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003

 驚いた。

 これまでにないほどに驚いた。

 むしろ、驚いたというよりはそれを通り越して理解することが出来なかった。

 時は始業式。体育館に集められた俺たちは、壇上に立つ校長からそれを聞いていた。

 もし、駿介から事前にそれを聞いていたとしても、信じていなかっただろう。一笑のもとに「何言ってんだこの馬鹿」と返していただけだろう。

 それほどに、突拍子もない事実だった。少なくとも、昨日までを平々凡々に過ごしていた俺にとっては。


 壇上に立つ校長は暑いのか額の汗をハンカチで拭いながら手に持った原稿へと目を落としていた。

 スピーカーからその校長の自信の無い、ぼそぼそとした声が体育館の中に響く。

「え、えー……では、当校に転校生がやってくることに、えー……なりました」

 その言葉に体育館中が沸く。

 転校生なんて珍しいものではないが、それでも転校生がやってくるというのはやはり大きなイベントの一つなのだ。

「――ん」

 俺は、ふと思い出して駿介を見る。朝から駿介が言っていた、『折角のいい情報』ってのはこの事なんだろうか?

 駿介は俺の視線に気が付いたのか、にやにやと気持ちの悪い笑みを返してきた。

「なんだよ、あいつ。ただの転校生じゃねーか」

 駿介の表情に苛立ちはしたものの、離れているため引っ叩くことも出来ないのでそう一人ごちる。

 周囲では「どこに来るんだろうな!」なんて話が男女を問わずに行われている。確かに俺もそこは気になる。

 そう思い壇上で話を続けようとしている校長に視線を戻した。

「えー……それで、転校生ですがぁ……その……」

 しかし、校長の歯切れは悪かった。そこからばつが悪そうに、いかにも説明がしにくそうに言葉を濁す。

「その……転校生は全クラスにぃ……えー……編入することに……ですね」

「…………は?」

 ざわつく体育館。校長の、よく分からない説明(・・・・・・・・・)に疑問を浮かべたのは俺だけではなかったようだ。

「あの、その……ですね。転校生は……えー……全員で」

「全員?」

 思わずそう呟いた。

 全員、ということは転校生が複数人いるということだ。そうじゃなければ『全員』なんて言い方はしない。

「全員で、ですね……えー…………125名です」

 最後の声はとても小さかった。一瞬、何を言っているのか分からないほどだった。それは俺以外もそうだったようで、なんて言ったのか知り合い同士で確かめようとしている者が多く見て取れた。

「転校生は……125名です」

 校長は改めて、今度は少し大きな声でそう言った。流石にそれを聞き取ることは出来た。だが、先ほどより大きなざわめきが巻き起こった。

 確かに転校生がやってくることはそう珍しいことじゃない。それが一人や二人なら普通だ。特にこんな学期の変わり目だと特にだ。

 四・五人でも分かる。……いや、経験したこともないし、その場面に出くわしたとしたら驚くだろうけど。それでもありえないとは言えない。

 しかし、だ。

 転校生が125人。三ケタだ。そりゃ、理解も出来ないと思うよ。俺だけじゃなくても、他のやつも。そんな転校生の数としては天文学的な数、聞いたこともないし、経験したこともないし、想像したことすらない。そして普通に生活していた以上は聞く予定がなかった。きっとこれから先に同じことを聞くことは間違いなくないとも言い切れる。

 周囲ではざわめきを通り越してどよめきが起こっていた。125人というのが聞き間違いじゃないか、と誰もが確かめ合っている。

 壇上の校長もその光景に不安になったのか、自分の言ったことが間違っていないか確認するように、もう一度口にした。

「えぇー……125名で、間違いありません。その……みなさんもご存じでしょう、我が校からも見えます、えー……陵星学院が、えー……その、色々とありまして……突然ですが廃校になりまして……」

 校長の言う陵星学院というのは、この滝嶋西高校から丘向かいにある学校のことで、県内では有名なお嬢様高校として有名だった。県内に住む女子中学生ならだれもが一度は行ってみたいと思ったことはあるだろう。通っていた、というだけである種のステータスだったし、通っている者にとってはブランドのように自慢できるものでもあった。

 校長はその高校が廃校になったと言う。誰もが予想していなかっただろう。校長だってどうも歯切れが悪い。

「それで、えー……生徒の受け入れ先の一つとして、我が校が選ばれることとなりまして……突然ではありますが、えー……125名の生徒を受け入れることとなりました……」

 生徒はざわつきは収まることなく、更にその規模を膨らませていた。俺の周りで聞いていた同級生も未だそれぞれ近くの友達同士で未だその真偽を話し合っている。どっきりじゃないかと思うのも仕方ない。こうしてざわついているうちに、後ろから教頭あたりが『ドッキリ大成功』なんて書かれたプレートを持ってきて『なーんだ』となる展開を考えてしまう。その後に校長が「さて、目も覚めたところで二学期の始まりだ」なんて話を締めれば綺麗に落ちるところだろう。



 でも、そんなことは無かった。

 それが事実だと実感させられたのは、教室に戻ってからだった。



「――――ん?」

 教室に戻った俺は、強い違和感を覚えた。

 違和感と言うよりはもう間違い探しだ。答えはすぐに分かった。

 机の列が一列多い。

 具体的には、窓側に一列、真新しい机が並んでいた。他の机は丁寧に一列分横にずらされている。おかげで机と机の間隔が狭くなっていた。ちなみに俺の席は窓側一番前。今では元が付いてしまう。結構気に入っていた席だけに残念で仕方ない。

「な、俺の言ったとおりだろ?」

 ニヤニヤしつつ、駿介が言ってくる。見るからに「聞いておけばよかったのによ」といった顔をしている。すげえムカつく。

「後で裏な」

「なんでだよ!?」

「八つ当たりだ」

「言い切りやがった!」

 大袈裟にムンクの叫びみたいなポーズをとりながらリアクションをする駿介。そんな駿介の後ろから背の高い、眼鏡をした若い男性が現れる。

「ほらほら。とにかくお前ら席に着け」

 担任であるところの真田先生がやってきてそう言った。数学担当であり、いつも気さくで元気のいいこの担任であるが、今日ばかりは突然の出来事に動揺しているようだった。

「ええと、朝から校長先生の話を聞いたと思うが、転校生が来ることになった」

 その担任の言葉にクラスメイト達は「マジかよ!」「嘘じゃなかったんだ」「陵星だとやっぱり女の子だよな」などと声を上げている。だが、ふとクラスをよく見れば、やいややいやと騒いでいる一方で落ち着いている奴もいた。おそらく、駿介のように事前に知っていたんだろう。その駿介は一番後ろの席でニヤニヤしていた。うわすげえムカつく。

「落ち着け。ともかく、だ。そういうわけで、うちのクラスにも転校生が五人来ることになった」

 嗜めるように言った真田担任のその一言にクラスはまた沸いた。こりゃもう火に油だ。

「まぁ五人とは言っても、うち二人は部活やお家の関係で今日は来れないとのことだ。ともかく仲良くしてやってくれ」

 喧騒を抑えることが出来ないと悟ったのか、無理やりそう言って、真田担任は教壇から降りると、ドアの前まで向かった。そして「入っていいぞ」とドアの向こうへと合図を送る。

 騒いでいた奴らもこの先の展開を予想はできたらしい。ごくり、と喉を鳴らすほどに集中した視線を教室の前ドアへと向けている。俺もその例に漏れなかった。

 ガラリ、と勢いよく――は開かなった。恐る恐るといった様子で、ドアが少しずつ開かれていく。その焦らし行為にクラスメイト達は更に興味をそそられたのか、多くの――特に男子だが――クラスメイトは机から身を乗り出した。ほとんどの席からは位置が位置だけに見えないのだろう。

 でも、俺からは見えていた。

 きっと、見えていたのは俺だけに違いない。

 だって、俺の元の席は窓側の一番前。今ではその隣に移動することになったが、それでも前ドアを真正面から見るには一番いい場所なのだ。

 だから見えていた。

 ドアの向こうで顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いたままドアに手をかけている女の子。

 見知ってはいても、この場所では見慣れない服装。

 だから俺は、誰よりも早く、その瞬間に、一目で心を奪われていた。

 教室に一番最初に入ってきた、その女の子に。

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