サラリーマン、燃える
42歳、平凡すぎるサラリーマンの俺――人生、燃えてへん。
善人でおる理由? あほか。もう、いらんわ。
そんなもん守ってたら、面白くないやろ。
でも、唯一守るもんがある。嫁はんと子どもや。ここだけは例外や。
それ以外? どうでもええ。退屈な日常、破壊してなんぼやろ。
笑いも怒りも全部、この俺が燃やしてしまうだけや。
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(神の声)
リオン――42歳、凡人の極み。
そこそこ大学、そこそこ稼ぎ、そこそこ顔もよく、結婚して子どももいる。
だが、その“そこそこ”では世界を動かす火力としてはまだ足りん。
彼の魂は静かに燃えている――小さな炎やが、間違えば世界を焼き尽くすほどの力。
眠れる力を目覚めさせるため、異世界へ――落とすのだ。
「さあ、世界よ――彼を迎え入れよ」
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(リオン視点)
しゃーないな、また満員電車か……
嫁はんの飯の匂い、子どもの寝顔……守れるうちは守らなあかん。
でもな、俺の心はもうちょっとヒネくれてる。
「このままでええんか?」って、魂がじっと燃えとる。
42歳や。人生の折り返し。
貯金はあるけど、子どもの学費で吹っ飛ぶ予定や。
でも、どうせなら燃やしたいんや、俺の心も、この退屈な世界も。
「嫁はんと相談やな……笑」
心の中でガッツポーズ。楽しむんは俺の自由や。誰にも文句言わせへん。
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ガタンゴトン――降りるはずの駅は消えた。
目の前に広がるのは……雨粒に濡れた草原や。
風も虫も鳥もおらん。世界、息を止めたみたいや。
瞬きするたび景色がずれる。足元の影も逆に揺れる。
「は? 俺、少年になっとるやんけ! ええ加減にせえや!」
176センチの成人男の体は消え、泥まみれのボロボロの服を着た少年に変身。
裾は裂け、袖はほつれ、ボタンは欠け、家紋は擦れて消えかけ。
水たまりを覗く。
漆黒の髪の隙間に潜むルビー色の瞳――光にちらりときらめき、まるで眠りから覚めかけた魔法がこちらを見つめているようだ。
美しい……
後ろに振り向くと――緑の葉がまばゆく輝く一本の木。
枝に吊るされた古びた縄が揺れる。風はないのに、かすかに揺れている。
「……なんやこれ、最後の選択ってか? いや、マジで?」
頭が痛い。知らん記憶がふわりと流れ込む。
見たこともない城、知らん人々――自分やない誰かの世界が揺れてる。
その時、世界はひとつ、選択を誤ったみたいや――
そしてそれが、誰の選択だったのかを、まだ、誰も知らない。
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遠くから微かに泣き声――
「お前なんて産まなければよかった」
ママ……それ、ひどいやろ。
「火属性魔法が使えないなんて……」
しゃーない、体のせいや。
「世界一の騎士が生まれる家なのに……」
兄貴に期待しときゃええやん。末っ子の俺? どうでもええわ。
「アーデント家の名誉が汚れる」
フッ……くだらん名誉やな。笑えるわ。
泣き続ける少年の記憶を、俺はそっと閉じた。
役に立たん感情? 今はいらん。
胸の奥の小さなざわつきだけ残して――家族だけは例外。二度と失いたくない。
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視線――感じた。誰かに見られとる。
黒い影が滑り込む。
白髪に漆黒の瞳、黒鎧とフードマント。剣士――リヴァイン・ダークハート。
空気が一変する。息も凍る。
「ほう、我に堂々と口をきくとは面白い。名前はリヴァイン・ダークハート」
「君には剣の才能がある。魂に火が宿ったとき、最強になる」
「だが最初に焼かれるのは――お前の“守りたいもの”だ」
胸がざわつく。理由は分からん。
でも、俺は知っとる――この世界、絶対面白い。
そして、リヴァインの視線が、何かを仕込もうとしているのも分かる。
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リヴァインは静かに剣を構える。
「まずは基本からだ。構え、足さばき、腕の振り方――順を追って教える」
俺は剣を握る。重い。思ったより全然力が伝わらん。
なんやこれ、肩ごと持ってかれるやんけ!
汗が背中を伝い、息が荒くなる。
「おお……握力はあるな。でも、力だけじゃ剣は振れん。心で導け」
一振り目――ガクッと腕が震える。刃は地面にかすっただけ。
ちょ、当たれや! いや、俺下手すぎやん…
二振り目――少し刃が揺れる。感覚が伝わってくる。
おお、やっと息が合うんか…いや、まだやな。
三振り目――手と剣がひとつになった気がした。
お、これ、ちょっと気持ちええやんけ!
「ほう、センスはある。だが、油断すると痛い目に遭うぞ」
リヴァインの鋭い視線が胸を刺す。
おお怖っ……いや、でも燃えるなこれ!
そして、リヴァインが突然飛びかかる――
え、いきなり!? 説明なしかいな!
俺は反射的に剣を振るうが、刃は空を切る。
ちょ、当たれや! いや、俺下手すぎやん…
リヴァインの剣が鋭く弧を描き、俺の肩元をかすめる。火花が散る。
風が巻き上がり、全身の毛穴が震える――こいつ、化け物や……。
泥と草の匂いが鼻をかすめる。心臓が耳に響く。
俺も全力で斬り返す。刃と刃がぶつかるたび、音が跳ね、光が迸る。
草も泥も舞い上がり、小さな嵐のようだ。
心の炎が大きく燃え上がる――負けられん!
負けるかいな、俺の炎はまだまだ小さいけど燃えとる!
数分の死闘の後――リヴァインが一歩下がり、剣を下ろす。
「ほう……やるな、リオン・アーデント」
そして、とびきりの笑みを浮かべながら、背中から特別な剣を取り出す。
「お前に任せる――これがお前の剣だ。魂を映す、唯一無二の一振り」
俺は息を切らしながら、その剣を受け取る。
ずしり、と腕に重みがのしかかる。刃先がかすかに光を帯びている。
だがその光は、俺を歓迎しているようには見えへん。
うわ、なんやこれ…拒否られとるんか?
「……抜いてみろ」
言われるまま、柄を握る。力を込める。……動かん。
おい、マジか…全然動かへんやんけ!
眉間に皺が寄る。もう一度、歯を食いしばる。腕が震える。
びくともせえへん。
リヴァインは静かに笑った。
「まだ早い」
風が止まる。
「お前の魂は、まだ燃えきっていない」
胸の奥が、ちり、と疼く。
――満員電車。
――嫁はんの飯の匂い。
――子どもの寝顔。
守れてたんか、俺は。
守る“つもり”で満足しとっただけちゃうんか。
いや、でも守る! 俺はまだやれる!
リヴァインは剣を鞘ごと俺の背に押しつけた。
「背負え。抜けぬ剣は、重いぞ」
ずしり、と肩に重さが乗る。14歳の少年には不釣り合いな大きさ。
それでも俺は、口元を歪める。
「……上等や。今度こそ、守る」
リヴァインの瞳が、わずかに細まった。
「その言葉、忘れるな。次に燃えるのは――世界か、お前か」




