いちごの花園
「雅樹ちゃん顔色が悪いわね。お紅茶でも淹れましょうか?」
「いえ…お構いなく」
「あっそう。せっかく私のスペシャルブレンドのエクセレントティーを淹れて差し上げようかと思ったのに」
…何だよそれ!
「あの…この人形は」
「私ね、リサちゃん人形大好きなのよ。リサちゃんでしょ、マリンちゃんでしょ、アヤカちゃんでしょ、それからマロンちゃんに…」
「失礼ですが、おいくつなんですか?」
俺は頭の痛くなるいちごの言葉を遮って、訊いてみた。
「あら、雅樹ちゃん私に興味があるの?」
そういうわけじゃないけど…
「ええ、まぁ」
「いくつに見える?」
マジでわかんねぇよロリータ女。
「わかりません…」
「ふふふっ。16よ」
えー!!
「若っ!」
「15の時から小説を書いてるの」
「…ご両親は」
「いないわ。私は小さい頃イギリスの孤児院にいて、たまたま観光に来たここに住んでた老人夫婦の養子になったの。ふたりとも一昨年と去年にそれぞれ亡くなったけどね」
なんかすげぇ人生だな…。
「では、この家などはその夫妻の趣味で?」
「いいえ、死後に私が塗り替えました」
うわー…。
「ねぇ、私の小説を読んだ?」
「いいえ、まだ…。今日突然担当を発表されまして」
「ふ〜ん。また読んでみてね。いっぱいベストセラーになってるから」
そうなんだ…知らなかった。物書き歴1年で…すごいな。
「最近までアメリカに赴任していたので知りませんでした」
「へ〜」
「今日帰りに本屋へ立ち寄ってみます」
「買ってね」
「はい」
そう言うと少女は純粋なあどけない笑顔を見せた。なかなか可愛いじゃねぇか。
「あ、そうだ。雅樹ちゃん、敬語は使わないで。堅苦しいのはイヤだから」
「あ…うん」
「ってか雅樹ちゃん、なんで前の担当ちゃんが辞めたか知ってる?」
「いや…」
そう言えばそうだ…
「ふふふ…っ」
えー…聞きたくないかも…。
「私の美貌にストレスを感じたからよ!オホホホ」
何じゃそりゃ…
「ベストセラー作家でブログ女王の私が眩しすぎたんですって。」
へ〜、ブログ女王なんだこの人…
その後、俺は用件を済まし、帰宅の路についた。自宅の最寄り駅で本屋に立ち寄った。
「え〜っと…桃色いちご…」
俺は作家名を目で辿る。すると発見。
『ロリータ物語』
『ベネチアの薔薇』
『桃色両想い』
『長靴を履いた苺』
…すみません、どれも読みたくありません。でもとりあえず1冊手に取ってみる。
『ベネチアの薔薇』
適当にページを開けてみる。
『…マリー・アントワネッパは、自分の団子鼻がコンプレックスであった。そこへ現れたのは、同じく団子鼻のフォルゼン伯爵。ふたりは深く愛し合っていた…』
…ふーん…。
また適当なページを開けてみる。
『…その時、アンドラが敵陣に撃たれた。
「アンドラー!」
「オスカラ!どこだー!?」
「アンドラ…見えていないのか…なぜ…」
「…オスカラ…」
アンドラはオスカラへ手を伸ばした。
「アンドラ…逝くな…私を置いて逝くな…!」
「オスカラ…愛している…」
「アンドラ…」
アンドラは目が見えていない為か、オスカラに向かって手を漂わせる。
「アンドラ…見えていないのか…なぜ…なぜ戦場で目隠しプレイをー!!?」
』
…アホだろ。
俺は無言のまま小説を本棚に戻した。
今度は帰ってパソコンを立ち上げてみた。
『桃色いちご』
検索してみる。するとすぐにブログが見つかった。クリックしてみる。
『今日は新しい担当さんが来ました。名前はMASAKIちゃん。出版社の人ってむさ苦しい人だと思ってたら、若くて男前でびっくりしちゃった。エヘッ』
何故かインターホンを押している俺の顔写真が載っている。…あのクソ女…インターホンの中に隠しカメラを…!!
俺、日本に帰って来ちゃいけなかったのかな…。




