骨がグシャッという気味の悪い音をあげる。口から血が流れ出て、頬に生暖かい感触を与える。
周りから集まってくる人は慌てているが、オレは不思議と落ち着いていた。
死ぬことは怖いが、仕方がないことだという諦めのほうが大きかった。
人には、人生の中でやらなければならないことがある。それを成し遂げないと、死ねないのだ。
オレの人生の意味は、あの子を助けることだったのだろう。あの子は、将来大物になるに違いない。
「生きろよ……」
野次馬達には聞こえないくらいの声で呟いたが、あの子の心には届いただろうか。
遠くに救急車の音を聞きながら、オレは意識を無くした。
―――――――――――――――――
目が覚めたら、知らない場所だった。オレは、子供を助けて死んだはず……
「その通り」
いきなり、声がする。声がした方に向くと、正に「美女」と言うにふさわしいような、きれいな、どこか神秘的な雰囲気を纏った女性がいた。
いや、「美女」よりもふさわしい言葉がある。それは、「女神」。
神を信じず、どの宗教にも入っていなかった自分の口から、「女神」などという言葉が出てきたことに、驚く。
「お主はなかなか勘が鋭い。いかにも、私は女神だ」
「っ!!何故オレの考えが分かる」
「それはもちろん、私が神だからさ」
平然と言う目の前にいる女性に、若干恐怖を覚える。しかし、表情には出さない。
「はっはっはっ、考えが読まれることを知っても、その無表情か。実に面白い。私が見込んだだけある」
女性が、笑い声をあげる。
「お前との駆け引きは愉しそうだからな。あなたの考えは読まないであげよう。それで、何か聞きたいことはあるか?」
「お前が女神だとして、オレに何のようだ。女神は、オレみたいな凡人に構ってられるほど暇なのか?それとも、その高圧的な態度で、仕事が回ってこなくなったか?」
オレの挑発に、女神のこめかみがピクッと震える。が、直ぐに普通の表情に戻る。
「お前の命は私が握っているんだ。今回はこの寛大な心で許してやるが……」
女神が、オレに殺気を飛ばす。
「次はない」
殺気と、その言葉に、オレは固まる。
オレだって社会人生活してるんだ。殺気も、嫌みも、悪口も、何度も味わってきた。しかし、そんなのとは格が違う。
いつもなら、「もう死んでるんだから、命を握っているもなにもない」というようなことを言うだろうが、口が開かない。動物的本能が、逆らうなと告げている。
「な、んで、オレ、をこ、んな、とこ、ろ、に」
うまく開かない口を、開き、途切れ途切れながら質問する。そのとたん、殺気は収まり、オレは深呼吸する。
「何故あなたがここにいるか、だな?何となく気付いているかも知れないが、あなたには……」
そう、オレも何となく分かっている。この状況は、前に読んだファンタジー小説と似ている。その時の主人公が、神に言われた言葉は……
「異世界へ転生してもらう」
予想通りだった。
「理由を聞いても?」
「ああ、では話すぞ。まず、並列世界というのを知っているか?」
「何となく、な」
といっても、ファンタジー小説に出てきただけだ。本当にあるなんて思ってもいない。
確か、「ある世界から分岐し、それに平行して存在する別の世界」だったはずだ。
「あなたがいた地球にも並列世界は無数に存在し、バランスを保っている。その中の一つに、魔法や亜人種が存在する世界がある。手違いで、そこの子供が、あなた達の世界に、飛ばされてしまったんだ」
何となく話が読めてきた。
「このままだとバランスが崩れ、全ての並列世界が崩壊する。よって、その子供を戻すことになった。その子供が……」
「オレが助けた子供だったと」
「その通りだ」
ふむふむ、分かったぞ。
「子供を戻そうとしたら、車が突っ込んできたんだ。人間が別世界で死んだら、その魂はどこにもいくことができず、そのまま消滅する。そうなると、バランスが崩壊するんだ。全ての神は、諦めかけた。そこに、君が現れ、子供を救ってくれたんだ」
何やら、壮大な話になってきた。つまりは、オレは子供1人ではなく、無数の世界を救ったのだ。
「それにより、とりあえずの世界の危機は無くなった。しかし、そこからが問題だった。子供を戻そうにも、沢山の人が見ている。このまま戻したら、いらぬ混乱を巻き起こしてしまう。そこで、あなたを子供がいた世界に送り、バランスを保つことになったのだ」
「そうすると、やはりいらぬ混乱が起こりそうだが?」
「大丈夫だ。お前の魂だけを送るからな。あちらの世界には、お前の亡骸だけが残る。魂を強制転移させた痕跡は亡骸に残るが、「魔法」の概念が無いから、大丈夫だ」
もし魔法の概念があったならば、魂が強制転移された痕跡が発見され、混乱が起こるのだろう。実感がわかないのは、やはり魔法の概念が無いからだろうか。
「だが、他の神からの反対は無かったのか?」
「あったさ」
当たり前だ。
普通の人間をいきなり異世界へ送るなんて、普通は考えられない。せめて、許可をとってから(どうやって許可をとるのかまでは分からないが)やるべきである。それなのに、普通の人間を、許可を無しに選ぶなんて、馬鹿げている。それが、世界のためでもだ。
「だが、あなたからは何か他の人には無いものを感じた。わたしもなかなか身分の高い神だからな。緊急時だったこともあったし、多少の反対は無視した」
つまり、自分の意見を押し通したということだ。民主制が無い。
「では、あなたに聞く。異世界に転移する気はあるか?本人が許可したらという話になったので、今なら断って、冥土へ逝くこともできる」
ということは、このまま死ぬか、異世界へ行けということだ。オレは、まだやりたいことがたくさんあるのた。このまま死ぬなんて、嫌だ。だからもちろん……
「異世界へ行かせてください」
「そうか、わたしは嬉しいぞ。では、早速あちらへ飛ばそう」
満面の笑みを見せた女神は、呪文のようなものを唱え始める。すると、オレの体が光に包まれていく。
「では、さようなら。あなたの第2の人生に、幸多からんことを」
オレの体を包む光が、さらに強くなる。自分の体が、痛みもなく消えていくのに不思議な感じを覚えながら、オレは消えた。
後には、一人の神が残っただけだった。
「さあて、バランスを崩さないようにってのは建前で、実は異世界人がどんな風に生きていけるか見たかっただけだなんて、誰にも言えないな」
その神も立ち去り、後には、笑い声だけが反響していた。