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007 夕暮れ、自宅

 幸いなことに、妹はまだ学校から帰ってきていないようだった。

「――」

 無言でホッと胸をなでおろす。秋月たちを自室に招き入れるよりも何よりも妹の帰宅の如何が何よりも問題だった。女の子、それも春風以外の女の子を家に連れてきたとなればあの愚妹がどれだけ騒ぐかは目に見えている。無言で赤飯を炊かれるのは間違いない。うん。想像するだに恥ずかしい、もとい恐ろしい。

 ちなみに両親はいない。この場合のいないは、家にいないというだけであって、今は両親ともに元気に北海道へ出張中だ。毎月送られてくる旬の食べ物が楽しみだ。

「じゃあ、上がってく――」

 そう思いながら、後ろを振り向く。瞬間、秋月と明智のその後ろの三人目と目が合った。

「――はぁ、はぁ……」

 走ってきたのだろうか。肩で息をするそいつは、きつそうに汗をだらだらと垂らしながらも俺を睨んでくる。

 俺の明後日の咆哮に向けられた視線に、二人も後ろのその人物に気が付く。

「おや、春風。早かったな」

「……チカ、何をするかと思ったら……はぁ、はぁ……」

 きついなら喋るなよ、と思うほどにその声は切れ切れだった。額には球の様な汗が浮かんでいる。見るからに暑苦しい。どっか行って欲しい。

「何しに来たんだ」

「――ッ! それは、こっちの、台詞よ! 何やってんのよセイジ!」

 思わず耳を塞いだ。それほどに大きな怒声だった。

「――っせぇ。叫ぶな!」

「これが叫ばずにいられるもんですか! あんだけ言ったのに、よりにもよって自分ちに連れ込むなんて何考えてんのよ! このバカセイジ!」

 春風は昨日の宣言の時よろしく、まるでゴミでも見るような冷たい目だった。ただ、疲れているのか、その視線は時折下にも向けられる。

「……あのなぁ! 俺が連れ込んだわけじゃねえ! ほとんど押しかけられたような――」

 そこまで言って、途端に面倒になった。理由はさっきの明智による長い説明だ。あれを俺が改めて一から説明するのは想像するだけで気が滅入る。

「――明智」

「どうした?」

 俺は春風を無視して、明智に言う。明智は隣で憤慨する春風をさもそよ吹く風のように受け流している。

「こいつに一から説明してやってくれ。俺は麦茶でも入れてくるよ。春風。一通り聞いたら俺の部屋に行っておいてくれ」

「ちょ、ちょっと!」

「了解した」

「ふぇ……?」

 三者三様のリアクションを返されたものの、もうそれに対するリアクションは品切れだ。それらを完全に無視して、俺は台所へ向かった。なんてーか、喉が渇いたよ。



 部屋に入ると、渋々ではあるが納得した、という顔をした春風がベッドに座っていた。明智は俺の椅子に座り堂々としている。秋月は春風の横に隠れる様にして座っていた。男子のベッドの座るというだけで緊張物なのだろう。秋月の目の焦点はどこか合っていないようだった。

「分かったか。不可抗力だ」

 俺は春風そう言って、押入れから折り畳み式のテーブルを引っ張り出すと、部屋の中央に置いた。そしてその上に持ってきた麦茶とグラスを人数分置く。

「分かったわよ……。そうならそうと言ってくれればいいのに」

「言っても春風は納得してくれないと思ったのでな。強硬手段に出させてもらった。それに春風なら後から来ると予想はしていたのでな」

 おい。聞き捨てならんことを言いやがったな。お前は春風が追いかけてくることを予想済みだったのか。そんでさっきはさらりと流したが、おい春風よ。なんでお前は俺のベッドの上にあたりまえのように座ってんだ。少しは恥ずかしがれよ。……いや、恥ずかしがられても気持ち悪いか。

「ま、まぁ。分かったわよ。あたしも参加させてもらうんだから」

「どうだろうか?」

 きぃ、と椅子を回転させて明智が俺に向き直る。お前はお前で自分の部屋の様な態度だなおい。

「――分かったよ。お前も元々そのつもりだったんだろ」

 にぃ、と口の端を上げる明智。ったく、油断ならん奴だ。

「べ、別にあんたに教えて貰いたいわけじゃないんだからね。あたしだって進度の確認は必要なの! それと鈴のボディーガードだってしないといけないんだから!」

「おお、これがツンデレと言うやつだな。氏の前では春風もこうなるのだな」

「ち、違うわよ!」

「そうだぞ、明智。俺はこいつがデレたところを見たことが無い」

 きっとそれはこれからも見ることは無いだろう。間違いなく。想像もしたくない。

「ふむ。そうか。しかし、先日から春風が私の知らない一面を見せてくれているかのが非常に愉快でな。こう言ったらとばっちりを被っている鈴には失礼か」

「何よ、チカ! あたしが鈴に迷惑をかけてるって言うの!」

「そう言ってるんじゃないか?」

 そう言った瞬間、目の前が真っ暗になった。

「いってぇ!?」

「ごめん、つい条件反射で」

「お前は条件が揃えば俺を殴るのか!」

「ふむ。その条件を知りたいところだな」

「おい、明智。それを知ってどうするんだ……?」

「それは勿論決まっているだろう。氏を黙らせるときに使うのだ」

「はっきり言いやがったー! 俺を黙らせてどうするんだよ! 発想が物騒ですよこの人!」

「あんたも大袈裟なのよ。別に大したことないじゃない」

「お前が言うな」

 原因。むしろ根源。それを理解してねぇなこの女。

「そういや、お前。なんで明智のことをチカって呼んでるんだ?」

 ふと思った。さっきから春風は明智をそう呼んでいた。

「あ、んー……えーとね……」

 春風はそう言って考える様子を見せる。突然の歯切れの悪さにどこか違和感を覚える。

「ん? なんか深い理由でもあるのか?」

「えっと、そういうわけじゃないんだけど」

 春風はそう答える。どうにも歯切れが悪い。どうしたってんだ? たかが呼び名だろ?

 明智は何も言わない。春風に説明をすべて任せているのか、それとも自分からは言いたくないのかは分からない。春風は春風でどう説明すればいいものか、と考えているようだった。

「あ、あの……」

 そこで口を挟んだのは秋月だった。

 突然の発言に誰もが驚く。先程まで春風の隣で小動物と化していた秋月は、気が付けば春風のちょっとだけ前に出てきていた。

「どうしたんだ秋月?」

「あ、あぅ……」

 俺の発言に秋月は縮こまる。すぐさま春風の後ろに隠れてしまった。

「もう、セイジ! 驚かさないでよ! どうしたの、鈴?」

 春風は二面相よろしく、俺に般若のような表情で怒ると、すぐさま切り替えて優しい表情で秋月にそう言った。驚かせたつもりはないんだが。話しかけることもNGなのか……。なんかここまで来ると男という性別そのものが悲しくなってくる。いっそ俺も同じ女子だったら大丈夫なんだろうか。

「あ、あの、ね……」

 秋月は春風の後ろから腕にしがみ付き、俯いたまま口を開いた。

「ちーちゃんの、あだ名……なの」

「そ、そうか」

 あだ名だということは分かっている。おそらくは秋月の言う「ちーちゃん」も明智のあだ名の一つなのだろう。それは分かっている。というかそんなことは大前提も大前提で、俺が聞きたかったのはその由来だったのだ、が。

 俺はそこをこれ以上突っ込む気にはなれなかった。確かに気になるところではあったのだが、話にこれまで加わってなかった秋月がこうして発言して、春風に助け舟を出したことを鑑みればこれ以上の話は秋月的にはNGなのだろう。

 確かに秋月はそれで言い終わったと思ったようで、それ以上続けることが出来なかったのか分からないが、視線をカーペットに落として沈黙した。その様子を見て、春風も明智も何も言わなかった。

「――――」

 俺は視線を伏せた秋月から、春風と明智に向ける。春風は相変わらずの冷たい目だったが、明智はどこか嬉しそうな、優しい目をしていた。その表情に少しだけ驚かされる。しかし、すぐにその意味は分かった。

 まぁ、なんだ。俺が言うのもなんだけど、明智は秋月が話に加わってくれたのが嬉しかったのだろう。正直、三人で喋っている間、秋月のことは気になっていた。どうにか話を振れないか、と思っていたが警戒されていることが分かったので躊躇してしまっていた。そう考えれば俺も秋月が話に加わってくれたことは単純に嬉しかった。何せ、秋月の意志なんて二の次で無理やり連れてきたようなものである。実際のところ連れてきたのは明智なのだが、秋月の知らないところで俺と明智は共謀しているわけだから、そ知らぬふりをするのは少し憚られる。

 そうだな、と心の中で呟く。これでようやくスタートラインに立てたのかもしれない。

 俺も女だったら、なんてさっき思ったけど、男でもよかったんだと考えることが出来る。後ろ向きになった自分に少し反省。

「――んじゃ、勉強すっか」

「ああ、そうだな」

「そうね」

 これ以上の思考がどこか恥ずかしくなり、耐えきれず吐き出された俺の言葉に二人が相槌を打った。俺はそれを確認して、明智の陣取っている勉強机へと向かう。

 明智に少し避けてもらうと、机に並んでいるノートを数冊引き抜く。鞄の中からもいくつか取り出すと、分厚くなったノートの束をテーブルの上に広げた。

「ほら。これが俺のノート。一応全科目、のはずだ。口で説明するのも面倒だから、これ見てくれ。分からないところがあったら聞いてくれ」

 正直、教えてくれと言われたところで教えれるほど俺も理解しているわけでも成績がいいわけでもない。むしろ、教えるより自分自身の勉強が必要なくらいだ。

「分かった。とりあえずは見させてもらおう」

 その意図を理解してくれたのか、明智はノートを手に取るとパラパラと捲りだした。

「へぇ。セイジって、結構ちゃんとまとめてるのね」

「悪いかよ」

「なんかちょっと意外」

 冷たい視線を向けていた春風が言葉通り、意外そうな表情を見せる。本当にお前は俺を何だと思ってんだよ。

「氏、というよりは、滝嶋西校はやはり進学校だからな。この程度はしていて当然なのだろう」

「その言い方は逆に悲しくなるな……」

 ストレートにそう言われると悲しくなるのはなんでだろうなぁ。当たり前のことをしてるのは間違いないんだが!

「いいんだよ俺のことは! ってかお前ら勉強しに来たんだろ! さっさとやれ!」

「ふむ。分かった」

 したり顔で納得する明智は改めてノートへと視線を落とす。秋月と春風もそれに加わる。


「――ねぇ、本当にここまで進んでるの」

 聞き逃しそうな小さな春風の声。こいつのこんな声を聴くのは相当ぶりだった。

「ああ」

 それに短く答える。予習をするほどの気概なんて持ち合わせていない。ノートに書かれているのは俺が授業中にメモしたことでしかないのは間違いない。

「う、ウソ……。あたし達よりかなり進んでる……」

 春風の震えた声と共に、ばさり、とノートが落ちる音が部屋に響く。ちらりと視線を向ければ落としたのは数学のノートだったようだ。

「そこまで驚くことじゃないだろ。数学は特にな。真田先生は二年の間に数Ⅲの途中まではやるとか言ってたぞ」

 確か、先生曰く「早い段階で受験に使う範囲を終わらせておいて、後は受験に使うかどうかで数Cをやるか、受験用の問題を解く」らしい。なんかそう考えれば受験はもうすぐなんだなぁ。

「あ、あたしたちはまだ数Ⅱも途中までしかやってないわよ!?」

「今から頑張れ」

「いやあああああああああーー!」

 (かぶり)を振って春風がベットに倒れ込んだ。成程、春風は数学が苦手か。

「――ふむ」

 ぱたり、と明智がノートを閉じる。倒れ込んだ春風はバネが仕込まれていたかのように即座に起き上がった。

「どしたの、チカ?」

「ああ。ここまでの進度であれば、私は大丈夫だ。予習していた分で十分に補える」

 そう言った明智の表情はいたって自然で、これっぽちも厭味ではなかった。逆にそこまで素面(しらふ)で言えるのは感心してくる。

「うっそ。チカってそんな先まで自分でやってるの! 鈴は?」

「……っ」

 言葉はなかったが、秋月はその代わりに強くぷるぷると首を横に振った。

「そうか。では二人はそのまま勉強していてくれ」

 そう言って明智は立ち上がった。

「ん、帰るのか?」

「いや。私一人で帰るというのも寂しいからな。少し暇つぶしを探させてもらおうと思う」

 明智の視線は本棚に向いているようだった。

「本を読むのがいいが、あんまり読んで面白そうなのはないぞ。漫画がほとんどだし、男向けばっかりだ」

「その点なら大丈夫だ。私は食わず嫌いは嫌いだからな」

 そう言うが早いか、明智はすたすたと本棚に向かうと上の段から下の段までじっくりと視線を巡らせていく。正直、放っておいてもよかったのだが、その明智を俺はずっと見てしまっていた。何しろ自分の趣味が同学年の女子に確認されているわけである。これが妹なら全く気にならないところなのだが、流石にそれは無理な話だ。

「――と思ったが、残念だ。いや、喜ばしいとも表現できるのか。ここにある本は全て読んだことがあるものばかりだ」

「マジかよ!」

 思わず立ち上がりつつ叫んでしまった。最近はあまり漫画を買ってない。だから本棚にあるのは昔の漫画ばっかりだぞ。それもマイナーに分類されるようなものが多い。ここにあるものを全部読んだことがあるなんて男友達の中にもほとんどいねぇぞ!

「それにほとんどは私も所持している」

「嘘だろ!?」

「いや。至って真実だ。私自身に誓って」

 お決まりの文句が返ってくる。でも、そんなことはどうでもいい。ここまで趣味が合うのは駿介でもないぞ!

「じゃ、じゃあさ。これ! 『交叉運命』! これの八巻以降持ってないか!? まだ買ってないんだ!」

「うむ。それは私も残念に思っていたところだ。生憎私も七巻までしか持っていないのだ」

「そこまで一緒かよ!」

「――『夜明け前の黄昏』。氏なら持っていると見た」

「ふっ……。当たり前だろう。夏目林道先生の作品なら全部揃ってるぜ」

「夏目先生の初期作、『八月三十二日』はどうだ?」

「あれは出版されてないだろ?」

「いや。夏目先生が別ペンネーム。Summer’sという名で同人誌を出しているのだ。そこで百部限定だったが、販売されている」

「ま、マジかよ!? も、持ってんのか……?」

「ああ、勿論だ。保存用、読書用、と二冊は買うことが出来た。出来れば布教用であと一冊欲しかったのだがね。氏が興味あるのであれば一冊譲っても構わないが」

「お前は神か!」

 なんということだ。明智の後ろから後光が見える。神はここに居た。

「…………」

「――――」

 もう勉強なんてどうでもいい。なんだかジト目で見られている気がするがそんなこともどうでもいい。世界は素晴らしい! ワンダフル!

「……………………」

「――――――――」

「さて、氏と語り合うのは楽しいのだが、それは今度の機会にしよう」

 明智は後ろをちらりと見る。そこには完全にジト目の春風と、何が何だか分かってない様子の秋月が座っていた。

「……チカ、あんたがそこまで濃いなんて初めて知ったわ」

「何事も妥協はしたくないのだ。何をするにも突き詰めたい性格でね」

 それには納得だ。そんなことを二の次にしても夏目先生の作品は面白いのだが。

「しかし、仕方ないな」

 そう言って、そのまま明智は百八十度身体の向きを変えた。その方向には何もない。敢えて言うなれば窓しかない。

 それでもお構いなしに明智はつかつかと窓へと向かって歩いていく。

 そして、がらりと窓を開けた。

「――へ?」

 明智の行動を眺めるだけだった俺はようやくそこで異常な行動(・・・・・)に目が行った。

「向かいは春風の部屋だったな。少し邪魔させてもらっていいか? 先日言っていた、借りたい本があったのだった」

 何を言い出してるんだこいつは。言うが早いか、明智の片足は窓の縁にかかっている。おい待て。

「ちょ、ちょ、待って! チカ、あんたここから行くつもり!? ってか、なんで向かいがあたしの部屋だって知ってるの!?」

 俺が止めるより早く春風がそこに割って入る。

「それは春風自身が言っていたではないか。中学生の頃、向かいには幼馴染の部屋があって、カーテンを開けれ――」

「ストーップ! ダウト!」

 見えないほどの手の速さで春風は明智の口を塞ぐ。成程、あの手の速さは避けれねぇな。

「ダウト、って。いろいろ違うぞ」

「いいのよ! ちょっと、チカ!」

 とりあえず置いてきぼりにされるのを避けようと適当に言った言葉に、何がいいのか分からないがそう突っ込みながら春風は窓から今にも身を乗り出して向かいの屋根にダイブしようとしている明智を押さえつける。

「む、記憶違いだったか?」

「合ってるわよ! 合ってる合ってる! でもここから行く必要ないでしょ!」

「そうか。ここが一番の近道だと思ったのだが」

 そりゃそうだ。近道には違いない。何しろ一直線だ。一応余談だが、幼い頃に春風や俺は互いの部屋をこの窓から行き来していたこともある。正直そこまでは危ないものではない。

「落ちたら危ないんだから!」

「……お前だって前は平気で来てたじゃねぇか」

 ぼそりと呟いた。

 瞬間、目の前が真っ暗になった。

「いってぇ!?」

 春風の裏拳だった。

「――ッ本当のことじゃねえか!」

「なんでやねん」

「突っ込みの振りをするな! ただの暴力だ!」

「チッ……」

「舌打ちすんな!」

 こちら側から春風の顔はうかがえなかったが、明らかに嫌そうな表情を浮かべているだろうというのは予想できた。

「はいはい、分かったわよ」

 そう言うと、春風は明智を引っ張り戻す。そして小さなため息とも深呼吸とも取れるような息を吐いた。

「とにかくチカ。落ち着きなさい。第一、向こうの窓の鍵が開いてるかもわからないんだから」

 春風は明智を自分へと向け、その肩に両手を置く。先程とは打って変わった落ち着いた声。諭すようなニュアンスがそこに込められていた。

「おや。いつも開けている、と言ってなかったか? 確か、いつでも幼馴染が来れるよう――」

「ダウトー!」

 そう叫んで、春風は明智を羽交い絞めにするようにすると再びその口を手で塞いだ。

「チカ。分かったから。ちゃんとしたから回ろう。ね?」

 なんでもないかのように明智は口を塞ぐその手をどける。

「ふむ。そうか。そこまで言うのなら仕方ない。折角だから春風のよく言っていた約束の窓を――」

「はいはい! じゃあ行くわよ!」

 もう一度明智の口を塞ぐと、春風は明智を引きずる様に――いや、間違いなく引きずっていた――部屋を飛び出して行った。

「な、何だったんだ……?」

 そう一人ごちつつ、窓に手を伸ばした。ふと覗いた窓からは、外を駆けていく春風と明智が見えた。ずんずんと進む明智。それを慌てて追う春風。うーむ、流石の春風も明智には敵わない、か。一体何があったんだろうなぁ。

 窓からはほんの少し涼しい風が吹いていた。見れば日は傾き、空はオレンジ色に染まりつつあった。

 少しだけ考えて、俺は窓を閉めた。

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