ボス来たる
「あなたは、罪を認めないと言うのだね?」
「だから俺は何もしていないんだって」
「ならばあなたは、あの現場で誰と話していたのだね?」
「だから、人形と」
「またその虚言か! 精神鑑定にかけるか? あぁ?」
「異議あり! 裁判長! 検察官は被告人の人格そのものを否定しています!」
「裁判長! これは重要なことなのです!」
「…では、検察官、続けて下さい」
…ガバッ!!
俺が何をしたーー!?
あ…夢か…。
「あなた〜ごはんよ〜。起きて〜」
ああ、いつもの朝だ。よかった。俺は寝室を出て顔を洗い、リビングへ行く。
「…あれっ?」
『おはよう、雅樹ちゃん。お目覚めはいかが? 今日も素晴らしいお天気よ』
「いちご…」
「たまたま通りがかったんですって」
「…いつ?」
『朝の4時過ぎに。で、ついでだから朝ご飯をいただいて帰ろうかと思って、近くの公園で時間を潰したりしてたの』
「何やってたんだよ、4時に」
『散歩』
「深夜に?」
『あら、雅樹ちゃん。心配してくれるのね。夜の散歩は涼しいし人通りも少ないから自由よ。それに安心して、あたし実は黒帯の段持ちだから。試しに朝の一勝負いかが?』
「拒否します」
俺は若干イラつきながら席に着く。なんで朝からロリータに会わなきゃいけないんだよ。
『あ、でね、まぁ色々わけがありまして、今日雅樹ちゃんにひっついて出勤するから〜。ついでに人形も持って行くから〜』
「はぁ?!」
『しつこく質問すると、シバき回すからね雅樹ちゃん』
…という悲惨な朝、俺はいちごを連れて出勤している…。通勤ラッシュの人混みでは迷子になりそうとか言うから、いちごと左手で手を繋ぐ。いちごの左手には3バカ。…ってかなんで交通費俺持ちなんだよ!!
何やかんやで無事に会社に到着。通勤中、周りからの視線が痛かった…。もう少しの辛抱だ…会社に入れば……嗚呼、駄目か…やっぱりジロジロ見られるのね…。
「おはようございます、先輩。おやおや、可愛いのん連れて!」
アンソニーにそう言われていちごはまんざらでもない顔をしている。
「おぉ茨木、奥さんと子供いるのにそんなに若い子と…? 手なんか繋いじゃって〜」
この手には深い理由があるんっすよ…。
俺は自分の席に着く。いちごは部長の所に行った。
『部長さ〜ん』
「お、桃色先生〜。新作の売れ行き、なかなか好調だよん」
スキンヘッド・サングラス・アロハとロリータ女…ここ、まともな会社なの?
『本当? よかったわ〜。今日はね、雅樹ちゃんとたまたま会ったから挨拶しに来たの』
何がたまたまだよ。
「そうかそうか〜」
『今日は雅樹ちゃんと仕事の打ち合わせあるから、10時になったら一緒にここを出て帰りますぅ〜』
「ああそう。まぁじゃあ自由にしててよ」
部長、この女を泳がしておいてはいけません!
『ああ、はい。じゃあ適当に探検してきます』
神聖な社内をうろつかないでくれっ!
「はいは〜い」
許可すんな!
『雅樹ちゃん、お金』
部長のところからスキップで戻ってきたいちごは、俺にそう言った。
「は? 知らねぇよ」
『意地悪っ! いいのよ〜ここで○○オタクなのをバラしてやる!』
「何っすか? 聞きたい聞きたい!」
『あのね〜アンソニーちゃん。雅樹ちゃんったらね〜』
「いくらだ?」
『ありがとう雅樹ちゃんっ』
俺はいちごに小遣いをやり(なんであいつ無一文なんだよアホ)、仕事にかかった。
『何ともまぁ広いしきれいな会社ね〜。儲かってるのね、この会社』
『これって広ぇの? あたし就職したことねぇからわかんねぇわ』
社内を探検するいちご・人形たちは話しながらあたりを見回していた。
『リサさん、凄く立派な会社ですよ〜!』
『あたしの元カレ、こういう会社の社長だったなぁ。ま、あたしは遊びの愛人だったけど』
『ジュリアさん、色々あるのねぇ』
『モデル時代は本当にモテたんだって〜』
『ってかさ〜、どこ行こっか〜』
いちごはキョロキョロしながら歩く。彼女とすれ違う度に多くの社員がびっくりしたような顔をしている。
『社長室なんてどうだ? ハゲたおっさんが黒皮の椅子でふんぞり返ってるとこ見ようぜ』
『リサさん…社長さんハゲてるかどうかわからないでしょう…』
『安心しろ。多分ハゲてるって〜』
『じゃ、決まり! 社長室にレッツゴー!』
いちごはスキップでエレベーターホールに向かう。
『すみませ〜ん。社長室は何階ですかぁ?』
いちごはエレベーターを待つ2人連れの女子社員に訊いた。
「…は?」
尋ねられた若い女子社員は目を丸くしている。
『だ〜か〜ら〜。社長室っ!』
「なんでこんなところに桃色いちごがいるのかしら?」
「知らないわよ。…どうする?」
女子社員たちは小声で会話する。背の低いいちごはそんな2人を見上げて返事を待っている。
「…社長室なら…8階に…」
『あっそ。ありがと』
いちごはちょうど来たエレベーターにするりと乗り込んだ。女子社員2人はその様子をポカンと見ていた。
チーン
8階に到着。
『社長室ってどこだと思う?』
『さぁ…また誰かに訊けば?』
『そうね。…すみませ〜ん、ちょっといいですか〜?』
ちょうど通りがかった中年のオジサンに声をかけた。バーコード頭に膨らんだ腹、いちごより少し高いだけの身長。
「はい…ってもしかして桃色いちご?」
中年のオジサンはいちごにそう言った。
『はい、そうですけど。私って結構有名人なんだなぁ』
「僕も娘も妻もみんなあなたのファンだよ。本当に普段からロリータなんだね」
『ええ。…あ、そうそう。お尋ねしたいことがあるんですけど、社長室はどこですか?』
「社長に用?」
『用っていうか…暇つぶしです』
「暇つぶし?」
『そう』
「あはははは〜やっぱり君って面白い子だね。実は僕が社長なんだよ」
『…え!!』
「お茶でも出すよ。社長室へどうぞ」
『どうも〜』
2人は社長室に入って行った。
『いつもお世話になってます。新作も着々と部数を伸ばしてるみたい』
「君の小説は全くわけがわからなくておもしろいよ〜」
『ありがとうございます〜』
そこへ秘書がお茶を運んできた。
『ありがとう。いただきま〜す』
「あ、そうだ。なんでまた社内見学?」
『担当の茨木雅樹ちゃんにひっついて来たの。雅樹ちゃんとは家族ぐるみで仲良しで、旅行も連れて行ってくれたし、この前も海水浴行ったりしたの』
「そうかそうか。茨木か。また今度コンタクトを取ってみよう」
『あ、よかったら今夜一緒に雅樹ちゃんのおうちの晩御飯に転がり込みましょう!』
「いいの?」
『私はいつも勝手に転がり込んでます』
「ほ〜う」
…そんなこんなで午前10時。
『雅樹ちゃん、おうち帰るよ〜ん』
「はいはい」
俺たちは電車でいちごの家へ行った。今日は本当に無駄な交通費や金を遣わされる…。
俺たちはいちごの家で仕事の話を済ませた。今日やけに仕事の話に集中しているな。
『雅樹ちゃん、今日晩御飯食べに行くから。華夏美ちゃんにはもうメールしたから』
ああ、素直に仕事に集中した理由がわかった…。俺は気重のまま社へ戻った。
やっと退社時刻になり、帰宅の途につく。
「ただいま〜」
俺が玄関を開けると、駆け寄ってくる2人。
「パパ〜お帰り」
『雅樹ちゃ〜んお帰り〜』
悲しいかなこのパターンにも最近慣れてきたわ…。
「茨木〜」
あれ?奥の方から聞き慣れないオッサンの声が…。
「あなた〜社長さんよ〜」
妻…今何て言った?!
俺は慌てて靴を脱ぎリビングへ走り込む。
「……はっ?!」
社長が…社長いるのは何故ですかぁぁぁぁーーーーーーーっ!!?!
「茨木君、いちごちゃんと一緒に伺ったよ。まさか君がこんなに彼女と親しいなんて。実はファンなんだよ」
「……はぁ」
社長が我が家ですき焼きを囲んでいる…バーコードから覗く地肌が鍋の熱気で赤らんでいる…いちごとリサがニヤニヤしている……何コレ。
「さぁ、早く座りたまえ。すき焼きだぞ?」
「……はぁ」
なぁ…部長…俺もうイヤ…




