露の蝶
夏のホラー2026参加作品。
久々の怪談。ちゃんと出来てるかな。
「すまないね、おろくさん。よろしく頼むよ」
三味線師の駒吉に頼まれ、おろくは一棹の三味線を預かった。
「…良い楽器だねぇ、四ツ皮かい」
おろくの言葉を聞いて、駒吉は、
「ああ、若い猫のな。傷一つ無ぇ上物なんだが…」
………ふぅん。
その三味線の皮を愛おしそうに撫でながら、おろくは一人、納得したように頷いた。
◇ ◇ ◇
茂助は一人、暗がりを急ぎ歩く。
(…くそっ、いねぇな)
少し前まで懐の暖かかった茂助だが、調子に乗って使い果たし、一文無しとなってしまった。
金貸しに取り立てられる前に、金を作らねば。
その辺の、どこにでもいるやつじゃあだめだ。あいつみてぇな、傷の一つも無ぇ若いのじゃなけりゃ…。
そう思いながら木天領を懐に忍ばせ、必死に何かを探している時―――
びいぃ…ん、と、弦を弾く音と共に、艶のある唄声が近づいてくる。
♪世ぉのおぉ 中あぁはぁ…
唄も然ることながら、弦が弾かれるたびに三味の皮に反響する軽やかで美しい音色に、思わず茂助は本来の目的も忘れ、聴き入って足を止めた。
暗がりから、声の主が姿を現す。
薹が立ってはいるが、円熟した色香を纏った良い女だ。茂助は思わず、ごくりと息を呑んだ。
♪昨日ぉのおぉ 淵ぃはあぁ 今日ぉのぉ 瀬ぇとぉおぉ…
「お、おい…」
女の唄を遮り、茂助はつい声をかけた。
「こ、こんな人気の無ぇとこで、わざわざ俺の前に現れるたぁ… もしや俺に用があるのかい?」
穏やかに笑顔を作ろうとした茂助だが、逆に下卑た印象になった。が、それは暗がりに隠れた。
しかし女は茂助の態度を気にも留めず、唄を止め、にぃ…、と嗤う。
「ああ、お前さんに用があるのは確かさね。…でも、用があるのはあたしじゃないんだよ」
そして撥を弦に当て、再び、びいぃ…ん、と三味線の音を辺りに響かせる。
その瞬間茂助は、弾かれた弦の音に重なって、なぁお、と聞き覚えのある鳴き声を聞いた。
「!? …そ、その声…、まさか…!?」
◇ ◇ ◇
―――一年ほど前。
茂助が急な雨をやり過ごそうと、屋根の下で雨宿りした時だった。
なぁお。
茂助の足下に、一匹の子猫が擦り寄ってきた。
「なんだ、おまえも雨宿りか?」
懐いたのか自分に甘えるその子猫を、茂助は抱き上げ、雨が止むとそのまま気まぐれに連れ帰った。
しばらくはその子猫を可愛がり、「たま」と名を付けて面倒を見ていた茂助だったが、知り合いがおたまを見て、
「へえぇ、綺麗な猫だねぇ。こいつぁ良い三味線になりそうだなぁ」
悪い冗談だ、とその時は怒った茂助だったが、その後うっかり手を出した博打で大損した。
何か金になるものは無いか、と家中を探した時。
なぁお。
おたまがいつものように、茂助の足下に擦り寄ってきた。
その時茂助の頭の中で、いつぞやの知り合いの言葉がよぎる。
「…良い三味線になりそうだなぁ」
おたまを抱き上げた茂助は、たまたま取っておいた木天蓼をおたまに嗅がせ、そのまま―――
◇ ◇ ◇
「お、おまえ! ま、まさか、その三味線は…!」
女は茂助の言葉を遮るように、三味線を掻き鳴らす。
不思議なことに三味線の音が、まるで風斬りのように茂助の身体を裂いていった。
「うわ、うわあぁあ! や、やめ! やめてくれぇ! お、俺が悪かっ―――!」
いつの間にか暗がりには大勢の猫がいて、茂助は囲まれその爪や牙に裂かれていた。
やがて茂助は動かなくなり、猫達もまた暗がりを散り散りに消えていく。
ふいに、ふわりと一匹の黒い蝶が、闇から溶け出たように暗がりから姿を現した。
蝶は女の持つ三味線と茂助の上を交互に飛び回り、やがて上空へと羽ばたいていく。
すると、まるで蝶に導かれるように、二つの光が蝶のあとを追っていった。
女はその様子を見上げながら、
「…満足かい?」
そう光に問いかけた。
上空から、なぁお、と嬉しそうな鳴き声が聞こえた。
女…、おろくはにっこりと笑いながら蝶と光を見送り、魂の抜けた三味線を構えると、軽く弦を弾きながら唄い出す。
♪花にぃ 遊びぃてぇ 朝ぁにはぁ 露にぃ養う 蝶々のぉお…
◇ ◇ ◇
「いやぁ、無事祓えたようで良かった。ありがとうな、おろくさん」
駒吉に三味線を返し、報酬を受け取ったおろくはにっこりと笑って帰っていく。
途中、問屋の手代・三次とすれ違い、軽く会釈をする。
三次は艶っぽいおろくの後ろ姿を目で追いながら、
「…はあぁ、相変わらず色っぺぇなぁ、おろく姐さん。…ってことは例の件、片付いたんですかい?」
駒吉にそう言うと、
「ああ。主人を恋しがってか知らねぇが、毎晩鳴かれちゃ売り物になんねぇからな。せっかくの上物だってのに…」
茂助に殺され売られたおたまは、皮となり三味線に張られたが、自分を殺した相手にも関わらず茂助を恋しがり、怪異の鳴き声をあげていたそうだ。
三次は、良かったですね、と言いながら、
「それにしても姐さん、小唄のお師匠さんに祓い屋稼業たぁ…、あれじゃあ男を作る暇も無いじゃねぇですか、もったいねぇ…」
すると駒吉は呆れたように、
「そうは言うがな、お前…、おろくさんはあれで、俺よりも年齢は上だぞ」
聞いて三次は、え!? と驚く。
「う、嘘でしょ!? 駒吉さんより上っていったら…」
四十はとうに超えている駒吉を見ながら、三次の顔色が青くなる。
一番の怪異は、実はおろくなのかも知れない。
タイトルの『露の蝶』は、おろくが唄う地唄です。
男の心変わりで捨てられた女性が、露を慕う蝶の姿に可憐な恋を思い馳せ、我が身のやるせなさに涙にくれる…
そんな唄です。
ちなみにおろくさんのモデルは、豆月のイメージだと山田五◯鈴さんとかだと思います。妖怪美魔女(笑)




