013 昼食、四人
疲れ切っていた身体に授業なんて頭に入るわけもなく、あっという間に午前中の時間は過ぎて行った。
昼休みに入ると、明智がリュックを背負い、例の大きな風呂敷を持って俺の席へとやって来た。心なしか、昨日よりサイズが増している気がする。
「中ッ原氏。屋上へ行こう」
そして、当たり前のようにそう言った。
「おーらい」
立ち上がり、そう答えた。朝練からそのまま学校へ直行した俺は、弁当を用意しているわけもなく、それに従うことにする。きっと家には妹の作った弁当が用意されているのだろうが、仕方ない。あいつが持ってきてくれるとも思えない。晩御飯で食うことにしよう。
屋上に行くと、意外な人物が待っていた。
「おーそーいよ。チカ」
「…………」
春風と秋月が早々と敷かれたレジャーシートの上に座っていた。レジャーシートを見れば、昨日のものよりサイズが倍以上のものになっている。お花見などで使うようなサイズだ。わざわざこれを持ってきたのか……。かさばっただろうに。
「や、待たせた。しかし、空腹は食事をより楽しくさせるからな。そう思ってくれ」
そう言って、明智は靴を脱ぎレジャーシートへと乗る。そして、大きな風呂敷包みを中央に置くと、その包みを解いた。
「うお……」
改めて見ると圧巻だ。というか、予想通り昨日より量が増している。おかげで重箱が不自然なほどに高くなっている。いち、に、さん……七段か……。
「さあ、氏もここに座って食べてくれ。氏が食べると思って多めに作って来たんだぞ」
てか、今日は朝練やってたよな。お前何時から作ったんだ。まぁ、どうせそんなことを聞いたら「何。二時からだ」とかあっけらんと答えられそうな気がするので止めておこう。
「んー! チカのご飯はいつ食べても美味しいー!」
「……ちーちゃん、上手」
「二人とも、私の料理の腕以上に口が上手いな。単に時間をかけてるだけさ」
「それが料理上手だってことよ。てか、チカ。ちゃんと寝てんの?」
「ああ、大丈夫だ。毎日七時間は寝ないと体が動かないからな」
つまり、予想される昨日の明智の就寝時間は午後七時か。帰ってすぐ寝てそうだな、こいつ。早寝早起きにもほどがある。
重箱の中に詰められたおかずのラインナップは重箱の段数が示すように昨日に増して豊富で、見ているだけで空腹が満たされる気分になってくる。それでも空腹に一つ手に取れば、次へ次へと箸が止まらない美味さだから困るのだ。
「ささ、どんどん食べてくれ。氏や春風には栄養をつけて貰わないといけないからな」
ただこれだと栄養どころか肉までついてしまいそうだ。
「それに安心してくれ。カロリーも計算している。どれだけ食べても無駄な肉は付かないぞ」
「……そこまで盛り込み済みかよ」
やはり明智。侮れない。いっそ栄養士にでもなれ。
ぱくぱく、むしゃむしゃと、四人は食べ続け、あれだけ大量にあったはずの重箱の中身はあっさりと空っぽになった。主に食べていたのは俺と春風、それに次いで明智で、秋月は一つを取って小さく齧ると、口の中で三十か下手すれば五十は噛んでいるのではないかと思うほど丁寧に、まるで小動物のように食べていた。
「ふー、食べた食べた―」
春風はそう言って、紙皿を置くとそのまま倒れ込み、大きく横になった。
「食ってすぐ横になるなよ」
それと、風が吹けばパンツが見えかねん。
「いーの。食べた後ぐらいゆっくりしたいでしょ」
「……ま、そうだな」
それには同意だ。結構な量を食ったわけだし、すぐには動きたくないのも事実だ。
「よっと」
俺も春風に倣って横になる。レジャーシートはそれでも余裕があるほど広かった。
青い空が目に入る。初夏を思わせるそれは、青々とした中に白く高い雲が浮かんでいる。
さらさらと風が吹く。強い風ではなかったが、暑い日差しをかき消すのに程よい涼しさを運んでくる。
「では、私も」
そうしていると、明智も横になる。
「……えぇぇ」
一人残された秋月も、どうすればいいのかと見ていたが、流れに逆らえなかったのかこてんと横になった。
さぁ、と風が吹く。とても心地いい。風に耳を澄ましていると、周囲に音がなくなったかのように、静かに思えてくる。それでも、様々な音が聞こえてくる。男子の騒ぎ声。ブラスバンドの練習。野球部の昼練習。女子のおしゃべり声。すぐ近くから聞こえているはずなのに、どうしてだろうか、とても遠くのように感じた。まるで、この屋上だけが学校の中から切り離されいるようにも思える。
「ふぁ~……」
眠そうな声。おそらくは春風だろう。それもそうだ。朝四時に起こされたんだ。眠くてもしょうがない。
しばらくそうしていると、俺も眠くなってきた。暑いはずの日差しも今では丁度いい、布団を着ているような温かさに思えた。
「ふぁぁ……」
大きな欠伸が出た。ああ、このまま眠ってしまうか……。
と、思ったところでふと思った。起き上がり、明智を見る。
「なぁ、明智。何もしないのか?」
「む?」
真っ直ぐに空を見つめていた明智だったが、俺の言葉に視線をこちらへと向けた。
「こんなにゆっくりしてていいのか、って。昼練習とかするんじゃないのか? こうやって集まったんだし」
「ああ、そのことか」
明智はそれだけ言うと、再び視線を空へとやった。
「練習熱心なのは感心するが、休むのも練習の内だ。昼練習はなし。氏もゆっくりするといい」
「そーゆーこと」
明智の言葉を継いで、寝ていたと思っていた春風が答えた。
「あんたは焦ったってしょうがないんだから、休む時は休んでなさい。それに、昼休みの短い時間じゃ大した練習もできないわよ。ご飯だって食べたんだしね」
「そりゃ、そうか」
時計を見れば、もう十二時半を過ぎていた。昼休みは五十分までだ。もうそんなに時間もない。
「じゃ、ゆっくりするか」
そう言って、俺は再び横になった。再び青い空が目に入る。
それからは何も言葉はなかった。四人でチャイムが鳴るまで、そのまま横になっていた。




