大失敗
「――肉が、まずぅい」
女性騎士団『リベルテ』の長期遠征訓練中。保存食である干し肉を一口食べた私は思わず声を漏らしてしまうのだった。
この干し肉、とにかく硬いし、パサパサ。味はなんだか酸っぱい気がするし、鼻の奥にツンとくるニオイが……。いやこれ大丈夫? 傷んでない? まぁ勿体ないから食べるけど。私の胃はこのくらいじゃ負けないからね。もぐもぐもぐ……うぇえ。
「肉が! まずぅい!」
私が再び魂の叫びを上げていると、
「――また酷い顔しているわねぇ。黙ってさえいれば銀髪美少女なのに……」
私の騎士仲間であるサラサが呆れたようにため息をついた。
でも待って欲しい。こんなにもマズい肉を食べて黙っていることができるだろうか? いやできない。いやいや私が銀髪美少女だということは否定しないけどね?
「はいはい。いいから早く食べて寝なさい。明日の訓練もキツいのだから」
「はぁい……」
少しだけ年上なサラサに促され、モグモグと干し肉を食べる私だった。
女騎士とはいえ、訓練内容は男性と変わらない。とにかく走って、剣を振って、遭遇した魔物たちを討伐して……。心身共に疲れ果てた一日を終え、やっと訪れたモグモグご飯タイムに出てきたのが、マズい肉。なんか明らかに傷んでいそうな堅い干し肉。
「……これはもう騎士団長を闇討ちしても許されるのでは?」
「許されないわよ」
即座にツッコミを入れてくれるサラサだった。
冗談はともかく、お腹の空き具合は冗談にならない。一日中訓練し、魔物の討伐までしたご褒美が干し肉とはなんたる鬼畜。労働基準法違反も甚だしいわね。この世界に労働基準法なんてものはないけれど。
「いっそ辞めてやろうかしら騎士団なんて」
「肉が食べられないから辞めるって、前代未聞過ぎる……。というか王太子殿下がセナを逃がすわけないでしょうに」
殿下?
なぜここで殿下が出てくるんだろう? ……あぁ、将来自分が使える戦力は逃がさない的な?
「にぶい」
なぜか呆れられてしまう私だった。
王都に帰ったら退職金について調べてみるかなーっと考えながらモグモグしていると――不意に、討伐したばかりの魔物の死体が目に飛び込んできた。
魔物の死体が真横にある状態でお食事するのは……まぁ今さらのツッコミとして。
魔物。
新鮮な死体。
見た目としては前世のイノシシに近い。イノシシより大きくて、強力で、心臓付近に『魔石』があることくらいしか違いはない。
――つまり、肉だ。
お肉だ。
新鮮なお肉なのだ。
「やめなさい」
まるで心を読んだかのように私の肩を掴むサラサだった。
「いくら何でも公爵令嬢が魔物の肉を食べるのはヤバいわよ。というか、いくらセナでもお腹壊すって。魔物肉には瘴気があるのを忘れたの?」
魔物の肉には瘴気が篭もっていて、食べるとお腹を壊すというのが通説だ。
でも、冒険者は討伐した魔物の肉を食べているって噂だし、いけるのでは?
「やめなさい」
サラサから断固として反対され、結局魔物は食べられない私だった。
うー、お肉食べたい。ステーキ。ステーキを食べたい。目の前に新鮮なお肉があるから余計に肉欲が高まってきた!
「肉欲って。お肉食べたい欲ってことは分かるけど……。女騎士が肉欲を持て余すとか……」
うわぁ、っと。なぜかドン引きするサラサだった。肉欲は人間の三大欲求だというのにね。
◇
「ステーキステーキステーキ……」
二週間にも及んだ長期遠征訓練は無事終了し。私は足を引きずるようにして騎士宿舎の食堂を目指していた。
「うわぁ、肉欲女騎士」
背後でサラサがドン引きしているけど、無視無視。私は一刻も早く肉を食わなければならないのだ。
やはり肉とは分厚くて、容赦なく鼻腔を刺激してきて、噛んだ瞬間にじゅわっと肉汁があふれ出すべきなのだ。にくにくにく。もはや肉欲は最高潮であった!
しかしそんな肉欲もすぐに満たされる。食堂のおばさん――いやお姉様は遠征訓練のあとは必ずステーキを準備してくれるからね。
さぁもうすぐ食堂だ! 我が肉欲を満たすのだ! ……と、期待に胸を躍らせていたら、
「――セナリアス・ウィンタード騎士爵。すぐに演習場へ向かうように」
眼鏡の似合う副騎士団長さま(美人)が駆けてきて、そんな死刑宣告をしてくださりやがった。
「へ?」
「呆けた声を出すな、みっともない。現在、王太子殿下が近衛騎士団の訓練を視察されていてな。女性でありながら、近衛騎士相手に五人抜きをしたウィンタード騎士爵の勇名を聞き及び、面会を希望されている。すぐに向かうように」
「……これから数日ぶりのまともな食事なのですが?」
「それは王太子殿下からの呼び出しより優先されるのか?」
されます!
とは、さすがの私も口にはできない。なにせこの世界には絶対的な身分制度があり、王太子殿下はトップクラスの御方なのだから。いわゆる王侯>貴族。つまり王族は貴族よりも偉い。
「……遠征直後で、その、色々と汚れていまして」
着替えるついでにちょっとお肉をね? つまみ食いなどできると思うのですよ?
「体臭など気にするな」
た、体臭とか言わないでください! 浄化魔法のおかげで綺麗ですよ! お肉を食べるための言い訳ってだけで!
大声でツッコミしたい気持ちを必死に飲み込んでいると、
「殿下はお忙しい御方だ。ウィンタード騎士爵の乙女心を待っている暇はない」
おとめごころ?
何ですそれ? 今の私にあるのは肉欲、肉心だけですが?
私が首をかしげている間に副騎士団長は踵を返してどこかへ行ってしまった。無情にもほどがある。にくー。二週間ぶりのにくー。
力なくうなだれた私の肩をサラサが気安く叩いてくる。
「殿下からの呼び出しならしょうがないわね」
「……サラサも強いんだから、サラサが代わりに行くってのは」
「無理に決まっているでしょう? 殿下直々のご指名よ?」
「ですよねー」
「さすがは名高き『雷光』様ね。殿下の耳にまで届くとは」
「そんな二つ名、名乗った覚えはないというのに……」
がんばってねーっと手を振りながら食堂に行ってしまうサラサ。同情はしてくれるのに、待っていてくれるつもりはないらしい。心優しき親友であった。
◇
殿下からの呼び出しを無視するわけにもいかないので、しぶしぶ、にくにく、肉欲を抑えながら殿下の待つという訓練場へ。
王太子殿下に会うこと自体はこれが始めてではない。護衛役に『見目麗しい』女性騎士を使うのがお偉いさんの間で流行っているみたいだし。そのせいか私も何度か指名されたことがあるのだ。
なので、私の実力はすでにご存じだと思うのだけど……。なんで今さら面会希望を?
そんな疑問を抱きつつ、王太子殿下たちが集まっている演習場の真ん中へ。
「……わぁ」
殿下は相変わらずキラキラした御方だった。
柔らかそうにウェーブした金髪。汚れなど一切ない初雪のような肌。そしてなにより、美形揃いの王侯貴族の中でも他を圧倒する美貌……。ほんと、普通の女子であれば胸をキュンキュンさせて黄色い悲鳴を上げているところだ。
しかし今の私はそんな美貌に狂わされることもない。私が重視するのはお肉――じゃなかった、女性騎士としての職責なのだから。
はぁ~早く終わらせて肉食いたい。
じゃなくて。まずは礼節に則った挨拶をしないと。万が一お説教になったらお肉タイムが遠ざかってしまう。にく。
「――セナリアス・ウィンタード騎士爵。仰せにより、まかり越しました」
片膝をつき、臣下としての礼を尽くす。肉。
「やぁ、久しぶりだねセナ」
いやいきなり愛称呼びかい、というツッコミをグッと飲み込む。肉。
「……まさか自分のような者のことを覚えていてくださったとは……」
「もちろん覚えているよ。婚約者候補のことなのだから」
「…………」
ははは、何をバカな。
と、言いかけたのを何とか我慢する。普通の貴族令嬢ならともかく、騎士に身をやつした女を婚約者にするなんて無理。そんなことは王太子である自分が一番分かっているでしょうに。肉。
その後も親しげに話しかけてくる殿下。いや私たち雑談するほどの仲じゃなかったはずですし、さっさと切り上げて肉を食べに行きたいんですけど?
肉。早く話を終わらせてくれ。肉。こっちは二週間まともな肉を食っていないんだ。肉。お腹空いた。肉。肉汁。肉。ステーキ。肉。パンに挟むのもいいな。肉。米も食いたい。肉。肉。ステーキ。にくにくにく……。
「実はセナに提案があってね」
「肉」
「にく?」
「いえ、何でしょうか?」
「実は……セナを私の護衛騎士に、という話が出ていてね」
「え、嫌です」
思わず即答してしまったけど、リベルテ騎士団(女性騎士団)団長の『おぉ! なんと名誉な!』という喜悦の声のおかげでかき消えたみたいだ。そりゃあ自分のところの騎士が王太子殿下の護衛に選ばれたとなれば団長の評価も上がるものね。喜ぶのも無理はないか。
ちなみにリベルテは女性騎士団なのだけど、団長は男性である。ぶっちゃけた話をすると媚売りと買収で今の地位を手に入れたのだ。
いや今の問題は騎士団長の不正じゃなくて護衛騎士任命だ。
王太子殿下の護衛騎士なんて最大級の出世だけど、私は受けるつもりなんてない。肉。護衛騎士は殿下最優先。肉。つまりは自分の食事は後回し。肉。殿下の予定によっては固くなったお肉を食べなきゃいけないし、食べ損なう恐れもある。肉。立身出世など他の人に任せればいいのだ。肉。肉を食わせろ。肉。なんとか角の立たない断り方を。肉。肉食いたい。ステーキが、ステーキが私を呼んでいる……。肉欲が押さえきれない……。
そんな私の余裕のなさなどつゆ知らず。殿下がキラキラしい笑みを向けてくる。
「護衛騎士ともなれば『完璧』を求められる。弱点などもってのほかだ。……一応確認したいのだけど、セナには何か弱点などあるかな?」
「――はい! 肉欲には勝てません!」
ざわりと。訓練場がざわめいた。
…………。
……お?
いま、私、なんて言った?
肉欲?
いくら断ろうとしたからって、肉欲って……。せめて空腹には勝てないとか……。
い、いやしかし大丈夫。殿下はこのくらいで怒るような人ではない。はず。いや『肉欲』ってどう考えてもエロい意味だし、一国の王太子を前にして肉欲発言とか不敬罪でもおかしくはないけれど……。
殿下は目を丸くしていたけど、怒ったりはしなかった。さすがは次期国王陛下。なんと器の大きいことでありましょうか。……ただ単に予想外の発言すぎて固まっちゃっただけかもしれないけれど。
殿下は怒らず。騒がず。
その代わりとばかりに、周りの人間が喧々囂々となった。
「肉欲だと!?」
「王太子殿下に対してなんたる発言!」
「殿下を狙っているのか!? 性的な意味で!?」
「一応は公爵家の娘だろうに、なんという破廉恥な!」
「殿下! 危険です! 色狂いは何をするか分かったものではありません!」
剣を抜き、殿下の前に躍り出て盾となる近衛騎士の皆様。まるで私がこれから殿下に(性的な意味で)襲いかかるかのような厳重さだ。
いやまぁ、肉欲に勝てない女が、この国最高の優良物件を前にして、理性的であると信じられるはずがないですよねー。
そのまま殿下は近衛騎士たちに押されるように訓練場をあとにして。我らがリベルテ騎士団の団長殿は怒りが頂点に達したのか卒倒し、周りの人に支えられながら退出した。
う~ん、騎士としての未来が崩れ落ちた音がするわね。ガラガラと。
…………。
よし、これはもう自棄肉するしかないわね。にくにくにく。
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