甘い災難
俺はいつものように会社に出勤した。当たり前のようにスキンヘッドでアロハで室内サングラスのおっさん(部長)もいるし、もみ上げを撫でるアンソニーも、同僚の佐藤もいる。
「先輩、グッモーニン!」
「おはようアンソニー。今日は機嫌が良さそうじゃないか」
「わかりますぅ? 実は、我が弟がデートに行ってるんですよ」
「へぇ〜。彼女できたんだな」
「いえ、琴美ちゃんと」
えー!!
「朝からバイク飛ばしていきましたよ〜」
「お前、27だろ? 弟は?」
「25っす」
「仕事は?」
「英語の講師だけど、仕事そっちのけですよ」
「マジで〜…」
「あれほどのストライクゾーンはこれまで会ったことがないらしいです」
「ふーん…」
張り切りすぎて事故らなきゃいいけどなぁ…。
昼過ぎ。
昼休みも終わり、俺は相変わらず仕事をしていた。そこへ、隣の席のアンソニーに電話が入る。
「はい、お電話変わりました。…ええ、ジョージは私の弟ですが……はい…ええ……え?! そりゃ今すぐ行きます!…はい…はい……はい、失礼しますっ」
急いで電話を切るアンソニー。
「どうした?」
「ジョージが事故りました!!」
「は?!」
「部長! 俺、ちょっとかなり急用です! すみません!」
「ちょっとわけありなので俺もついていきます!」
「???」
スキンヘッドはきょとんとした顔をこちらに向け、わけのわからぬまま手を振ってくれた。
『○×病院』
俺たち2人は受付で部屋を聞いて病室へと急いだ。
「ジョージ?!」
アンソニーが病室のドアを勢いよく開けると、中に脚を吊られたジョージがいた。
「やぁ兄さん」
「やぁ…じゃねぇよ! 何やってんだよ!」
「怪我は脚だけだよ。あとはすりむいただけだし。あ、琴美ちゃんへの心の病なら…うふっ」
「どアホ!!」
「まぁまぁ落ち着けアンソニー」
「はっ! あの女は?」
アンソニーが病室を見回すと、隅の方に隠れているライダースーツの女王蜂がいた。
アンソニーは彼女を睨む。その表情を見てジョージが言った。
「兄さん、彼女は何も悪くないんだよ。自分のせいなんだ」
「…どういう意味?」
俺は女王蜂を椅子に座らせ、自分もその隣に腰掛けてふたりの会話を聞いた。
「俺たち、ふたり並んで自然の中を駆け抜けてたんだ。で、とある直線の道で、彼女がヘルメット開けてこっちに微笑みかけてくれたんだ。緑の中で、彼女の表情は輝いていて、…気付いたらいつの間にか直線の終わりで、びっくりしてハンドルを切ったら…ね」
「アホだな」
俺は一部始終を黙って聞いていたが、彼、アホだな。
「彼、よくあたしについてこれるなーってさ。上手いなーって。で、景色めちゃめちゃ気持ちいいし、ちょっとコンタクト取ろうとしただけよ。彼にウインクしながら、一瞬親指を立てて最高だねっていう意味を示しただけ」
「…うちのバカがアホなだけだな、そりゃ」
「ごめんなさい、アンソニーさん」
「いやいや。気にすんなって。こちらこそ睨んでごめん。こいつ、琴美ちゃん大好きみたいだから見舞い来てやってよ」
「うん」
解決したか。よかったよかった。脚をギブスでガッチリ固められて吊られてるジョージもイヤな気はしていないみたいだ。むしろ愛は深まったとか? あー、俺、なんか無駄に疲れた…?
『あー! 雅樹ちゃんがいるぅ!』
いちごが病室に入ってきた。相変わらずのロリータファッションに、クルクルに巻いた黒髪をふたつに結っている。手には深紅のバラの花束。それ、見舞いには間違ってないかなぁ…。
『うほ〜片足ミイラか〜…ダサっ!!』
「がーん」
「落ち込むな弟よ。プラス思考で行け。怪我のおかげで美女が自分を訪ねてきてくれるわけだからさ」
「そうか!」
立ち直り早いなぁオイ!陽気なアメリカ人兄弟だな!
『あ、女王蜂ちゃん。ここまでタクシーで来たから、帰りお家まで送ってね〜』
「了解」
ん〜…俺、場違いじゃねぇ?




