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怪談

露の蝶

作者: 豆月冬河
掲載日:2026/08/16

夏のホラー2026参加作品。

久々の怪談。ちゃんと出来てるかな。

 「すまないね、おろくさん。よろしく頼むよ」


 三味線師の駒吉に頼まれ、おろくは一棹(ひとさお)の三味線を預かった。


 「…良い楽器()だねぇ、四ツ皮かい」


 おろくの言葉を聞いて、駒吉は、


 「ああ、若い猫のな。傷一つ無ぇ上物なんだが…」


 ………ふぅん。

 その三味線の皮を愛おしそうに撫でながら、おろくは一人、納得したように頷いた。


 ◇ ◇ ◇


 茂助は一人、暗がりを急ぎ歩く。


 (…くそっ、いねぇな)


 少し前まで懐の暖かかった茂助だが、調子に乗って使い果たし、一文無しとなってしまった。


 金貸しに取り立てられる前に、金を作らねば。

 その辺の、どこにでもいるやつ(・・)じゃあだめだ。あいつ(・・・)みてぇな、傷の一つも無ぇ若いのじゃなけりゃ…。


 そう思いながら木天領(またたび)を懐に忍ばせ、必死に何かを探している時―――




 びいぃ…ん、と、弦を(はじ)く音と共に、艶のある唄声が近づいてくる。




 ♪世ぉのおぉ (なぁか)あぁはぁ…




 唄も()ることながら、弦が弾かれるたびに三味の皮に反響する軽やかで美しい音色に、思わず茂助は本来の目的も忘れ、聴き入って足を止めた。


 暗がりから、声の主が姿を現す。

 (とう)が立ってはいるが、円熟した色香を纏った良い女だ。茂助は思わず、ごくりと息を呑んだ。




 ♪昨日ぉのおぉ 淵ぃはあぁ 今日ぉのぉ 瀬ぇとぉおぉ…




 「お、おい…」


 女の唄を遮り、茂助はつい声をかけた。


 「こ、こんな人気(ひとけ)の無ぇとこで、わざわざ俺の前に現れるたぁ… もしや俺に用があるのかい?」


 穏やかに笑顔を作ろうとした茂助だが、逆に下卑た印象になった。が、それは暗がりに隠れた。

 しかし女は茂助の態度を気にも留めず、唄を止め、にぃ…、と嗤う。


 「ああ、お前さんに用があるのは確かさね。…でも、用があるのはあたしじゃないんだよ」


 そして(ばち)を弦に当て、再び、びいぃ…ん、と三味線の音を辺りに響かせる。

 その瞬間茂助は、弾かれた弦の音に重なって、なぁお、と聞き覚えのある鳴き声を聞いた。


 「!? …そ、その声…、まさか…!?」


 ◇ ◇ ◇


 ―――一年ほど前。

 茂助が急な雨をやり過ごそうと、屋根の下で雨宿りした時だった。


 なぁお。


 茂助の足下に、一匹の子猫が擦り寄ってきた。


 「なんだ、おまえも雨宿りか?」


 懐いたのか自分に甘えるその子猫を、茂助は抱き上げ、雨が止むとそのまま気まぐれに連れ帰った。


 しばらくはその子猫を可愛がり、「たま」と名を付けて面倒を見ていた茂助だったが、知り合いがおたまを見て、


 「へえぇ、綺麗な猫だねぇ。こいつぁ良い三味線になりそうだなぁ」


 悪い冗談だ、とその時は怒った茂助だったが、その後うっかり手を出した博打で大損した。

 何か金になるものは無いか、と家中を探した時。


 なぁお。


 おたまがいつものように、茂助の足下に擦り寄ってきた。

 その時茂助の頭の中で、いつぞやの知り合いの言葉がよぎる。


 「…良い三味線になりそうだなぁ」


 おたまを抱き上げた茂助は、たまたま取っておいた木天蓼をおたまに嗅がせ、そのまま―――


 ◇ ◇ ◇


 「お、おまえ! ま、まさか、その三味線は…!」


 女は茂助の言葉を遮るように、三味線を掻き鳴らす。

 不思議なことに三味線の音が、まるで風斬りのように茂助の身体を裂いていった。


 「うわ、うわあぁあ! や、やめ! やめてくれぇ! お、俺が悪かっ―――!」


 いつの間にか暗がりには大勢の猫がいて、茂助は囲まれその爪や牙に裂かれていた。

 やがて茂助は動かなくなり、猫達もまた暗がりを散り散りに消えていく。




 ふいに、ふわりと一匹の黒い蝶が、闇から溶け出たように暗がりから姿を現した。

 蝶は女の持つ三味線と茂助の上を交互に飛び回り、やがて上空へと羽ばたいていく。


 すると、まるで蝶に導かれるように、二つの光が蝶のあとを追っていった。

 女はその様子を見上げながら、


 「…満足かい?」


 そう光に問いかけた。

 上空から、なぁお、と嬉しそうな鳴き声が聞こえた。


 女…、おろくはにっこりと笑いながら蝶と光を見送り、魂の抜けた三味線を構えると、軽く弦を弾きながら唄い出す。




 ♪花にぃ 遊びぃてぇ (あした)ぁにはぁ 露にぃ養う 蝶々のぉお…




 ◇ ◇ ◇


 「いやぁ、無事祓えたようで良かった。ありがとうな、おろくさん」


 駒吉に三味線を返し、報酬を受け取ったおろくはにっこりと笑って帰っていく。

 途中、問屋の手代・三次(さんじ)とすれ違い、軽く会釈をする。


 三次は艶っぽいおろくの後ろ姿を目で追いながら、


 「…はあぁ、相変わらず色っぺぇなぁ、おろく姐さん。…ってことは例の件、片付いたんですかい?」


 駒吉にそう言うと、


 「ああ。主人を恋しがってか知らねぇが、毎晩鳴かれちゃ売り物になんねぇからな。せっかくの上物だってのに…」


 茂助に殺され売られたおたまは、皮となり三味線に張られたが、自分を殺した相手にも関わらず茂助を恋しがり、怪異の鳴き声をあげていたそうだ。


 三次は、良かったですね、と言いながら、


 「それにしても姐さん、小唄のお師匠さんに祓い屋稼業たぁ…、あれじゃあ男を作る暇も無いじゃねぇですか、もったいねぇ…」


 すると駒吉は呆れたように、


 「そうは言うがな、お前…、おろくさんはあれで、俺よりも年齢(とし)は上だぞ」


 聞いて三次は、え!? と驚く。


 「う、嘘でしょ!? 駒吉さんより上っていったら…」


 四十はとうに超えている駒吉を見ながら、三次の顔色が青くなる。

 一番の怪異は、実はおろくなのかも知れない。

タイトルの『露の蝶』は、おろくが唄う地唄です。

男の心変わりで捨てられた女性が、露を慕う蝶の姿に可憐な恋を思い馳せ、我が身のやるせなさに涙にくれる…

そんな唄です。

ちなみにおろくさんのモデルは、豆月のイメージだと山田五◯鈴さんとかだと思います。妖怪美魔女(笑)

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― 新着の感想 ―
三味線、そして猫…冒頭の場面から作品の雰囲気が伝わってきて、さらに三味線とともに流れてくる唄がまた印象的です。 おろくさん、魅力的な方なのですね。読ませていただき、ありがとうございます。
そういえば確かに、三味線には猫の皮が使われていますね。 懐いてきて尚且つ「たま」という名前までつけて飼っていていたのに、「三味線の材料として高く売れる」となった途端に手の平返しでそれですか… ドライと…
豆月さまの描く時代物の怪談! 大好きです(*´˘`*) 怖くて不気味なだけではなく、せつなさや哀しさ、優しさもあって。 雰囲気もたっぷりですね。 おろくさん、素敵♡ シリーズで読みたいなぁ|˘`)チラ…
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