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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

クトゥルフ神話TRPG 『トゥルーライトの幸福劇』リプレイ小説「Farewell」

作者: 坂梨藍玉
掲載日:2026/01/01


 真夜中の大阪の郊外。慎ましい一軒家に、『大丸 遥』『湊 葵』の表札がかかっている。


 その横に置かれた郵便受けに、黒い人影が封筒を差し入れた。晩春の風がそっと吹き、人影の髪をさらった。



   ***



 まぶたの向こうが明るい。ベッドのマットレスが少し傾く。そばに、あたたかな気配を感じる。やわらかでしっとりとした唇が私の頬に触れ、離れていった。


「おはよう、葵ちゃん。朝ごはん、できとうよ」


 髪をやさしく梳いてくれる指が心地よい。まぶたを上げるのを、もう少しだけ先のばしにすることにした。ほんの、少しだけ……。


「もう。今日はいっしょに遊ぶ約束やんか。忘れちゃったん?」

「……忘れてへんよ。ちょっと、ねむたかっただけ。遥ちゃん、起こしてぇ」

「ほんま、葵ちゃんはお寝坊さんやねぇ」


 だらんと伸ばした私の両腕を、遥はしっかり掴んで、力強く引っぱり起こしてくれた。私は寝間着に包まれて目をゆるゆる擦っているのに、遥はずいぶんとしゃっきりしている。


「今日も走ってきたん?」

「うん。ちょっとだけ。よう晴れてて、風も涼しいし、きもちよかった! 絶好のおでかけ日和よ」

「それなら、はよ支度しなあかんね」

「ほんまよ。タオル出しといたし、はよ顔、洗っといで」


 遥は寝室を出ていった。サイドテーブルのスマホを取り上げると、今日は金曜日だった。エッ、金曜日!?会社行かな!遅刻!!

 リビングへ飛び出そうとして、私は急ブレーキをかけた。今日から三連休だ。遥とデートする日。曜日だけを見て、すっかり慌ててしまった。顔に血の気が戻ってくる。

 それでも、早足で洗面所へ向かった。身支度を済ませて、早く遥のつくった朝ごはんを食べたい。



   ***



 塩味のきいた焼き鮭の身をつまんで、ほかほかの白飯とあわせて食べた。お漬物で口をさっぱりさせる。味噌汁は熱々で、ちょっと経ったのにまだ湯気が立っていた。

 遥の作る卵焼きは、関西では珍しく、甘い。最初は食べ慣れなかったけれど、好物のひとつになった。堅焼きプリンみたいなものなので、デザートとして最後にとっておく。


「今日は一段と、ええとこの旅館みたいな朝ごはんやね。時間かかったでしょ」

「ぜんぶ同時進行やから、結構ちゃちゃーっとできたよ」

「はあー、それ、料理上手のひとがよう言うやつ!」

「ふふ、ありがとう。ね、ちゃんとできとう?」

「うん! ばりおいしい! ……うわ、『ばり』って久々に言うたわ」

「たしかに、あんまし聞かんねぇ。大人になってからは特に」

「嫌やわぁ、いつまでも子どもくさくって……」


 遥はちょっと笑って、たくあんを口に運んだ。私も、気恥ずかしくて、しば漬けをぽりぽりやった。お互い味の好みがちょっと違うから、お漬物を食べるときは、それぞれの好きなものを出す。

 味覚や趣味がちがっても案外うまくいくものだ、といつだか母が言っていたが、やはり正しかった。半年も一緒に暮らしていて、離れたいだなんて、ただの一度も思ったことがない。


 そろそろお味噌汁を飲もうとして、その脇に、真っ白い封筒が置いてあるのが目に入った。

 差出人の名前も消印もない。封筒の中央には、ただ『湊 葵』とだけ書かれている。私の名前。宛名に『様』をつけないとは、いったい誰からだろうか。


「ああ、それ、今朝うちのポスト覗いたら、入っとったんよ」

「ふうん……。だれか、ポストに投函してる人、おらんかった?」

「ううん。誰も見んかったよ」


 封筒を開いて、中身を出してみた。写真だった。

遥が青黒い痣と血の滲む切り傷にまみれ、びしょ濡れで、薄汚いベッドにぐったり倒れている。肘の下と膝上が結束バンドで縛られ、太いプラスチックが皮膚に痛々しく食い込んでいる。見下ろすような画角で、壁も床も冷たそうなコンクリートに囲まれている。窓は見えないし、暗い。


 遥が誰かに監禁されている。


 そんなはずはない。遥は今、私の目の前で元気に朝食をとっている。昨日も一昨日も、それぞれの部屋で在宅で仕事をして、一緒に食事をとり、眠った。私か遥の片方だけが出社している時にさらわれた? それにしては、遥の様子はいつもと変わらない。


 写真に目を落としたきり身じろぎもしない私に、遥は怪訝そうな目を向けた。


「それ、写真? なんか変なもの、写っとん?」

「……遥ちゃん。これ、見覚えある?」


 私は、写真を遥との間に置いた。遥は少し前かがみになって写真を覗き込むと、眉をひそめた。


「なに、これ……。わたしにそっくりやね、趣味わる」

「こんなんされたこと、ある?」

「ううん。こんなん、記憶にあらへんよ」

「そうやんなぁ……」

「だれかのいたずらとちゃう?」

「タチ悪いわ。ちょっと、警察に電話してくる」


 私は席を立ち、スマホを取りに行った。電話アプリを立ち上げる。けれど、警察の番号がどうしても思い出せない。ネットで検索しようとしても、画面がぼやけてよく見えない。


 スマホを握ったまま立ち往生している私を見かねたのか、遥はなだめるように言った。


「まだ実害は出てないんやし、もう一回あったら、またその時、警察に連絡しよ?」

「遥ちゃんが、そう言うんやったら……」


 私はスマホをもとの場所に戻した。誰が、何の目的でこんなことを。椅子を引く。嫌な音。お出汁のきいた味噌汁をすすっても、ふわふわの卵焼きをほおばっても、気分が晴れない。


 視線を感じて目を上げると、遥が心配そうな顔をしていた。遥まで暗い気持ちにさせるのは忍びない。私は両手をパン、と元気よく合わせた。


「ごちそうさま! 今日もおいしかった!」

「はーい。おそまつさまでした」

「食器、持っていくわ」

「うん、ありがとう。よろしくね」


 私はダイニングテーブルをぐるりと回ってキッチンに入った。食器を流しに置く。すこしくたびれたスポンジに洗剤を垂らした。


 ひとりが料理を作ったら、もうひとりが洗い物をする。どちらから言い出したわけでもなしに、いつのまにかそういう決まりになっていた。平等で、よいルールだと思う。


 お茶碗を洗いながら、なんとなく遥のほうを見た。顔を横向け、顎の先を手に乗せて、テレビを眺めている。朝の情報番組だった。何かの事件の特番を組んでいるらしい。


『──さんの行方が分からなくなってから、──が経とうとしています。市や警察が行方を探していますが、発見には至っていません。先生、この行方不明事件には不審な点が多くありますが──』


 遥がチャンネルを変えた。関西のおすすめグルメを紹介している。女性アナウンサーがスープカレーをおいしそうに食べていた。遥は振り返って私を見上げた。


「なぁなぁ、葵ちゃん。今日はどこ行くか、もう決めとう?」

「んー、まだ。行きたいとこあるん?」

「ここっていうのは無いねんけど……なんか、美味しいもの食べたい!」

「ええなぁ。それやったら……グランフロント大阪のでっかい無印、新しくなったらしいからさ、無印のカフェ行ってみいひん?」

「うん! 行こ行こ。わたし、無印のカフェって、行くのはじめてやわぁ。どんなんあるん?」

「えー、なんて言うたらええかな。おしゃれなお家にお呼ばれしたときに、出してもらうごはん……?」

「なんよ、それぇ」


 遥は笑いながらスマホで検索した。私も、最後の皿を水切りに置いて、キッチンのカウンター越しに画面をのぞき込んだ。小綺麗な手作り風のお惣菜の画像がたくさん出てきた。遥は神妙な顔をした。


「……ほんまや」

「ほら、言うたやん!」

「あはは、ほんまやねぇ。たしかにおしゃれ。おいしそう!」


 さっそく、私たちは身支度をした。


「そのコート、もう季節外れよ。こっちにし」だとか、「イヤリング片方見つからへん! どれか貸して」だとか、互いに言い合った。


 遥の趣味で毎週行く旅行では、平日の間にちょっとずつ準備しておくから、出る前はこんなにバタバタしない。だから、新鮮で面白かった。


 休日の御堂筋線は、私たちの乗る始点ではガラガラだった。勤め先は同じだけれど、出社当番の日が違うから、いっしょにメトロに乗れるのは、なんだかうれしい。


 梅田に近づくにつれ、車両は人間でいっぱいになった。狭い座席で、遥の肩が、腕が、太ももがくっつく。けたたましい走行音にまぎれて、遥は私の耳元にささやいた。


「恥ずかしいから、手ぇ繋ぐの、まだ我慢してな?」


 私は伸ばしかけていた手を引っ込めた。遥はくすくす笑った。



   ***



 ケルト音楽を聴くと、いかにも無印良品に来たという感じがする。


 ひとしきりお店の中を探検してから、目当てのカフェに入った。私は好きな惣菜を3品選ぶセットをたのんで、遥はさらにグラタンをつけた。遥のはお肉の惣菜が主で、わんぱくなプレートだった。彼女はメンチカツを口いっぱいに頬張った。


「遥ちゃんは、よう食べるなぁ」

「だって、食べるん好きやもん」

「せやったら、唐揚げ、一個たべる?」

「ええの? ありがとう! じゃあ、わたしのしぐれ煮、食べる? ……あ、もう口つけちゃってたわ」

「かまへんよ。遥ちゃんやったら、気にならへん」

「そおなん? 葵ちゃん、こういうの気にするタイプやなかった?」

「だって、遥ちゃんとは、もっとすごいこと……してるし……」


 小さな声で言ったから、他の人には聞こえていないはずだけれど、自分で言ったくせに、遥の顔を見れなくなった。向かいから箸が伸びてきて、私のプレートから唐揚げをさらっていく。遥が照れたような含み笑いをこぼした。目を上げると、遥は白い顔をほんの少し赤らめていた。お互いの視線が絡みあって、遥はゆったりと言った。


「わたしと葵ちゃんの仲やもん。いまさら、気にすることなかったねぇ」


 遥は、私の唐揚げを愛おしそうに頬張って、飲み込んだ。私も、遥の牛肉のしぐれ煮に箸をつけて、ひと口食べた。



   ***



 すっかり日が暮れて、晩春だけれどすこし肌寒い。人がごった返す梅田から、ふたりで住む町に戻ると、ほっとした。


 線路沿いのローソンの前を通ったとき、横目で遥の様子をうかがった。看板と店内の眩しい明かりに照らされて、夜の暗がりの中にさびしそうな横顔が浮かんでいた。


「遥ちゃん。ごはん、おいしかったなぁ」

「うん……。また、いっしょに食べに行こうね」

「それなら、今度のお出かけ、梅田で決まりやね」

「そうやね、そうしよ! つぎはなに食べよかなぁ」


 あたりに甲高い音が響く。踏切の棒が下りてきた。後ろから焼き鳥の煙が漂ってくる。通り沿いの居酒屋から、男女数人が出てくるところだった。そのなかに、真っ黒な靄に覆われた人間のようなものが立っていた。私と遥を交互に見て━━いや、目は無い。代わりに、真っ赤な厚ぼったい唇がついている。べちゃべちゃと忙しなく蠢き、訳のわからない言葉を垂れ流している。


 私がずっと後ろを向いているのに気づいて、遥も同じ方を見た。私は遥の手を掴んだ。


「葵ちゃん?」


 黒い人影がにじり寄ってくる。踏切は上がらない。夜の闇より黒い手が私たちに向かって伸びる。カンカンカンカン。まだ上がらない。早く、早く!


 踏切の音が止んだ。


 私は遥の手を引っ張って走りだした。私たちが線路を渡っている途中で、また踏切が鳴り出した。ふたつ揃いの遮断機が下りた向こうで、黒い人影は私たちに向かって、気味の悪い唇を開けたり閉じたりしていた。奇妙な声は電車の轟音にかき消された。なおも走ろうとする私を、遥は手を引いて止めた。


「ちょっと、どうしたんよ急に」

「あんなん、関わったらあかん。はよ、逃げよ」

「あんなん? 何がおったん?」

「何って……黒い化け物みたいなん、おったやんか」

「ええっ、そんなん、おった?」

「なんか話しとったよ」

「そういえば、声は聞こえた気ぃするけど……。でも、なんも見えんかったよ?」


 音の止んだ踏切を振り返る。黒い人影は消えていた。なんてことない居酒屋の前を、普通の姿をした人がまばらに行き交っている。


 私は、怪訝な顔をする遥の手を引いて、いつもより早足で家に帰った。



   ***



 玄関の電気をつけた。明かりの途切れた先に、廊下が黒く続いている。遥を振り返ると、不安そうに服の胸元をにぎりしめていた。


「戸締りとか、変なやつ入ってきてへんかとか、見てくるわ。遥ちゃんはここで待っとって」

「うん、わかった……」


 この暗闇のどこかに、あの黒い化け物が潜んでいる。そんな気がして、全身が強張った。恐怖が細い呻き声になって、喉の奥から漏れ出てしまう。


「や……やっぱり、怖いから、ついてきて……」

「わたしも、ひとりで待ってるの怖いから、一緒に行く!」


 遥は怖がりだけれど、こういう時はいつも、私を独りにしなかった。ふわふわした雰囲気の割に、妙な根性がある。


 遥のおかげで、ちょっと気持ちが落ち着いた。私たちは家の中を見て回ることにした。



   ***



 キッチンを覗くと、かすかにピリ辛な異国の香りがした。


「む……これはもしかして」

「あー、ばれちゃったー?」

「フフン。名探偵・葵の鼻はごまかせませんよ……。これは、遥ちゃん特製のスパイスカレーですね?」

「正解でーす。ようわかったねぇ」

「そら、私の好物やからね」

「そう言うてくれたら、作りがいあるわぁ」

「戸締り見てまわったら、あとで食べようね」


 遥も私も、お互いの冗談にはいつも全力でのっかる。下らないおふざけも、寒いギャグも、ふたりなら楽しくてたまらない。いつのまにか、黒い人影のことなんてすっかり忘れてしまっていた。


「今日は午前から出かけてたんに、いつの間につくったん?」

「朝の間に、ぱぱーっと」

「遥ちゃんはほんま、料理上手やねぇ」

「お褒めにあずかり光栄にございます」


 遥ちゃんは両手でスカートの裾をふわりと持ち上げて、右膝を軽く曲げた。こんなにも自然とカーテシーをするなんて、遥ちゃんは、ほんとはどこかのお姫様なんじゃないかしら……。


「殿下、お茶を召されますか」

「あら、いただこうかしら」


 私は少し背伸びして、戸棚を開けた。阪急三番街の食器屋でふたりで選んだ、おそろいのマグカップが並んでいる。取り出そうとして、手が滑った。目の前をゆっくり落ちていく。手が出せない。ゴン、と床に落ちた。


「葵ちゃっ……! だいじょうぶ!?」

「よかったあああ。割れてへん!」

「もし割れても、いっしょにまた買いに行けばええよ。葵ちゃんに怪我なくてよかった」

「ありがとう。遥ちゃんは、やさしいなぁ」

「そんなことないよ。ただ、葵ちゃんには、つらい思いしてほしないだけ……」


 遥が真っ直ぐに私を見つめる。ひたむきな眼差しに照れてしまって、私はついおどけて言った。


「な、見て。ちっちゃいヒビも入ってへんよ。私たちの愛の強さのおかげやなぁ!」


 遥はきょとんとしたが、すぐに苦笑いを見せた。「困ったひとやわ」と言って、マグカップを軽く洗って戸棚に戻した。


「葵ちゃん。やっぱり、お茶はあとで飲も? まず戸締り見て回らんと」

「はーい。あ、ついでに、これもなおしといて」

「うん。……よいしょっ。あとはもう無い?」

「うん! ありがとう。遥ちゃんの方が背ぇ高いんやし、ここのもん触るときは、遥ちゃんにおねがいしよかなぁ」

「ええー、毎回?」

「セバスチャンッ。この葵お嬢様にお仕えできること、感謝なさい」

「じいはもう年でございます〜」

「うそやぁ。ピチピチやないの」


 話しながら、私は、昨日の晩に洗ったスプーンが乾いているのに気づいて、引き出しに戻そうとした。いつもどおりの菜箸やお玉のなかに、何か赤黒いものが見えた。


 キッチン鋏の刃だった。


「え……汚な。遥ちゃん、覚えある?」

「ううん。袋の口をちょっと切るくらいにしか使わへんし、すぐ洗っとうもん。きれい好きな葵ちゃんにしては珍しいし……」


 キッチン鋏を取り上げて、汚れをじっと見た。キッチンの白い照明の光を受けて、変な錆みたいなものが赤みを増して見えた。この汚れが何なのか、見当がつかない。怖いし、気持ち悪いから、すぐに洗ってしまうことにした。使い古された刃とスポンジの固い面が擦れ合って、シャカシャカ鳴った。



   ***



 遥の部屋には、文学部を出た私に負けないくらい、本がある。プログラマらしく、三分の一くらいは技術書だった。


「ねぇ葵ちゃん。こないだ貸したげた基本情報技術者のテキスト、ちゃあんとやっとう?」

「あ……バレた?」

「もうっ、やっぱし! わたしの目はごまかせへんよ」

「遥センセに教えてもらわな、やる気でませ〜ん」

「ほんま、手のかかる生徒だこと……」


 遥はすらりとした指先をこめかみに当てて、おおげさにため息をついてみせた。私は素知らぬ顔をして本棚を見回した。やはり理系の血がそうさせるのか、SFが多かった。


「あ、『獣たちの海』。これ、気になっとってん」


 私は、自分の頭より高いところにある背表紙を指差した。


「もう読み終わったし、それも貸したげる」

「やったぁ! ありがと」


 遥は私の肩に手を置いて、「よいしょっ」と背後から本を取った。


「はい、どうぞ。読むのは明日にするんよ? 葵ちゃんたら、すぐ夜更かしするんやから」

「だって、読み出したら止まらへんねんもん」

「今日は早よ寝て、明日の朝に読み。そうやないと、貸したげへんよ」

「はぁい……」


 遥は時々、おねえさんぶって、私を叱ったり甘やかしたりする。私より8センチも大きいから、遥には妹みたいに見えるのかもしれない。それなのに、以前、ふざけて「お姉ちゃん」と呼んでみたら、顔を赤くして鼻をギュッとつままれた。女心はむずかしい……。


 なんとなしに遥の部屋を眺めた。本棚の横に、背の低いクローゼットが据えてある。そこに置かれたものを見て、私はあれ、と思った。


「靴、靴箱に入れてへんの?」

「ああ、それ……」


 遥がえへへ、とはにかむように笑った。指を組んで、親指をくるくる回している。気恥ずかしいのをごまかす時の癖。


「葵ちゃんが買うてくれたから、おろしてまうの、もったいなくて……」

「それやったら、もう一足買うたげる。そっち履いたらええよ」

「ええの? ありがとう! あ、じゃあ、この靴に合う服も買いたい!」

「ええなぁ、明日、買いに行こ」

「うん! ああ、うれしいわぁ。誕生日でもないのに、ほんまにええの?」

「ええよ、ええよ。遥ちゃんがほしいもんは、いつでもなーんでも買うてあげる」

「葵ちゃん、わたしに甘すぎ」


 贈った靴は、欲しかったハードカバーの本を数十冊買えるくらいはした。それでも、遥のためなら、自分のことはいくらでも我慢できる。



   ***



 遥は私の部屋に入るなり、「おおー」と感嘆の声を上げた。壁一面の本棚をしきりに見回している。


「ほんま、読書家やねぇ。何回見てもびっくりやわ」

「まあ、積読ばっかしやけどね。そうや、今度は私の本、貸したげる。好きなの選んでええよ」

「ええの? そうやねぇ……。あ、『1984年』。これ、積読?」

「いや、読んだよ。それにする?」

「ううん。別のにする。わたしも読んだことあるもん」

「そういえば、遥ちゃんとこにもあったねぇ。な、これ、どうやった?」

「おもろかったよ。わたしは、ウィンストンとジュリアが隠れ家で過ごすところが、いちばん好き」

「ああ、そこ、素敵よなぁ! 穏やかで……。私も好き」


 遥は嬉しそうに笑みを浮かべた。同じ本を読んだことがあって、好きな場面が同じというのは、心惹かれることだ。上機嫌になって、私はちょっと意地悪をしたくなった。数ある本の中から見つけ出すくらいだから、すこし内容に踏み込んだことを言っても、きっとうまく返してくれる。


「物語の最後のシーン。遥ちゃんやったら、どないする?」

「最後って、『101号室』?」


 私がうなずいてみせると、遥はあごの先に手を当てた。眉をひそめて、口を少し尖らせているのが、なんだか小さな子どもみたいに見える。左上を向いたり右下を向いたり、忙しい。ちょっとした雑談のつもりだったけれど、思いの外、真剣に考えてくれている。


「相手を身代わりにするくらいやったら、全部わたしが引き受けたい。でも、怖いのは嫌……。やっぱり、屈しちゃうかも。うーん、よう決めへん! あと5時間は欲しい!」

「あはは。そうよなぁ」

「じゃあ、葵ちゃんは?」

「私? 私は……うん。ぜんぶ、受け入れるよ」

「ええっ、なんで。『いちばん怖い』って思っとうことされるんよ」

「だって、『101号室』って、ウィンストンとジュリアを引き裂くものやんか。それって、裏を返せば、オブライエンの拷問を受け入れることが、相手への愛の証になると思うんよ」

「……なんよ、わたしが薄情者みたいやないの」

「なはは! 遥ちゃんは、怖い思いなんかせんでええよ」

「葵ちゃんって、なんていうか、変なところでロマンチストよね」

「ううん……ちょっと気持ち悪いとこあるのは、自覚しとうよ……」


 私の恥入るような声を聞いて、遥は今にも吹き出しそうな顔をした。バツが悪くて、私は顔を背けた。ついに、遥が無邪気な笑い声をあげた。アッハッハ!


「葵ちゃんたら、ほんま、へんこ! 見てておもろいわ」


 遥は私の顔をのぞき込んで、にやにや笑った。あんな重たいことを言われても引かないあなたの方が、よっぽど『変子』よ。そう言ってやりたかったけれど、つけ入る隙を増やすだけだから、よした。


 会社や外では落ち着いた聡いひとなのに、家の中となると、途端にいたずらっ子のじゃじゃ馬だ。ちょっとばかし困らせてやろうと思っても、いつの間にかこちらが弄ばれている。今みたいに。


 遥は指先を私の肩の先から反対の肩へ、つうとすべらせた。揺さぶりをかけているつもりだろう。反応を見せるのも癪だから、なにも感じていませんよ、という顔をして本棚の方を向いた。


 見慣れた背表紙の列を端から眺めていると、見慣れない手帳が挟まっていた。就活か、新人研修の時のものだろうか。開いてみると、どのページにも、細いミミズを何匹も横向きに挟んで乾かしたみたいな線が引かれていた。


「……なんやこれ」

「うわ。字汚いのは知ってたけど、まさか、葵ちゃんにも読めへん字、書いてまうなんて……」

「私やないもん!!!!」

「またまた~」

「ほんまやもん!」

「それやったら、なんで葵ちゃんの本棚に置いてあるんよ」

「それは……うーん、知らんよぉ」


 説明会か研修の間に寝ぼけながら書いたのかもしれないが、いまいちピンとこない。どこまで頁をめくっても、奇妙に曲がりくねった線が引かれているばかりだった。とくに面白いものは見つからない。


 そんな手帳、いつまでも眺めていてもつまらないから、本の群れの中に返した。


「遥ちゃん。本、決めた?」

「ごめん、まだ。候補はいっぱいあるんやけど、使える時間を考えたら、もうちょっと絞らんと……」

「ええよ。ゆっくり選び」


 遥は申し訳なさそうに眉尻を下げてうなずくと、真面目な顔になって、背表紙を眺めては頁をぱらぱらとめくった。


 ずっと見つめられていては、急かされているようで気まずいだろう。私は目を部屋の中に移した。


 別段変わりのない、いつもの部屋。けれど、仕事机の上に妙な違和感があった。


 モニター横の写真立てが、やけに目につく。


 違和の源を探そうと、写真を注意深く覗き込んだ。額縁の中で遥が愛らしく笑っている。


 気配を感じて顔を上げると、遥がこちらを見ていた。


 本人の前で写真をまじまじと見ているのが急に恥ずかしく思えて、すぐ姿勢を戻した。


「……せっかくやし、本物見ちゃお~~」

「もうっ、恥ずかしいから、そんな見んといて!」

「さっきは私の顔、こーんなにのぞき込んで来たくせに、なに言うてんの」

「そんなん、知らんっ!」


 遥は開いていた本で顔を隠してしまった。レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』。数ある積読書のひとつ。このまま死蔵するよりは、遥に読んでもらう方が、本も本望だろう。


「意外と、ハードボイルドもお好み?」

「たまには、かっこいいのも読んでみたくて。あと、探偵ものやと、ミステリ要素があって、謎解きが楽しい!」

「たしかにねぇ。ハードボイルド探偵やったら、『マルタの鷹』もおすすめよ」

「う~ん……迷う……けど、こっちにする!」


 遥は『長いお別れ』を顔の横に掲げた。私がうなずいてみせると、遥はうれしそうに本の表紙をなでた。本から顔をあげると、遥は「あっ」と何かを見つけた顔をした。


「どうしたん? まさか……虫……?」

「ううんっ、ちゃうよ。その、テーブルに、置いとう雑誌……」


 遥がおずおずと指した先には、結婚情報誌があった。表紙には海の見える教会が印刷されている。大きなフォントで『神戸のチャペル特集』とあった。 取り上げて見てみると、去年の11月号だった。発売日は9月下旬。なんで半年前?


「遥ちゃん、いつの間に買うたん?」

「買うたの、わたしやないよ」

「またまた~」

「ほんまやもん!」

「またまた〜〜」


 手帳の時の仕返しのつもりで、私は、にやあっと笑いかけた。遥はムッとした顔をして、私から目を逸らした。がっかりしているようにも見えた。


 この雑誌を買った覚えはない。それでも、遥に思わせぶりなことをしてしまったかもしれないと思うと、罪悪感が胸をチクリと刺した。



 ***



 なんと、遥が隙を見てお風呂を沸かしてくれていた。時間の使い方がいつも上手で、感心する。


 私たちはお風呂に入ることにした。ふたりで入れば節約になるし、『めんどくさい』が『たのしい』に変わる。


 私は浴槽に浸かりながら、遥が身体の泡を洗い流しているのを眺めた。肌が湯を受けてつやめいている。大理石のような肌、という言い回しがあるが、あれは床材に使われるマーブル模様のものではなくて、ダビデ像やミロのヴィーナスの材質を指すのだと気づいた。

 よく目をこらすと、遥の背中と脇腹に、軽く引っかいたような痕が赤く浮いている。白い肌というのは、全くの無瑕疵より、すこし傷のある方が、かえって妖艶さを増す。目の前の裸体には、大理石像には無い人間味と美があった。


 シャワーが止まった。遥は髪の水気を軽くしぼりながら、私を見下ろした。


「お待たせ。入っていい?」

「うん。どうぞ」

「ほな、お邪魔しまーす」


 遥が私の足の間に腰を下ろすと、お湯のかさが浴槽ぎりぎりまで上がった。


「おおー、今日は溢れんかったなぁ」

「そやねぇ、うまいこと調整できたわ」


 温かい背中が私の胸や腹にのしかかる。遠慮のない重みが心地よい。お湯がパシャ、と揺れた。遥が腕をさすっていた。


「うちのお湯って、熱いんかなぁ」

「普通ぐらいやと思うけど。どうしたん?」

「なんか、お風呂入るたんびに、肌がひりひりするん」

「え、なんでやろ。肌荒れもしてへんのにね」


 赤みの差した肩の向こうに、みずみずしい肢体が広がっている。痣や瘡蓋はほとんど無い。引き締まった腹には、臍まで縦の溝が刻まれている。きれいな身体だ。健康的な肉付きの足が戯れに動いて水面を揺らす。


 背中の小さな掻き痕を指でなぞってみると、遥は悩ましげに呻いた。


「我慢しとうねんけど、かゆくて、つい掻いてまうんよね」

「春になって、乾燥してきたもんねぇ」

「うん。ちゃんとクリーム塗っとうのに!」

「お風呂上がったら、背中に塗ったげる」

「ありがとう。お願いね」


 返事をする代わりに、私は遥の肩に頬をのせた。なめらかな肌。静かな夜。ずっとこうしていたい。でも、いつかのぼせてしまうから、人間の身体は不便だと思った。暑がりの遥が微かに身じろぎした。この温もりの中に少しでも繋ぎとめたくて、私は口を開いた。


「いるかのさわり心地って、こんな感じなんかな」

「それは、お肌つるつるって意味?」

「まあ、要はそうやね」

「なんよ、照れ隠し?」

「ちゃうよぉ。ほんまに、言葉どおりに思ったんやもん。なぁなぁ、いるかって、どこ行ったら触れる?」

「うーん、どこやろ。アドベンチャーワールドとか?」

「じゃあ、次の旅行は白浜にしよ」

「ええねえ、そうしよっか。あ、わたし、クエ食べてみたい!」

「んふふ、『食え』んくなるまで食いなはれ」


 遥は背を起こして、私を振り返った。いたずらを見つけたみたいな顔で、にやっと笑った。


「しょうない駄洒落は、犬にも『食え』へんわ」

「ふふふ、これは一本とられた……」


 遥は湯船からざばりと立ち上がった。得意げな横顔を見せて、私を見下ろした。


「のぼせへんうちに、はよ上がりよ」


 ぺたぺたと濡れた裸足の足音がして、浴室にいるのは私だけになってしまった。独りで風呂に浸かっていてもつまらない。私も腰を上げることに決めた。でも脱衣所は狭いから、遥が出るのを待たなければいけない。


 しばらくの間、ぬるま湯の中に腕や足を漂わせて、無重力を楽しんだ。



   ***



 戸締りの見回りに身繕い、夕食まですっかり終えて、私たちは寝室に入った。


 手探りでサイドテーブルの明かりをつける。鍵が置いてあった。何の変哲もないただの鍵だけれど、使った記憶がない。


「これ、見覚えある?」

「ううん。ないよ。なんの鍵?」 

「分からへん。なんか、ここに置いてあった」

「えっ……なんで……?」


 私たちは顔を見合わせて、同時に「こわ〜い」と言った。遥はすべり込むようにベッドの中におさまった。掛け布団から、目から上だけを出して、私をキッとにらんだ。


「葵ちゃん! もう遅いし、寝よ。今日は、変なもんは、なーんも見てへん。そうやんね!」

「う、うん。そうやね。何も見てへん見てへん見てへん……よし! ほな、明かり消すよ?」


 遥がうなずいたのを見て、私はスタンド照明の紐を2、3度ひっぱった。寝室が闇に浸される。私もベッドに潜り込んだ。シーツは冷たくて思わず身震いしたけれど、遥の横は温かかった。


 鍵を顔の前にかざしてみた。暗闇に目が慣れてきて、銀色の鍵が青黒い水面に浮かぶように見える。やっぱり、こんな鍵、覚えがない。そもそも、この家に鍵かける部屋なんかあったっけ。


 鍵が水底へ沈むように見えなくなった。遥に鍵を取り上げられていた。板と小さな金属が触れ合う音がしたから、サイドテーブルに置いたのだろう。


 私の肩を、指先がトントンとつついた。顔を向けると、遥は腕を軽く曲げて差し出した。


「おいで」


 誘われるまま頭をのせた。よく知った、ちょうどよい太さと柔らかさだった。胸のすく石鹸の香りが混ざった、甘い匂いがする。遥は私の後ろ髪を一束、するりと手に取り、いつもより低く艶めいた声でささやいた。


「真っ黒な髪って、暗いところやと、かえってよう見えるんやね」

「忍者の服も、同じ理由で黒色やないんやって」


 へえ、と気のない相槌が返ってきた。ヒヤリとした。


「もしかして、答え、まちがえた?」

「好いたひとの髪の話をして、まさか忍者の雑学を教えられるとは思わんやんか」


 へんなの、と遥は笑った。抗議の意で黙っていると、遥は少し間をおいて、ぽつぽつと取り留めもない話をはじめた。ノリはよくとも多弁ではない彼女が、眠るまでの間、自分から話をしてくれるこの時間が好きだった。


 さらさらで触り心地のよい髪だけれど、あんまり弄ると傷みそうだから悩ましい。

 最近、キジバトが鳴くのを聞いたので、もう夏になると思って驚いた。

 舞台やドラマでは、夜闇の表現に青い照明を使うが、本物の夜闇も案外ほんとうに青い色をしている。

 今日話した本のジュリアは黒髪で若い女だが、あなたの方がずっと美しい。こういうことを言われると、あなたはすぐに耳を赤くする。


 指先が私の耳の先をゆったりとなぞった。ひどく熱いから、たしかに真っ赤になっているにちがいなかった。


「私のウィンストンは、口が上手いから、かなわん」


 言い捨てて、遥の胸元へ少し乱暴に頭をのせた。ウッ!とうめき声があがって、ちょっといい気味だった。


 明日はきっと百貨店に行く。しっかり早起きして、服もお化粧もちゃんとしなくては。阪急か、阪神か。大丸もいい。


「葵ちゃん、なにわろとうの?」

「ううん。なんでもない」

「どうせ、しょうもないダジャレでも思いついたんでしょ」

「ようわかったねぇ。明日さ、一緒にええ靴と服買いに行くやんか。せやから……大丸に、大丸が行く……」

「んふふ、しょうもな!」


 大丸 遥は私の頭をぺし、とはたいた。身体が細かに揺れているから、実際、ウケているらしい。やった!


 そうしていくつか話をしているうちに、頭の上から寝息が聞こえてきた。規則正しいそれに耳を傾けるうち、まぶたの上に眠気がおとずれた。


 明日も楽しい1日になればいい、と思った。



   ***



 実家で飼っていた犬に飛びかかられた。チョコ色のラブラドールレトリバー。押し倒されて『なでて、なでて』ともみくちゃにされているところで、目が覚めた。


「あ、やーっと起きた! おはよう!」


 寝間着の遥が私の両肩に手をかけて、腹のあたりで馬乗りになっていた。


「あれ……ジョン、えらい別嬪さんになったなぁ……」

「なに寝ぼけとんの。はよ朝ご飯作ってえな。もうおなかぺこぺこー」

「んー……。いま、何時?」

「8時!」

「まだ早いやんかあ! 何時から起きとん……」

「ついさっきよ。顔洗ってー、歯磨いてー、いま!」


 遥は目を細めて笑った。同じ生活をしているのに、どうしてこんなに寝覚めが違うのだろう。遥はちょっと元気すぎる。でも、そのおかげで、毎朝起こしてもらえる。自分でも起きられるけれど、目が覚めた時に、遥がそばにいるのがうれしい。


「ふふふ……しゃあないなぁ。なに食べたい?」

「好きなの、言うてええの?」

「ええよ。最善を尽くしましょう」

「うーんと、じゃあ、イングリッシュマフィンがいい。あと、フルーツヨーグルトもつけてな」

「ふむふむ。マフィンには何はさみましょ」

「レタスに、カリカリのベーコンに、目玉焼き!」

「よしよし、いつものお嬢様セットやね」

「よろしくねセバスチャン」


 遥は上機嫌で私から下りた。リビングへ行こうとして、思い出したように寝室の扉から顔をのぞかせた。


「コンソメスープも忘れてはだめよ!」



   ***



 トースターからジジジ……とイングリッシュマフィンを炙る音がする。ガラスのお椀の中でヨーグルトと缶詰フルーツを和えながら、トースターの扉を覗いた。表面の焦げ目はいい感じ。ちょうどコーヒーもできた。遥のマグカップには牛乳を足して、カフェオレにする。


 正直、イングリッシュマフィンは粉っぽいし、ヨーグルトは酸っぱいから、そんなに好きではない。それでも、遥のために買ってある。


 お漬物と同じ要領で、それぞれの好みに合わせた別の食事を用意したってかまわないのだけれど、せっかくなら、遥と同じような朝食を味わいたい。


 リビングで、遥は椅子に座って、目の前のダイニングテーブルを漫然と眺めていた。珍しく、寝間着のままだった。私はテーブルに皿をタン!と置いた。


「へいお待ち!」

「大将、今日のネタはなんですの」

「え〜、遥ちゃんの好きなもんでござい!」

「ふふ、おおきに! じゃ、いただきまーす」


 遥はイングリッシュマフィンにかぶりついた。おいしい、おいしいと言いながらもぐもぐしている。自分も食べてみると、目玉焼きがとろっと半熟にできあがっていた。うまい!


 遥の手に黄身が垂れていたので、ティッシュを渡した。手をきれいにすると、遥はテーブルからテレビのリモコンを取り上げた。電源を入れる。昨日放送していた特番の続きが映った。


『━━さんの行方が分からなくなる直前の足取りを、取材班で再現しました。去年9月、北神 愛さんは、━━駅の監視カメラに━━』



 キタカミ アイ。


 聞き覚えがある。思い出そうとすると、昨日の警察の電話番号の時と同じ感覚に襲われた。思い出してはいけないような気もする。


 行方不明事件の特番を、遥は興味なさそうに眺めていた。しばらくして、テレビのチャンネルを変えた。特撮、政治討論、アニメ、現代アートと移り変わって、コンビニの新作スイーツ特集で落ち着いた。遥はいつも食べ物のコーナーを熱心に観るけれど、今日はどこかぼんやりしている。


「遥ちゃん。もしかして、調子悪い?」

「あ……。言おうと思うとってんけど、先越されちゃった」

「だいじょうぶ? 風邪? 熱とか、出てない?」

「うん。たぶん、疲れが出ちゃっただけやと思う……。ごめんね。昨日、靴買いに行こうって言うたけど、今日は家でゆっくりしよ?」

「そうやね。今日は、おうちデートしよ!」

「うん。ありがとう。……なんか、最近というか、ここ半年で、疲れやすくなっとうかも。入社した頃なんか、毎日出社でも平気やったのに」

「ほんまぁ。今でこうなら、十年、二十年したら、どないなってしまうんやろ」

「わたしでこれやもん。葵ちゃんも、今のうちに運動とか始めたほうがええよ」

「毎週、旅行で歩いてんのに、これ以上からだ動かしたらしんでまう!」

「もう、ほんまに出不精やねぇ」


 遥が笑っている。でも、顔が暗い気がする。表情が、というよりも、朝なのに部屋の中が暗い。窓を見ると、カーテンがぴったりと閉められていた。防壁のようだった。


「なぁなぁ。暗いし、カーテン開けてもええ?」

「……なんか怖いから、閉めたままがいい」

「そっかぁ。まあ、昨日、変な奴もおったことやし……」

「それに、紫外線予防にもなるでしょ。葵ちゃんも気をつけるんよ」

「はぁい。色白美人な遥ちゃんに言われると、耳痛いわ」


 そうは言っても、昨晩のことを思い出してしまっては、家の外が気になる。あの黒い人影が家の中を覗き込もうとしているかもしれない。カーテンの中に顔を差し込んでみる。外には、誰も居なかった。よかった、ひと安心……あっ!


「猫!」

「えっ。どこ、どこ?」

「あー、もう行ってもうた」

「なぁんやぁ。見たかったなー」


 ギュッと革のきしむ音がした。遥はソファーに移って、革張りの背にもたれ込んでいた。両手でマグカップを持って、ひと口飲む。私と目が合うと、すこし微笑んだ。


「猫ちゃん、何色やったん?」

「白黒。たぶん八割れ」

「えー、かわいいなぁ」

「…………猫、飼わへんからね」

「ん? うん。どうしたん、急に」

「猫ちゃん飼いたいーって、言い出すかと思って」

「うーん。かわいいけど、飼うたら旅行いかれへんなるしねぇ」

「なら、ええの。猫ばっかりで、私のこと構ってくれへんくなったら、困るもん」


 遥は、にこっと笑った。


「葵ちゃん、重!」


 グゥ、と顔が思わず歪んだ。このひとは、もう、全然掴めない。昨日みたいに受け流したかと思えば、今みたいにど直球で打ち返してくる。一年と半年、いや、会社で初めて会った時も入れたら2年半以上は一緒にいるのに、まだ翻弄されている。猫みたいなひと。


 遥は、雑談がおわった後の、気軽な手持ち無沙汰になっていた。「重い」と言っても、重いことを言われても、こんなにあっけらかんとした人がいるなんて……。


 遥はマグカップを持ち上げて、『あっ』という顔をした。カフェオレが空になったらしい。


「おかわり、飲む?」

「のむー」


 差し出されたマグカップをもらって、ついでにダイニングテーブルの皿と自分のマグカップも持って、キッチンに入った。


 持っていたものをまとめて洗い桶に浸ける。マグカップたちを流しの横に置こうとして、皿もろとも洗い桶に入れてしまったのに気づいた。あかん、私もぼんやりしてる……。


 戸棚を開けて、別のマグカップを取り出した。その奥に、見慣れない布包があった。取り出してみると、割れた皿の破片だった。目算で5枚分はある。縁の柄を見るに、私がひとりで暮らしている時から使っていたものだ。なんでこんなところに?


 うっかり触って落ちてきたら危ないから、流し台に下ろしておくことにした。陶器って、どうやって捨てるんだっけ。あとで調べないと。ケトルに水を入れて、火にかける。


 お湯が沸くのを待つ間、キッチン横の小さなパントリーに入った。遥がランニングの後に毎朝のんでいるプロテイン。私が在宅勤務中ずっと飲んでいる紅茶のお徳用パック。その間から、コーヒー粉を詰めたガラスのキャニスターを取り出した。


 キッチンに踵を返して、コーヒースプーンを引き出しから探す。ついでに、菜箸やしゃもじが仕切りケースの中でごちゃついているのを、整理することにした。


 ひととおりきれいにすると、仕切りケースの奥に、茶色の小瓶が見えた。取り出してみると、白いラベルに「Love Drug」と走り書きされている。中身を手のひらに出してみると、白い錠剤が転がってきた。「cK」などアルファベットが刻印されているものもあれば、何も模様が無いものもある。ビオフェルミンか何かのようにも見える。


 こんなものを引き出しに入れた覚えは無い。もしかしたら、遥が飲んでいるのかも。まさか、重い病気を隠しているんじゃ……。嫌な想像がどんどん膨らむのを、ケトルの鋭い音が断ち切った。


 私は小瓶を寝間着のポケットに入れた。コーヒーフィルターを広げてお湯を注ぐ間も、不安が胸の中に粘っこくまとわりつく。コーヒー粉を蒸らすと、カルディの店の前の香りが立ち上って、すこし気が紛れた。遥のマグカップには、忘れず牛乳と砂糖を入れた。


 重くなったマグカップをお盆にのせて、リビングに戻る。遥はソファーに座ったまま、クッションを抱えて、うとうとしていた。


 私がマグカップをソファー前のローテーブルに置くと、遥は重たそうにまぶたを上げた。隣に座った私をぼんやりと見つめていたから、私は恭しくお辞儀をして手でマグカップを指した。


「お嬢さま、カフェオレをお持ちいたしました。お砂糖はちゃんと3杯入れております」

「ふふ……。ありがとう、セバスチャン。いただくわ」


 遥は、私の淹れたカフェオレをひと口飲むと、満足そうに微笑んだ。


「おいしい。葵ちゃん、料理も上手やし、お店開けるんとちゃう?」

「ほんまぁ? じゃあ、もし会社やめたら、カフェでもやろかなぁ」

「そしたら、わたしホールやりたい!」

「あかん! 髪結んで、白シャツ着て、黒い腰エプロンつけた遥ちゃんとか、可愛すぎて絶対ナンパされるもん」

「えー。葵ちゃんたら、ほんま過保護やわぁ」

「ほんとは、人に見せたくないくらいやもの」

「じゃあ、わたし、何したら良いん?」

「んー……味見係?」

「あはは、なんそれぇ。ほな、何回ダメ出しされても、泣いたらあかんよ」

「それは手厳しいなぁ。遥ちゃんはグルメやから、毎皿ご満足いただけるかどうか」


 遥は鈴を転がすような声で笑いながら、私の肩に頭をもたせかけた。温かな重みが心地よい。髪がやわらかに甘く香る。ずいぶん経っても、遥は目を閉じたままそうしていたから、キッチンで感じた不安がまた頭をもたげてきた。


「遥ちゃん。やっぱり、結構しんどい? 病院行く?」

「ううん。だいじょうぶ。疲れた感じはするけど、それだけやから」

「ねえ、ほんまは、なにか悪い病気してるんとちがうの? キッチンの引き出しに、薬入っとったもん。ほら、これ……」


 私はポケットから茶色い小瓶を取り出した。白い錠剤を手に出すと、遥は不思議そうに覗き込んだ。


「こんなん、飲んでへんよ。サプリメントなら、いくつか飲んどうけど、ぜんぶまとめて薬棚に入れとうし」


 私の曇ったままの顔を見ると、遥は私の頬をつついてきた。


「もう、そんな顔せんとって? ほんまに疲れただけやから。それに……さっきのは、ただ、葵ちゃんに甘えてただけ」


 遥は、はにかむような笑みを浮かべた。私がやっと愁眉を開いたのを認めて、遥はカフェオレを口で吹いて冷ました。ぜんぶ杞憂だったのが、どうにも恥ずかしくて、私はわざと話題を変えた。


「そういえばさ、遥ちゃん、皿割った? 咎めるつもりはないんやけど」

「ううん。割ってへんよ。なんで?」

「棚の奥にな、割れた皿の欠片がいっぱい包んであってん」

「ええっ、なにそれ。あぶなぁ」

「一応、流しのとこに下ろしといたから、怪我せんように気をつけてな」

「うん。わかった。ありがとうね」

「いいえ……」


 身に覚えのないものがこう幾つも見つかると、なんだか気味が悪い。気分を変えたくて、私もマグカップを手に取った。傾けるにつれ、取っ手を握っている自分の右手が見えてくる。いつもは気にも留めないけれど、なんとなく気になって、目をやった。


 痣だらけだった。


 左を見ると、手も腕も、細かな切り傷が無数にある。足もずきずき痛む気がする。まさか、顔も、身体も、傷だらけなのでは……。


「ちょっと、コーヒーこぼしとうよ!」


 右太ももの布地に焦茶色の小さな水たまりがあった。そこから上を辿ると、マグカップを始点にコーヒーの小滝ができていた。


「あっっっっつ!!!」

「はよ、冷やしてき! ほかのとこは拭いとくから」


 右太ももの強烈な熱さのほかは、何もかもぼやけている。それでも、遥が浴室の方を指しているのが見えた。


 シャワーの水栓を赤色から水色の方に引き倒す。やけどしたところに服ごと冷水を浴びせていると、頭も冷静になってきた。


 腕も手も、いつもどおりに戻っていた。


 そこでやっと、マグカップを持ったままでいることに気づいた。



   ***



 ズボンがびしょ濡れになってしまった。昼前まで寝間着のままだったし、いい加減、着替えることにした。


 服を置いている自分の部屋は、リビングと繋がっている。リビングのドアを開けると、遥がわざとらしく手で顔を覆った。


「ま! ハレンチ! 下着でうろつくなんて!」

「しゃあないやんかぁ、帰りしな、洗濯機にパジャマ放り込んできてんもん」

「そんなパンツマンのために着替え出しといたよ」

「誰がパンツマンや」


 遥から変な笑い声が漏れ出た。たまに、遥は妙なボケをかましてくる。笑いのツボがちょっと変。そこも可愛い!にやけ顔を見られないように、用意してくれたシャツを頭からかぶった。


「服、ありがとうね。ほんま気ぃ利くなぁ」

「いいえ。半年もいっしょに住んでたら、次なにするか、だいたい分かるもん」


 遥も寝間着を脱いだ。露わになった肌を見て、私は思わず息を呑んだ。


「どうしたん、それ」


 白い背中に、黒ずんだ斑点がいくつも浮いていた。指先でつまめそうなくらい小さいのから、足の裏くらい大きいのまである。前に回り込んで見ると、みぞおちのあたりにも同じような痣があった。あちこちに、茶色とも黒色ともつかない細長い痣が走り、その中央で皮膚が白く盛り上がっている。瘡蓋の剥がれた痕にも見える。


 昨晩いっしょにお風呂に入った時には、こんな傷痕は無かった。


「別に、いつもどおりやと思うけど……」

「でも、こんなに痣が」


 遥は自分の身体を不思議そうに見回して、首をかしげた。昨日の朝に見た写真が脳裏をよぎる。暴力を受けたとしか思えない。でも、誰から?そもそも、なぜ痣が急に身体に現れた?


「痣? そんなん、どこにも無いよ」


 遥の言葉が信じられず、私はまばたきをした。


 遥の身体は、いつもどおり滑らかだった。背中と脇腹の小さな引っかき傷が、色白の肌のなかで赤く目立っている。私は遥の身体に手を当てた。やはり、小さな掻き痕のほかは、傷ついているようには見えない。


「ちょっと。触る力、つよい。痛い」

「ご、ごめん。……勘違いやったかも」


 遥は怪訝そうに片眉を上げたが、私が申し訳なさそうに笑ってみせると、鼻をちょっと鳴らして部屋着に頭を通しはじめた。遠くを見つめるような顔をした白熊が刺繍された、ミントグリーンのスウェット。透明感のある肌によく合っている。何度見ても飽きがこない。


「あ、くつ下持ってくるん忘れてた」

「ほな、私、取ってくるわ。遥ちゃんの部屋、入ってもええ?」

「うん、ええよ。ありがとう、お願いね」



   ***



 遥の部屋のクローゼットを開けて、適当な靴下を見繕った。たまに変な柄の靴下が混ざっていて、一見すると大人しそうな雰囲気とのギャップを感じる。


 遥は、毎週の小旅行で変なものを見つけると、必ず手に取って私に見せてくる。それこそ靴下みたいな、かさばらないものであれば、たいてい買って帰ってしまう。


 職場の人は誰も、あの清楚な大丸さんが、まさか緑色の蛸みたいなのがプリントされた珍奇な靴下をはいて家で仕事しているなんて、夢にも思わないだろう。


 クローゼットを閉めた時、床との隙間に紙が挟まっているのが見えた。引っ張り出してみると、写真だった。人のようなものがふたつ横に並んで映っている。しかし、インクを水に浸したようにひどく滲んでいて、誰が映っているのか、よく見えない。


 目を凝らしていると、人間であれば頭にあたる部分で、白いものが瞬いた。まばたきをした。白いものの端が吊り上がり、憎悪に満ちた鬼の目になった。全身に赤いインクが染み出してくる。


 私は写真を取り落とした。もう一度のぞき込むと、最初に見た時と同じ、ぼやけた人らしきものが並んでいるだけだった。


 口から高笑いが出た。ハハハ!あかん、変なもん多すぎて、逆におもしろくなってきた!笑いの発作が収まると、奇妙な写真がひどく憎たらしく思えてきた。皺まみれになるまで踏みにじって端切れになるまで千切りゴミ箱に捨てた。


 私はリビングに戻って、遥に靴下を渡した。遥は微笑んで私にお礼を言った。

 私もにっこりと遥に笑い返した。



   ***



 昨日から変なものばかり出てくるから、他にも無いか、隅から隅まで見てやることにした。


 私は遥に、部屋を整理すると断って、自分の部屋に入った。扉を閉めてすぐ、私は部屋中の収納をひっくり返した。


 目を皿にして私物を調べていると、遥が私の部屋をノックした。床に散らばった物を跨いでドアを開ける。遥は私の肩越しに部屋の惨状を見て「ひっ」と声を漏らした。


「部屋片付けるんとちゃうかったん……?」

「えっと、その……。まず、要るもんと要らんもんを仕分けようと思って……」

「そう……。ゴミ袋、持ってこよか?」

「ううん。大丈夫。あとで自分で取りに行くわ。……で、ご用はなんでしょ」

「ああ、そうそう。もうすぐ晩ご飯やけど、今日もわたしが作ろか? 掃除、大変そうやし」

「うわ、ほんまや。もうこんな時間……。ごめん、おねがいしてもいい? あ、でも、体調よくないんやんな」


 遥は微笑んで首を横に振った。


「休んだから、すっかり元気なったよ。やから、任せて。ね、葵ちゃん、食べたいものある?」

「んー、じゃあ……揚げもん食べたい!」

「うわ。わたしも同じこと思っとってん! びっくりしたぁ」

「私ら、ほんま、考えること一緒やねぇ」

「ふふっ、ほんまに……」


 遥は口元の笑みを深めて、リビングの方へ戻っていった。私は部屋の調査を再開したが、めぼしいものは見つからなかった。出した私物を片付けるついでに、掃除したり古いものを処分したりした。


 昨日は気になった写真立ても、おかしなところは無いように見える。


 カーテン越しに部屋に差していた日の光が、すっかり暗くなった。自分の部屋がめちゃくちゃきれいになっただけだった……。部屋の外から、キャベツを刻む音が聞こえる。時計を見上げると、あと20分くらいで晩ご飯の時間だった。遥を手伝って食器を準備するには、まだ早い。


 いろんなものを出し入れしたり掃除したりして、すっかり疲れてしまった。床に座り込み、ローテーブルに突っ伏して、しばらくぼうっとしていたが、横に置いているパソコンが目についた。


 メールが溜まっているかもしれない。パソコンを立ち上げると、いつものデスクトップ画面の中に、画像加工ソフトや動画編集ソフトがあった。こんなのダウンロードしてたっけ……。


「うっわ、やば。メール100件たまってる」


 Outlookを起動する。最新のメールは、一昨日の深夜に受信していた。件名は無い。差出人のメールアドレスも、文字化けしていて分からない。『無題.mp4』という動画ファイルが添付されている。本文にはただ一文、次のとおり書かれていた。



 真実は、何だ。



「絶対、ウイルスメールやん……」


 ITエンジニアとして、こんな分かりやすい罠に引っかかるわけにはいかない。それでも、ゴミ箱フォルダに突っ込むのはためらわれた。昨日から起きているおかしなことの手掛かりになるかもしれない。添付ファイルをウイルス対策ソフトでスキャンしてみると、意外にも、結果は『安全』と出た。


 私は3回深呼吸をした。パソコンにイヤホンを接続してから、動画ファイルを開いた。


 動画の中の視点は、コンクリートの床の上に置かれていた。数秒後、耳を破るほどの女の絶叫が響いた。自分の全身が突っぱったように強張る。画面内に遥が倒れ込んできた。腕や足にプラスチックの結束バンドがきつく食い込んで、皮膚が赤黒く変色している。誰かの靴先が遥の腹に突き刺さった。1回、2回、3回、執拗に蹴り上げる。動画の中の遥は、身体を丸く縮こめて、必死に暴力から逃れようとしていた。顔は涙に濡れ、暴行を受けるたびに口から薄黄色の液体が零れた。


 やってもうた。こんなもの、見なければよかった。ディープフェイクか何かに決まってる。遥は、こんなおぞましい暴力を受けたことは無いはずだ。身体にだって痣は無い。


 けれど、さっき遥の腹を見た時に目にした、あの幻覚の痣と同じ位置に、動画の中の靴先が吸い込まれていく。


 イヤホンから耳に流し込まれる遥の悲鳴が、現実と幻を私の頭の中でぐちゃぐちゃに混ぜ合わせる。この動画は幻覚なんじゃないか。あの傷痕は現実なんじゃないか。


 この生活は、幻?


 誰かの手が、私の肩を叩いた。イヤホンを耳から引っこ抜いて振り返った。


「葵ちゃん。ごはんできたよ! もう、やっと気づいた」


 即座にノートPCを閉じた。冷や汗が垂れる。恐る恐る目を上げると、遥が眼だけで私を見下ろしていた。


「……見られたらやましいもんでも見てたの」

「……いいや?」

「それなら、ええけど」


 遥はやけに含みを持たせるような言い方をして、リビングへ出て行った。

 目つきがいつもより冷ややかだった気がする……。



   ***



 今日の夕食は、いつもより会話が少なかった。なんで揚げ物をリクエストしてしまったんだろう。よりにもよって、揚げたてのトンカツだった。サクサクに仕上げた衣の音がいやに耳について、静けさを余計に意識させる。夕食の間、遥は無表情だった。もとが柔和な顔立ちだから、表情が抜け落ちると、圧が増す。


「ごちそうさま、今日もおいしかった」


 私がそう言うと、遥は裁判官のようにゆっくりと頷いた。こわい……。でも怯んじゃダメ!ちゃんと言ってやらないと。


 私は、食後のお茶をお揃いのマグカップに注いだ。ソファーに並んで座る。心なしか、いつもより間隔が空いている。遥が静かにひと口のむ。私はテレビを点けて、画面に顔を向けたまま口を開いた。


「……遥ちゃん。ご飯の前、私が隠れていやらしいもん見てると思ったでしょ」

「……思てないけど」

「それなら、ええけど」


 ぶふ、と遥はお茶を吹き出しかけた。慌てて口元に垂れたお茶を指でぬぐっている。ティッシュを渡してあげると、遥はやっといつもの笑顔を見せてくれた。


「もう、なんなん、その言い方」

「さっきの遥ちゃんのマネェ〜」

「ぜんぜん似てへん!」

「変な勘違いする遥ちゃんが悪いねん」

「はいはい。葵ちゃんはウブでおぼこい女の子ですぅ」

「ほんまに、そんなん見てへんからね」

「わかっとうよ。ふふふ……」

「ほんまにぃ〜?」


 マグカップを置いて、遥の横腹をくすぐった。遥はきゃあきゃあ笑い声をあげて身をよじっていて、いい気味だった。やり込めた気持ちでいると、遥も反撃してきた。ふたりでひとしきり、気の済むまでソファーの上で暴れた。体力の無い私の方が先に息があがってしまって、すっかり降参してしまった。


 遥は勝ち誇ったように胸を張ってソファーの背にもたれた。私は遥の膝に頭を置いて寝そべった。目の前が遥の顔でいっぱいになった。


「遥ちゃん。明日な、一緒に見てもらいたいもんがあるの」

「わかった。ええよ」

「……何なのか、聞かへんの」

「だって、言いたくなさそうやもん」

「遥ちゃんは、なんでもお見通しやね」

「葵ちゃんは特別わかりやすいの。ぜんぶ顔に出るんやもん」


 遥は軽い調子で笑った。このひとに、あんな恐ろしい動画を見せていいのだろうか。でも、黙って隠しておくのが最善とも思えない。本人も知るべきだ。けれど、いたずらに怯えさせたくもない。遥は私と同じくらい怖がりだから。


 思いがけず、遥が私の手を握った。気づけば、私の視界を占めている顔は、物憂げな表情に変わっていた。


「ねえ、そんな思い詰めた顔せんとって。ふたりでおったら、きっと大丈夫。そうでしょ?」

「……うん。そうやね。きっと、大丈夫」


 私たちの間に漂う空気が和らいだ。ちょうど、お風呂が沸いた合図の曲が聞こえてきた。でも、身体がだるくて起き上がる気になれない。遥も同じように、ぐてっとソファーに座ったままでいる。


「なぁ、遥ちゃん」

「なに?」

「どっちが先お風呂場に入るか、競争しよ」


 途端、遥が私を押しのけてソファーから飛び下りた。私も負けじと遥に追いすがる。私の前を行く遥が笑い声をあげた。同時に脱衣所に着いた。遥は笑って力が抜けたのか、私の方が早く服を脱ぎおわって、ひと足先に浴室に足を踏み入れた。


「私の勝ちー! 遥ちゃん、油断してたらあかんで」

「もうっ、葵ちゃんが笑かすのがあかんのよ」

「私、なんもしてへんもん!」

 遥は笑いながら浴室に入ってきた。

「遥ちゃん、おいで。あたま洗ったげる」

「はーい。おねがいしまーす」

 私は、栗色のやわらかい癖っ毛に温かいシャワーをかけ、シャンプーを泡だてた。

「大丸さま、おかゆいところはございませんか?」

「んー、このへんがちょっとかゆいです」

「かしこまりました。ここかな?」

「うん。ええ感じ……いたっ!」

「えっ、どないしたん」

「泡、目に入ったかも」


 私は片手を遥の髪から抜いて、シャワーの水栓を開けようとした。目の前の鏡に、傷だらけの遥が座っていた。服で隠れるところに、細長い傷跡が縦横に走り、緑と黄の混ざった痣が大小まだらに浮いている。遥の髪がぬめっているのは、シャンプーではなく血のためのような気がする。


 シャワーの水流がほとばしる音がした。遥が自分で水栓を開けていた。ぱしゃぱしゃと目を流している。遥が身をよじって私を見上げた。


「どうしたん?」

「……ううん。なんでもないよ」


 鏡に映っているのは、いつもの白い背中だった。



   ***



 なんとか顔の保湿と髪を乾かすのをやり切ったところで、眠くてたまらなくなった。昨日今日と変なことが起きて、疲れが溜まっている。まぶたが重い。遥の手が肩を揺すった。


「葵ちゃん。もう、お布団入ろ」

「からだ、ふにゃふにゃして、うごかれへん」


 遥は立ち上がって、私の上腕を掴んで引っ張りあげようとした。私も立ちあがろうともがいたが、頭が重くて、足元がぐにゃぐにゃする。あっ、と思う間もなく、ころんと後ろに転げてしまった。このまま寝てしまおうかしら……。


「こんなとこで寝たら、風邪ひいてまうよ」

「んー……」

「ほんま、仕方のないひと」


 遥はくすりと笑って、私の背を抱え起こした。


「腕、首にまわせる?」

「こう……?」

「うん。ふふ、ほんまにふにゃふにゃやね」


 遥の「よいしょっ」という声が聞こえて、身体が宙に浮かんだ。遥が私を横向きに抱きあげていた。


「ごめんね。遥ちゃんも、つかれとんのに」

「ええよ。葵ちゃんは軽いから、平気」


 遥は小さく微笑みかけた。遥が歩くたびに身体がゆらゆらと揺れて、温かくて、心地よい。ひんやりとした感触で、意識が少し浮かび上がった。シーツの肌触りだと気づく頃には、遥も私のそばで横になっていた。遥は私の手を握って、くすくす笑った。


「葵ちゃん、手ぇ、すっごくあったかい。ちっちゃい子みたいやね。そんなに眠たいん?」

「うん。でも、眠いのに寝入られへんくて、きもちわるい。むずむずする」

「それなら、背中とんとんしたげる。おっきいあかちゃんがぐずらんように」


 いつもより温度の高いぬくもりが、心音のような規則正しいリズムで背中を打つ。身体の力が抜けていく。やさしい声の子守唄で、知らず知らずのうちに気を張っていたのが、ほぐれていく。


「きもちわるいの、収まってきた……。ありがとう……」

「どういたしまして。寝れそう?」

「寝れそう……やけど……ね、いつもみたいに、おしゃべりしよ」

「ええよ。なに話そっか」

「なんかトークテーマ出してやぁ」

「えー、もう、無茶ぶり言うて……。そうやねぇ……。じゃあ、葵ちゃんは、あの世とか生まれ変わりって、信じとう?」

「うーん……うん! あったら、おもろいもん。ここじゃないとこで生きるの、なんか楽しそう」

「ふふ、葵ちゃんらしいねぇ」

「まあねぇ。あと、やりたくても絶対できひんことも、あの世とか来世なら、できるかもしれへんし」

「絶対できひんことって、たとえば?」

「んー、いろいろあるけど……私たちのこと知ってる人から、私たちについての記憶ぜんぶ消して、ふたりっきりで、小さな島で暮らすとか」

「あは、ほんま、葵ちゃんってロマンチストやねぇ」


 私は遥の肩をそっと掴んだ。遥の丸い双眸が私を捉える。


「そうしようって私が言うたら、遥ちゃん、そうしてくれる?」

「もちろん。葵ちゃんが一緒なら、どこへでも行くよ。それに、ふたりっきりって、すごく素敵」


 目が夜の闇に慣れてきて、いろんなものが青く浮かび上がって見える。愛しい顔も、穏やかに弧を描いた唇も。


「ねえ、キスしてもいい?」

「ええよ。おいで」


 私が遥に覆いかぶさると、遥はそっと目を閉じた。昨日の朝に感じたのと同じやわらかさが、そこにはあった。快さにぼうっとする私の、しだれ落ちる髪を、遥がかきあげて耳にかけてくれた。私はなだらかな胸の上に頭を置いて、遥を見上げた。


「じゃあ、遥ちゃんは? 信じとう?」

「んー、あの世はあるんちゃう」

「へえ、どんなとこやと思う?」

「そこではねぇ……わたしの好きなチーズリゾットがいっぱいあってなぁ、カフェオレも飲み放題!」

「あはは。それって、どこの宗教のなん?」

「どこにもあらへんよ。わたしが今、考えたん。そういう世界で、葵ちゃんと暮らせたらいいなぁと思って」


 いつもよりもっと温かで、私のより大きな手が、私の頭をゆったりと撫でた。なんだか、悲しくもないのに無性に泣き出したくなった。


「チーズリゾットもカフェオレも、ぜんぶ用意するから……私の前から、いなくならんとってな」

「うん。ずっと一緒よ」


 心の中で、明日もこうして二人で眠れますように、と神様にお願いした。神がどこにいるのか、本当にいるのかさえ分からなかったけれど、それでもよかった。空の上でも海の底でも、とにかく、私の願いを聞き届けてくれるなら、それでいい。



   ***



 雨の音が聞こえる。頭がうっすら痛くて、枕の中に沈んでいくように思えた。子供のころに負った古傷がなんとなく痛む。それに、手や腕、足もズキズキする。打たれたような、切られたような痛み。


「葵ちゃん、おはよう。今日は、朝ごはん、いっしょに作ろ」


 遥が私の腕を引っ張って起こしてくれた。


「なぁ、遥ちゃん……その腕、どうしたん……?」


 遥の腕には、肘の下に縛られたような痕が黒ずんで走っていた。上腕には人に強く掴まれた痣が寝間着の裾から見え隠れしている。遥は自身の腕に目を落とした。


「どう見ても、いつもの腕やけど。どうしたん?」


 痣に触れてみると、遥は「いたっ」と声をあげて顔をしかめた。


「そういえば、体中痛い気ぃする。筋肉痛かなぁ」


 私は瞬きをしてみた。今までなら、これで遥の傷は消えた。でも、消えなかった。もう一度瞬きをする。もう一度、もう一度、もう一度。消えない。嘘だ。強くまぶたを閉じる。遥は誰にも傷つけられていない。遥は健やかに生きている。遥は、幸福だ。


 目を開くと、遥はいつもの美しい肌をしていた。首をかしげて、怪訝な顔をしている。


「目、痛いん? 病院行く?」

「……ううん。だいじょうぶ。ごはん、作ろか」


 私はベッドから降りて、身支度を済ませた。キッチンに入ると、深緑色のエプロンを着けた遥が居た。遥は私に紺色のエプロンを手渡してくれた。


「今日は、わたしがメインつくるから、葵ちゃんはサラダとか飲みもの用意してくれる?」

「わかった。パンとご飯、どっちにする?」

「んー、今日はどっちもいらんかな」

「了解!」


 私は片目をつぶって、遥に親指を立てて見せた。遥は胸を押さえて「かっこいい〜!」とふざけて、大げさにしなをつくった。ふたりでくすくす笑って、調理に取り掛かった。


 戸棚から、いつもどおりお揃いのマグカップを取り出す。昨日も一昨日も使った、遥とふたりで買ったマグカップ。……本当に?


「ねぇ。これ、ふたりで買ったんやんな?」

「葵ちゃんが、わたしの好きな柄のんを買ってきてくれたんよ」

「ん? あれ……? 私が、遥ちゃんに買ってきた?」

「うん。そうよ。どうかしたん?」

「いや、ちょっと。気にせんとって」


 一昨日と言っていることが違う。もちろん、私の今までの記憶とも違う。でも、このお揃いのマグカップは、私が一人で買ってきた……遥がそうだと言うのなら、そうなんだろう。あまり神経質に考えないことにした。


 お湯を沸かしている間に、オレンジやキウイを切ってレタスを千切り、フルーツサラダをつくる。牛乳をたっぷり入れたミルクコーヒーと砂糖を3杯入れたカフェオレを用意して、お盆やカトラリーを準備する。ひと通り仕事を終えた頃には、遥の料理も完成していた。


「えー、朝からチーズリゾット? ちょっと重ない?」

「ええやんかぁ。おいしいもん。わたしなんか、朝も晩も食べたいくらいやのに」

「遥ちゃんはお腹が強くてええなぁ」

「葵ちゃんが弱すぎるんよ」


 おしゃべりしながら、それぞれで自分の朝ごはんをダイニングテーブルに持っていく。遥はチーズリゾットを美味しそうに目を細めながら食べた。口の中の湯気を熱そうにはふはふと出して、まだ飲み込んでいないのに、もう次の分をスプーンで山盛りに掬っている。


「晩ごはん、チーズリゾット作ったげようか」

「ほんまに? わたし、葵ちゃんのチーズリゾットだいすき!」


 遥はほんとうに嬉しそうに笑った。思わず口元がゆるむ。目の前のチーズリゾットをひと口食べると、とろとろに溶けたチーズのコクと、副えたパセリの爽やかな香りがよく合っていた。


「私も、遥ちゃんがつくったチーズリゾット、大好き。また次のお休みの朝に作ってや」

「朝からやと、重たいんとちゃうの?」

「遥ちゃんの手料理やったら、朝から胃もたれしたって本望よ」

「ふふ。それやったら、胃薬買い足しとかなあかんね」


 遥は笑いを噛んでテレビをつけた。私たちの座っているダイニングチェアに対して、テレビは斜めの位置にある。ソファーの前に置きたかったせいで、こんな見えにくい位置になってしまった。それなのに、画面の中のアナウンサーが私を直視している。


『あなたは目を逸らしている。あなたの真実はなんですか? 選んでください。選びなさい。選べ。選べ、選べ、選べ、選べ、選べ』


 遥からリモコンを取り上げて電源ボタンを押した。テレビは消えなかった。


『選べ、選べ、選べ、選べ、選べ。思い出せ。ぬるま湯の幸福に溺れるのは、しあわせ?』


 チャンネルが切り替わった。遥がリモコンを取り戻していた。男性アイドルが新作のおもしろ文具を紹介している。


 身体中にセメントを流し込まれたような気分だった。私は必死に唇を動かした。


「い、今の……見た……?」

「さっきの天気予報のこと? 午後からは晴れるみたいよ」

「そう……天気予報……」

「うん。なぁなぁ、今日こそ、午後からおでかけしよ」

「うん……そうやね。どこ行こっか! 一昨日言ってたみたいに、でっかい無印にまた行ってもええし、服と靴買いに百貨店いってもええし」

「どっちも行っちゃお。両方、梅田にあるもん」

「そう言えばそうやねぇ。そうしよか。ほんま、梅田ってなんでもあるなぁ」


 遥は無言でうなずいた。口いっぱいにチーズリゾットを頬張っていたから、当然だった。



   ***



 私たちは朝ご飯を食べ終えると、家事を片付けてしまうことにした。私はお風呂掃除で、遥は皿洗い。先に終わった方が洗濯機を回す。


 私は浴室のガラス戸を開けた。靴下を脱いで、樹脂の冷たい床に踏み入る。なにかが鼻腔をかすめた。もう一度、鼻から息を吸ってみる。薄らと、血の匂いが漂っている。天井まで見回しても、赤いものはどこにも付いていない。私は浴室から顔を出して、遥を呼んだ。


「どうしたん?」

「なんか、お風呂、血の匂いせえへん?」

「えっ? ……いや、せんよ。おかしいねぇ。わたしも葵ちゃんも、まだきてへんと思うけど」

「鼻おかしいんかも。ちょっとかんでくるわ」

「じゃあ、わたしもかむ!」


 ふたりでリビングに戻って、並んでちーんと鼻をかんだ。鼻なんか、ちっとも詰まっていない。すこしの鼻水さえ出なかったが、私は「これでだいじょうぶやわ」と遥に言った。私が浴室に戻ると、遥は後ろをついてきて、開けっ放しのガラス戸に手をついて立った。


「どう? まだ、変なにおいする?」


 遥は心なしか不安そうにしていた。私は「やっぱり気のせいやったかも」と笑った。遥も頬を緩めて「鼻血でも出てたんとちゃう」と言った。


 薄らと血の匂いが漂っている。シャワーで洗い流してもなお、床に、壁に、排水口に、深く染みこんでいるかのように。



   ***



 風呂掃除を終えてリビングに戻ってくると、ちょうど遥も洗い物を終えたところだった。


「今日は同時に終わったなぁ。どっちが洗濯機まわそか?」


 遥はフフンと鼻を鳴らして拳を見せた。


「ここは、公平にじゃんけんで決めよ」

「ええよぉ。天は私に味方してる!」


 じゃん、けん、ぽん!負けた……。


「あはは、葵ちゃん、天に見放されちゃったねぇ」

「こ、こんなはずじゃ……」

「じゃ、がんばって洗濯機まわしてきてな」


 遥はにこにこ笑って手を振った。服を入れ、洗剤を流し込み、ボタンを押す。家事の中でもとりわけ簡単だが、めんどくさいものはめんどくさい。


 怠惰な自分を押し殺して責務を果たしてくると、遥がリビングで部屋用の物干しを広げていた。伸縮性の棹を伸ばした時、棹の先が棚にぶつかった。写真立てが倒れそうになったのを、遥はさっと掴んで戻した。


「おおっ。遥ちゃん、ナイスキャッチ!」

「危ない、危ない……」


 私は遥の手元を覗き込んだ。私たちふたりが映った写真。どこもおかしなところは無い、普通の写真に見える。私は遥の肩を軽く叩いて、写真立てを指さした。


「この写真、いつ撮ったか覚えとう?」

「そんなん、当たり前やないの。3回目のデートのとき!」

「正解! たしか、北海道に行ったねぇ。まだ3回目やのに、まさか、いきなり遠くへ旅行いくとは思わんかったわ」

「あはは。でも、北海道、たのしかったやろ?」

「うん。すごく……」


 遥は私の手に指先を絡めた。栗色の瞳が私を真っ直ぐに見下ろしている。


「わたしたちが初めて会ったのは、入社式の時やったねぇ。席が隣やって、仲良くなって、一緒にお昼ご飯たべたりして、お休みの日もふたりで遊ぶようになって。なつかしいわぁ」


 遥は私たちの馴れ初めを、淀みなくすらすらと言った。


「そうやねぇ。配属されて、初めて遥ちゃんの私服見た時、すごいおしゃれさんやなぁって思ったよ。このデートの時もさ、ほら、こんなかわいい服着てきたから、びっくりしてもうた」

「べた褒めやん。そんな、普通の服やのに」

「ご謙遜を。私、ファッションに言うほどこだわり無いから、ほんま尊敬するわ」

「葵ちゃんこそ、かっこいい服着こなして素敵よ」


 私たちは同時に顔を見合わせて、口を開こうとした。


「あー、たぶん、私ら同じこと考えとうね」

「ふふ。じゃあ、わたしから言うていい? ……葵ちゃんにわたしの服着せたい!」

「やっぱり! 私も、遥ちゃんにシュッとした服着てみてほしい」

「じゃあ今日は、お互いの服、取り替えっこしよ」

「そうしよ! ファッション講座楽しみにしてるわ、遥センセ」



   ***



 遥は自分のクローゼットから次々に服を取り出して、私に当てては、頷いて自分の腕にかけたり、首をひねって元の場所に戻したりした。遥はずいぶん楽しそうにしている。でも、着せ替え人形にされていると、だんだん退屈してきた。


「なぁなぁ。遥ちゃん。ちょっとおしゃべりしようやぁ」

「んー? ちょっとだけならええよ」

「やった!じゃあさぁ、私、どういうのが似合うん?」

「ちょっと裾が広がったのとか、すらっとしたのかなぁ。わたしと骨格のタイプちゃうから、合う服探すの、むずかしいわ」


 遥は腕にかけた服たちを吟味しはじめた。ほんとうに真剣な顔をしているから、私もがんばって我慢することにした。遥は判断力がある。私が邪魔しなかったのもあって、いくつかあった候補を、あっという間に1つに絞ってしまった。遥の言うとおりに着て、私は、壁際にある姿見の前に立った。


「うん、イメージどおり! すっごく似合っとう。葵ちゃん、どう?」

「ええと思うよ。やっぱり、遥ちゃんはセンスあるなぁ」

「ありがとう。葵ちゃん、いつもシュッとした雰囲気やけど、こんなんも似合うよ」

「こういう服って、ジャンル、なんて言うんやっけ。フェミニン?」


 遥は鏡越しに私に頷いた。私の髪を数束、背から胸元へ流し、整えている。遥は満足がいくと、私の肩に手を置いて、服のさらさらとした生地を撫でた。


「このトップス、わたしのお気に入りなんよ。スカートも、鞄も、イヤリングも。この部屋にあるもの、みんな、わたしの宝物よ。ぜんぶ葵ちゃんが買うてくれたから。どれも私好みやったんやもん、びっくりしたわぁ」

「……ぜんぶ? 服も、本も?」

「そうよ。『ひと月遅れの誕生日プレゼント』って言って。忘れちゃったん?」

「い、いや......そういえば、そうやったなぁって……」


 いくら誕生日のお祝いだからといって、カーテンも、仕事机も、椅子もクローゼットも姿見もカーペットもティッシュボックスも眼鏡もアクセサリーもその収納ケースも下着もイヤホンもゴミ箱も、何もかも買いそろえるなんて。


 頭の後ろがすっと冷えた。なにか恐ろしいことに気づいてしまいそうな予感がした。


 でも、遥の声が私を正気に引き戻してくれた。


「葵ちゃん、サプライズでこの部屋見せてくれたでしょ。あの時のこと、今でもはっきり覚えとうよ」


 あらゆる物がただ一人のために用意された部屋の真ん中で、遥は私の両手をとった。ここが世界のすべてに見えた。遥はくるりと背を向けて、私の手で自身の瞼を覆った。


「こうやってさ、わたしの目を隠したまま連れてきてくれて、それで、『目あけて』って葵ちゃんが手ぇ放すから、言うとおりにしたら……ほら、この部屋! そのまま、わたしを後ろから抱きしめてくれて……」


 遥は私の腕を自分の腹に巻きつけた。私は遥の髪に顔を埋めた。ふわふわとうねる髪の向こうに、うなじの温もりを感じる。鼻先で髪をかき分けて、肌に唇をつけると、遥はくすぐったそうに身をよじった。


「遥ちゃんが気に入ってくれたから良かったけど、今思えば、いっしょに買いに行ったらよかったねぇ。そうや、今度は、遥ちゃんが私の部屋コーディネートしてよ」

「するする! そうやねえ、カーテンは、わたしの部屋のと同じ柄にして……葵ちゃんはあったかい色が似合うから、暖色系のを買お」

「ええなぁ。今度見に行こ」

「うん。やりたいこと、いっぱい増えてくね」


 遥は首をねじるようにして振り向いた。肩口から覗いた顔がやさしく微笑む。細い睫毛のかかった栗色の瞳を見つめていると、胸の奥から甘い疼きがせり上がってきた。私は遥に巻きつけた腕をゆるめて、手を押しつけるように遥の腹を撫で上げた。指先が胸の下にかかると、遥は私の手を握り込んでしまった。


「まだお昼にもなってないでしょ。このやりたいことは、おあずけ」

「……そんなんちゃうもん。ただ触っとっただけやし」

「葵ちゃん、ほんま嘘つくの下手やね。そんな物欲しそうな顔して。かわいいわ」


 遥は悪戯っぽく笑みを深めて、私と真正面から向き合った。たちまち頭蓋の中が快い痺れに満たされて、たしかに、このひとに何もかも買い与えるのは、至極当たり前のことだと思った。遥は、家財も身も心も、私のすべてを捧げるに足る、美しく愛らしいひとだから。


 遥は私の顎をつまんで、かくんと上に持ち上げた。


「口、開いとうよ」

「ねえ。このまま、キスだけでも……」


 遥は私の前髪をかきあげて、額に口づけた。温かな指先が額の縁から離れて、前髪がぱらぱらと落ちてくる。遥は澄ました顔で私の手を引いた。


「ほら、はよ葵ちゃんの部屋いこ」



   ***



 肌寒い廊下に出て、いつも在宅勤務をしている自分の部屋に入ると、頭が冷静になってきた。遥を前にして我を忘れてしまったのが、恥ずかしくてたまらない。


「葵ちゃん。顔、赤いよ。どうしたんかなぁ」


 遥は、にまにまと笑って、私の顎の下をくすぐった。からかわれているのは間違いなかったが、遥に触ってもらえるのは悪くない。やはり、猫を飼わなくてよかった。私は喉を反らして遥にすり寄った。遥の指先の心地よさに身を任せていると、指は、顎の下から先へ伝い、唇の上にのぼった。遥が私の薄い皮膚をなぞり、感覚をそそる。


「葵ちゃん。ここにしてほしいん?」

「うん……。私だけがしてよくって、私にだけしてくれるんやって、たしかめたい」

「じゃあ、わたしのこと、目いっぱい可愛くできたらしてあげる」

「そんなん言われても、遥ちゃんみたいに骨格とか似合う色とか、分からへんもん」

「葵ちゃんは感覚派やもんねぇ」

「もう、こうなったら、直感だけが頼りやわ」


 私は自分のクローゼットを開けた。なんとなく遥の雰囲気に合いそうな服をいくつか取り出して、遥の首の下に当ててみる。今日は服を選ぶ時の勘がいつもより鋭い気がする。本能がそうさせているのかもしれなかった。だからといって『これ』と思えるものは見つからない。


「ふふ。そんなに首かしげて、お悩み中?」

「うん。さっきからな、ええなぁって思う服あわせとんねんけどな、遥ちゃんかわいいから、なんでも似合うてまうの」

「葵ちゃんったら、どれだけわたしのこと好きなん?」

「......しらこいわ。そんなん、遥ちゃんがいちばん知っとうくせに」


 遥は目を細めて微笑んだ。唇の端がかすかに震えている。遥は時々、こんな意地悪をしては悦に入っている。バレていないとでも思っているのだろうが、『わたしは今ゾクゾクしています』と言わんばかりの顔をするものだから、見ているこちらが却って恥ずかしさを覚えてしまう。


「遥センセ! 服選びのヒントちょうだい」

「そうやねぇ。さっきは分からへんて言うてたけど、どれもちゃんとツボ押さえとうよ」

「でも、ぜんぶ着てもらうわけにはいかへんやんか」

「じゃあ、これとかどう?」


 遥が手に取った一着にあわせて、ボトムスやアクセサリーを見繕った。遥はするすると服を着替え、鏡の前に立った。


「どう? お気に召しました?」

「ん、合格。よう頑張ったねぇ。ご褒美あげる。おいで」


 遥は鏡越しに、後ろにいる私の目を見つめた。私は遥の首に腕を回して、つま先立ちになってその耳に口をつけた。


「な、こっち向いて」


 遥は私の腕の中でぐるりと回って、向かい合った。遥の項背を支え持つようにしてまわした、冷え性な手が、私より高い体温で心地よく温もる。

 互いに顔を何度も触れあわせ、傾け、時折鼻の先どうしがぶつかった。遥の手が縋るように私の上腕を掴んだ。すこし目を開けてみると、遥は眉根を寄せ、固く瞼を閉じていた。白皙の頬が、今は、赤い血潮をその肌の下に熱くたぎらせている。遥の艶を帯びた吐息が私の口元を湿らした。

 欲張って身を乗り出すと、遥は私の舌先を咎めるように甘噛みした。びっくりして顔を離すと、遥は喉の奥で笑って、私を強く抱きしめた。かき立てられていた身体の熱が、遥の体温と混ざりあって溶けていく。


「遥ちゃん。私以外とこういうことしたら嫌よ」

「心配せんでも、せんよ。わたしには葵ちゃんだけやもの」


 わたしには、葵ちゃんだけ。その言葉を聞くと、ひどくほっとした。ふたりでこの家に住み始めてから、時折、遥が愛している相手は紛れもなく私なのだと確かめたくてたまらなくなる。でも、今日も大丈夫だった。遥は私だけを見てくれている。私だけを。


 遥の腕の中でうっとりしていると、遥は「そうや!」と顔を上げて、私の両腕を叩いた。


「ゆうべ、見てもらいたいものがあるって言うとったやんね。今、見る?」


 遥は気分屋で、ムードを破壊しがちだ。全く私の思い通りにならない。そのせいで内心がっかりすることも少なくなかったけれど、そんなところも可愛く思えてしまうのだから、惚れた弱みというのは恐ろしい。私は平静を装ってうなずいた。


 ローテーブルに置いていたパソコンを立ち上げる。Outlookを開くと、例のメールが表示された。怖い。私は横に座った遥の顔を見上げた。


「これを見せるのは心苦しいし、遥ちゃんやって嫌やと思うけど……でも、私のことでもあるし、遥かちゃんのことでもあるから。いっしょに、見てくれる?」


 曖昧な私の物言いに、遥は怯えの色を顔に浮かべた。


「怖いから、手、つないどって」


 私は遥の手を握った。もっと安心させてあげたくて、肩を抱き寄せた。


「開くよ」


 遥が緊張した面持ちで頷いた。動画ファイルを開く。消音にしていたから、あのおぞましい絶叫は聞こえなかった。しかし、すぐに遥が蹴り飛ばされる場面が始まった。二度も見ていられなくて、私は遥に目を向けた。遥は、平然としていた。


「もう、なぁに? いじわるのつもり? 怖いこと言うて、何も見えへんやないの」


 再生画面を全画面モードにしてみた。遥は「画面ぜんぶにモザイクかかっとう。なんも見えへん」と言った。そんな訳ない。今も、画面の中の遥は苦しげに顔をゆがめて、コンクリートの床に胃液を吐き出している。遥は画面に顔を近づけたり、遠目から見てみたりしていたが、しきりに首を傾げた。


 遥に見えなくて、私には見える。なぜ?これは現実か、幻か。遥が現実を見ているのか、私が幻を見ているのか。自分の脳が信じられない。でも、もしかして。あのおかしな手帳も、今なら読めるのではないか。奇妙な直感に駆り立てられるまま、私はふらつく足を叱咤して、本棚の前に立った。手帳を引っ張り出す。頁を開いた瞬間、頭の中に大音声が響いた。



 読め 読め 読むな 読むな 読め 読め 読むな 読め 読むな 読むな 読め 読め 読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め



 パン! と紙の塊どうしがぶつかる音がした。手が害虫を潰すように手帳を閉じていた。指先が勝手に震えだす。


「葵ちゃん、どうしたん? それ、変な線しか書いてなかったんとちゃうん?」


 私は目だけで座っている遥を見下ろした。日記には、文字が見えた。しっかりと読み取って理解できる文字が。


「……遥ちゃん。ちょっと、たとえ話してもいい?」


 遥は不思議そうな顔をしたが、頷いた。


「たとえば、あるプロジェクトに関する資料があるとするやん? 資料の中身は読めるねんけど、もし読んじゃったら、とんでもない問題が見つかってもうて、えらいことが起きてまうとしたら……。でも、読まへんかったら、なんも起きへんで済むとしたら。遥ちゃんなら……読む?」


 遥はきっぱりとした声で言った。


「悪いことが起こるんやったら、読まへん」

「……そうやんね。うん。遥ちゃんがそう言うなら、やめとこ!」


 このまま手帳を奥深くにしまいこんでしまえば、きっと何事もなく明日になって、ふたりで出社することになるだろう。


 それなのに、それで良いはずなのに、手帳を読むか読まないか、決めきれない。全てを変えてしまう何かを、今知ってしまうのが、途方もなく怖かった。


 変なことばかり続いて、うまく息ができない。


「ああ、もう疲れた! ちょっとお昼寝しよ!」



   ***



 私は、寝室のベッドに背中から飛び込んだ。スプリングが弾んで、全身が上下に揺れる。遥も私のうえに飛びついてきて、揺れがいっそう大きくなった。


「よーしよしよし! おっきなワンちゃんやなぁ」


 ふわふわの髪をわしゃわしゃ撫でた。遥は笑い声をあげながら、私の首元に額や頬をすり寄せてきた。実家で飼っていた、チョコ色のラブラドール・レトリーバーを思い出した。やっぱり、ジョンと遥は似ている。私を信頼して、愛してくれる。


「グッボーイ、グッボーイ……」

「ガールやもん!」

「そやなぁ、女の子やもんね。ごめんなぁ」


 遥は笑いながら、するすると私の横に身体を移した。白くて清潔なシーツがよく似合う。遥は笑い声をおさめて、静かに言った。


「葵ちゃん、ここ数日、なんか疲れとうね」

「うん。変なことばっかし起きて、もう参っちゃった」


 でも、今だけは、恐ろしいことから離れていられる。私は遥の癖っ毛を指に巻きつけては、離して、また巻きつけた。遥の髪質は細くて柔らかいから、私の巻いたとおりに形が変わった。


 遥も真似をして、私の髪で遊びはじめた。太くてコシがあるから、私がやっているように指に巻きつけても、少し離せば真っ直ぐに戻ってしまう。それでも、もとに戻る時にたわんで勢いよく跳ねるのが面白いのか、遥は何度も私の髪で遊んだ。ふと、手を止めて、私の目を見つめた。


「葵ちゃん。わたしにできること、ある?」

「……いま、ひとりでは怖くて、よう決めやらんことがあって……」

「それ、わたしにも聞かせてくれる?」

「うん。遥ちゃんに聞いてほしい」

「いいよ。なんでも言うて」


 口に出してしまうと、無かったことにはできなくなる。なにか恐ろしい予感めいたものが背中を這い上がった。それでも、遥の髪がたしかな命綱のように思えた。私は、独りではない。


「さっきの例え話、覚えとう?」

「読んだらえらいことになる、プロジェクト資料のはなし?」

「うん。あれ、実は『読まなあかん』としたら、どうする?」

「それやったら……読むかなぁ。行動しないで後悔するより、行動して後悔するほうが、ええもん。だって、これから先、それのことずっと考え続けて生きていくの、しんどいやんか」


 遥がやさしく微笑んだ。あたたかい指先が、私の顔にかかった髪を耳へかいやる。勇気がわいてきた。 



 よし、読もう。



 手帳は、私の部屋にある。



   ***



 8月の末。


 月に1、2度は私の家に泊まって遊ぶくらい、最も親しくしている友だちが、またいつものように家に泊まりにきた。


 私たちは、晩ごはんを食べたあと、食休みにおしゃべりをしていた。会話が自然と切れて、ふたりで虫の声に耳を傾ける。穏やかな時間だった。

 友だちは「せや、葵」と話を切り出した。


「ご報告がございます」

「お、なんや。しょうもないことやったらしばくで」

「ちゃうってぇ。まあ聞いてや。この前さ、いっしょにカラオケ行った時、『会わせたい人がおる』って言うたやん? 実は、わたくし北神 愛、このたび……彼女ができました!」

「か……彼女? 片想いすらしたことない言うてた、あんたが? ついに!?」


 私は心の底から「おめでとう!」と叫んだ。アパートの壁は隣の人のチャイムが聞こえるくらいペラペラだったけれど、そんなことは頭から抜けてしまっていた。


「今日はお祝いや! 祝杯あげよ!」

「そんな喜んでくれるなんて、うれしいわ」

「当たり前やんか。あんたは、私のいちばんの友だちやもん」

「あはは、うれしいこと言うてくれるなぁ」

「おし、そこのセブンに酒買いに行こ」

「わたし、コーラな」

「おうおう、好きなだけ飲めや。奢ったるわ」

「まじ〜!?」


 ほんとうに嬉しかった。彼女が自分でも持て余すほどに抱えてきた無私の愛情が、やっと報われる。愛は本当に幸せそうだった。普通の夜道を歩いているだけでこんなにニヤニヤしているんだから、まちがいない。


 愛は人より辛い目に遭ってきたひとだと、私は勝手に思っているから、その人生の器に一層の幸福が注がれたのが、実に喜ばしかった。


 コンビニから家に着いて、私たちはビールの長缶とコーラの500mlペットボトルをぶつけて乾杯した。


「なぁなぁ、ご自慢の彼女、どんな子なん?」

「やっぱ、見たい?」

「当たり前やん!」


 愛はニヤッと笑った。「どれにしようかな〜」とスマホの画面を何度もスワイプする。写真フォルダの画像の数がとんでもないことになっていて、思わず笑ってしまった。


「んー、これがいちばん可愛いわ。ほれ!」

「うわ、遥ちゃんやん」

「え、知っとんの」

「知っとうもなんも、私の同期やで」

「ええーっ、どんな確率よ」

「ほんまそう! 一緒に入社式出て研修受けて、隣で席並べて働いとる子が、まさか友だちの彼女になっとうとは思わんやん」

「まじでやばい。遥も知ったら、びっくりすんで」

「間違いないわ。えー、どうしよ。同期にいきなり『彼女できたん?』とか聞かれたら、嫌やんなぁ」

「そらなぁ……。あー、わたしから遥に言ってみよか? 『今度、わたしの友だちと3人で遊ばへん?』って」

「ええやん! ぜひよろしくお願いします」

「まあ任せてくださいよ。それに、遥とふたりきりやと緊張するから、葵もおってくれるとたすかる……」

「うわ、二十なんぼにもなって、中学生みたいなこと言うとうわ、こいつ!」

「は〜〜? あんた、このかわいい顔見てま〜だそんなこと言えるんか? ちゃんと見てみぃや、頭おかしなる可愛さやろ!」


 私たちは、くだらない言葉のプロレスをしながら、眠気が限界になるまで大丸 遥の写真を見た。正確には、私が気絶するまで、愛が写真を延々と見せてきた。のろけも大概にせぇよ、と言いたかったが、眠すぎて無理だった。



   ***



 9月の上旬。


 3人で遊ぶ当日は、USJのエントランスで待ち合わせることになった。LINE電話で連絡をとりながら歩いていると、愛が「おーい」と手を振った。小走りで駆け寄ると、遥の大きな目がまんまるになった。


「なんやぁ。会わせたい友だちがおるー、なんて愛ちゃんが言うから、どんな人やろおもたら、葵ちゃんやないの」

「あはは、びっくりした?」

「まあ、びっくりはしたけど……葵ちゃんやって、安心したわぁ。知らん人に会うの、ちょっと怖かってん」


遥は少し顔を赤らめて、はにかむように笑った。仕事場での様子から、神経はそこそこ図太い方だと思っていたので、弱気なことを言うのに内心驚いた。なかなか可愛い一面もあるやないの、と思った。



   ***



 ハロウィン・ホラーナイト限定の屋内アトラクションから出た後、愛だけがお手洗いに行った。ビビリなくせに、遥にいい格好を見せようとして、膀胱が縮みあがったらしい。お化け屋敷に行くだけでそんなことになるなんて、あいつはやっぱおもしろい女だな……なんて思っていると、遥が私の顔をのぞきこんだ。


「葵ちゃん。さっきは、ごめんね。愛ちゃんと間違えて、手ぇ掴んじゃった」

「ああ、ええよ。気にせんとって。遥ちゃん、ホラー苦手なん?」

「うん……。こわいの、苦手やねん。おばけとか、血ぃ出るのとか……」

「ほんまぁ。ごめんね。この時期にユニバ行くことにしたの、申し訳ないわ」

「ううん。謝らんとって。こわいのは苦手やけど、愛ちゃんと葵ちゃんがおってくれるから、たのしいよ」


 遥はにっこり笑った。あれ?なんか、胸がどきどきする。愛が戻ってきた。ふたりが当たり前のように手を繋ぐ。さっき握ってくれたのは、私の手なのに。あ、やばい。どうしよう。このままじゃ。


「葵ちゃん。はよ、おいで」


 遥が私に振り向いた。私に色白の手を差し出した。その手はあたたかくて、柔らかかった。私は、遥から目を逸せなくなった。



   ***



 9月も、もう半分まできた。


 休みの日、遥のことを少しでも頭から追い出したくて、スマホでだらだらYouTubeを見ていた。狂気の作家の解説動画が目に入って、なんとなく再生した。


 変な絵画や彫刻ばかり出てきた。そのうちの一つの、黒い翼竜みたいな形をした変な鳥の彫像が、燃えるような目で私をじろりと見た。見た気がした。気持ち悪くて、アプリごと動画を閉じた。



   ***



 今日も悪夢。昨日も悪夢。一昨日も悪夢。その前も、先週も、9月の後半はずっと悪夢。



 愛と遥に横恋慕がバレて、気持ち悪がられる夢。


 遥が私を好きだと言ってくれたのに、ぜんぶ嘘だった夢。遥が今度こそ私を愛してくれたのに、私のことを愛だと思い込んでいて、私を見てくれない夢。


 遥が愛と睦み合うのを、椅子に縛り付けられて見せつけられる夢。


 遥と愛の結婚式のプラン決めに連れまわされた挙句、式に出席する夢。

 ぜんぶ遥と私で決めたのに、遥の隣に立っているのはあの女だった。



 遥と愛は、毎度のように私を3人での遊びに誘う。悪夢!悪夢!悪夢!あれから、遥は私の手を握ってくれない。


 愛が私に結婚情報誌を押しつけてきた。式を挙げる教会をふたりでは選びきれないから、私の意見を聞きたいと言う。悪夢が正夢になろうとしている。


 来世に期待、なんて言っていられない。やりたいことは、今、生きているうちにやらなければ。


 最近、頭がぼんやりする。急に目が見えにくくなったりする。身体が震えて止まらなくなったりする。会社の近所に落ちている煙草の吸い殻が美味しそうに見えたりする。記憶が曖昧になってきている。やった覚えのないことが増えてきた。


 いつの間にか、私はアパートを引き払って、郊外に平屋の一軒家を買っていた。家は3LDKだった。私は、それぞれの部屋を次のとおりに割り当てた。


 寝室。私の部屋。もうひとりのための部屋。


 すべての部屋に満足のいく家具を用意した。あと足りないのは、彼女だけ。


『新しく家買ってん。よかったら、うちで遥ちゃんのお誕生日パーティーしよ!』


 それが、遥と私と愛の3人のLINEグループの、最後のメッセージだった。


 望みどおりの条件に合う物件を探すのは大変な苦労だったはずだが、記憶がぼんやりしているのは幸いだった。新居には、生活空間のほかに、もうひとつ必要な部屋があった。


 地下室。


 どれだけ泣き叫んでも外に漏れない、深い深い地下室。私はそこに、椅子を1脚据えた。



   ***



 友だちが目を覚ました。


 椅子に腕も足も縛りつけられているのに驚いて、大きな目玉が飛び出そうになっている。私は努めて、穏便な声色をつくった。


「なぁ、愛。遥ちゃんとさ、別れてくれへんかな」

「……あんた、なに言うてんの。なぁ、これ、どういうつもり」


 そう言って、友だちは腕や足をゆすった。金属チェーンで堅く縛っているから、でかい図体はびくともしない。椅子だけがガタガタ揺れた。


 私は手慰みに、右手に握り込んだキッチン鋏を、もう片方の手のひらに打ちつけた。パチ、パチ、パチ……。


「あんたがおるとな、私は、ずっと独りやねん」


 パチ、パチ、パチ……。


「さすがに、私も鬼やないからね。遥ちゃんを私にくれるっていうんなら、痛いことはなんもせんよ。すぐ助けてあげる」


 パチ、パチ、パチ……。


「あんた、何様のつもり? だいたい、なんやの、『私にくれる』って。遥を、物やなんかと思うとんか!」


 パチ、パチ。


「おまえ、自分の立場わかってないやろ」


 目の前の女は浅く息を呑んだ。


「今すぐおまえの舌『これ』で切り刻んで、喉に詰めたってもええんやぞ」


 いつもと違って私より低いところにある両目が、ぐらぐら揺れた。目線が、ずず、と私の後ろに動く。その先には遥が横たわっていた。腕を胸の前で縛られて、ぐったりしている。かわいそうだけれど、今はこうするしか仕方がない。


「遥。遥! 起きて。はよ逃げて」

「うるさいなぁ。おまえが遥ちゃんにもの言うてええわけないやろ。遥ちゃんは、私の話すことだけ聞いてくれたらええねん」

「この、ダボ。あんたがそんな奴やと思わんかったわ」

「ダボ? どの口が言うとんねん、おい。お前が遥ちゃんとおるところ、さんざん見せつけられてきた私の気持ち、おまえ、知らんかったとは言わせへんぞ」


 キッチン鋏の刃先をすこし開いて、肘掛けに括りつけた手の甲へ、じっくりと肉を切り進めるようにめり込ませた。いくら憎んでも飽き足らない顔が苦しげに歪んで、愉快だった。


「痛いんか? よかったなぁ。これで、私の気持ちの千分の一はわかったな」


 遥のか細い声が聞こえた。こいつのやかましい呻き声を聞かされて、起きてしまったらしい。私は遥の方を振り向いた。


「ね、遥ちゃん。こいつは聞かん坊のアホやからさ、代わりに遥ちゃんが言うてくれてもええよ。こんなカスすぐに捨てて、葵ちゃんと一緒になるよって」

「いや、嫌……なにしとるん。やめて……」


 ため息が出た。遥ちゃんまでアホやとは思わんかったなぁ。心の中で呟いたつもりが、口に出てしまっていた。


「葵、ほんまにごめん。あんたの気持ちを分かってやれんかった、わたしが悪かった。やから、わたしのことはいくらでも好きにして。その代わり、おねがい、遥にだけは何もせんとって」

「愛ちゃん、やめて。ねえ、葵ちゃん。わたしこそ、どうなったってええから、愛ちゃんだけは助けてあげて」

「……あー、わかったわ」

「葵! わかってくれたんやね、やっぱりあんたは」

「おまえがおる限り、遥ちゃんは私を見てくれへん」


 私は椅子に磔にされた女に笑いかけた。


「なぁ、愛。来世は、道端のガムにでもなってな。遥ちゃんの目に留まらんもんになれ」



   ***



 あの女が目の前で物を言わなくなって冷たくなっても、遥は、血まみれになった膝に縋りついて泣いてばかりで、私のことなんかすこしも見てくれない。くそ。なんで。


「おまえが、おまえがおるから。遥ちゃんは、私を見てくれん!」


 憎悪の湧き上がるまま、目の前の女の頬に、鼻っ柱に拳を叩きつけた。何度も。何度も。何度やったって気がおさまらない。


「愛ちゃん!」


 遥が叫んだ。悲痛な声に、頭の芯がカッと煮えたぎった。即座に振り向いた。


「なんでその女の名前呼ぶん! 私のことだけ見とってよ!」

「なんでよ、葵ちゃん、なんでこんなことするの」


 遥は感情が昂ると、嬉しい時も悲しい時も、顔が赤くなる。真っ赤になった顔があんまり可愛いから、私はうっとりとしてしまった。


「なんでって……だって、あなたのこと、愛しちゃったんやもん」


 つい甘えるような声を出してしまった。気恥ずかしいけれど、妄想の中で思い描いてきたことがやっと叶って、すっきりした。


「葵ちゃん、許して。ごめんなさい。もう、こわいこと、せんとって。おねがいやから……」

「遥ちゃん。私ね、ちっとも怒ってへんよ。ただ、あんな女のことなんか早う忘れて、私のことだけ見ててほしいの。わかる?」

「いや。愛ちゃんを返して。わたしたちのうちに帰してよ」

「遥ちゃんがそばにいてくれへんと、私、生きていかれへんのよ。何遍も言うたでしょ。ねえ、わかってよ」


 遥は黙りこくってしまった。ぺたりとコンクリートの床に座り込んだまま、赤黒く散った染みを見下ろしている。


 擦りむけた拳骨から、憎たらしい女の冷たい血と、私の熱い血が混じり合って、滴り落ちた。



「……そうや。遥ちゃん、おなか減ったやろ? ごはん作ってきてん! すっかり忘れとったわ。ごめんなぁ」


 私は、入り口の近くの床に置いていた皿を取り上げた。まだほのかに湯気が立っているそれを、スプーンで山盛りに掬って、遥の口元に差し出した。


「触らんとって!」


 遥は縛られた手を振って、私の手を払いのけた。陶器の皿と細い金属がコンクリートの壁に叩きつけられて、耳障りな甲高い音を立てた。皿が砕けている。これで5枚目。ぐちゃぐちゃになった料理を眺めながら、私はかんで含めるように言った。


「もったいないなぁ。遥ちゃんのために作ったんよ。チーズリゾット、好きやろ?」

「……愛ちゃんが、つくってくれるのが、好きやったんよ!」


 遥は喉から血が出そうな声で叫んだ。私も同じくらいの声で言い返した。


「なんで分かってくれへんの! 私はこんなに遥ちゃんのこと愛してるのに、なんでよ!」


 怒りに任せて遥の腹を靴の先で蹴り飛ばした。何度も。何度も。足が痛んだが、それ以上に、遥に私の心の痛みを思い知らせてやりたかった。倒れ伏した背を力いっぱい踏みにじった。腕を掴んで千切れそうなほど捻りあげた。私が何かするたびに、遥は胸の奥を震わせるような叫び声をあげた。可愛いなぁ。きれいやなぁ。ちゃあんと撮れてるかなぁ。あとで見返そ。これ聴きながらやと、家事も仕事もよう進むんよなぁ。


 私がベルトの前腰に差したキッチン鋏に手をかけたのを見ると、遥は気を失った。キッチン鋏はあまり使いたくなかったから、安心した。遥の美しい身体に傷が残るし、勢い余って刃先が自分の手や腕にまで滑ってしまう。


 遥が間違いなく意識を飛ばしていることを確かめてから、私は、ベッド下に隠したカメラを取り出して停止ボタンを押した。それから、バケツ一杯の冷水を遥に浴びせた。遥は細い声で唸った。今日は一回かけるだけで起きてくれた。何杯も冷水を用意するのは大変だから助かった。


 薄汚いぐしゃぐしゃのシーツのうえにがんばって横たえて、びしょ濡れの遥をカメラで撮った。やっぱり、遥はきれい。どんな姿でも写真映えする。栗色の目がだるそうに開いた。震えながら、身体をそろそろと縮こめる。腕も足も縛められて、自分を満足に温めることもできない。


 今日は特に反抗していたから、遥の口に白い錠剤を一粒押し込んであげた。これを飲めば、どきどきして、私のことを好きになって、幸せな気分になる。記憶や認知に悪い影響があるそうだけれど、かえって好都合だった。遥は、私のこと以外、何も分からなくていい。


「遥ちゃん。もうだいじょうぶ。これから、あったかなるよ」


 私は、自分の着ているシャツのボタンを首元からひとつずつ外した。



   ***



 遥はすごい!


 地下室に来てからひと月も経たないうちに、私との『馴れ初め』をすっかり覚えてしまった。淀みなくすらすら言えたから、「えらいなぁ」と頭を撫でてあげると、遥は嬉しそうに笑った。さすが、新人研修の時、座学のテストの成績が一番だっただけはある。賢くて物分かりのいいところは、会社で出会った時から好ましく思っていたけれど、すっかり惚れ直してしまった。


 最近は、殴ったり蹴飛ばしたりキッチン鋏を使ったりしなくても、私の言うとおりにしてくれる。血やら何やら、いろんな体液でどろどろになった後、お風呂に入れてあげる時だって、もう縛っておかなくても暴れないし、逃げ出そうともしない。心地よさそうに、私に頭を洗ってもらっている。もうあの女の名前なんか呼ばないし、私だけを見てくれる。


 地下室で、遥は私の作ったチーズリゾットを美味しそうに食べ終えた途端、気を失って倒れた。


 ……あれ? 私、なんでこんなところにいるんやろ。こんな場所、見覚えがない。ああ、分かった。これ、夢や。明晰夢ってやつ。もう、変な夢やなぁ。


 ふわふわした心地のまま、意識のない遥を苦労して両腕に抱えて、生臭い階段を昇った。

 


   ***



 私は、手帳から顔を上げた。身体の芯が氷になったみたいだった。


 どうして忘れていたのか。忘れていたかったのか。


 思い出したからには、この罪業、素知らぬ顔をして過ごすことはもうできない。引き幕が私の手に握らされている。



 暗い階段の奥底、灰色の鉄扉が、私の前にある。


 行かなければ。



 記憶が事実であるか確かめたいからか。警察を呼ぶための証拠にしたいからか。罪を清算したいからか。わからない。わからないが、行かなければ。知らなければ。


 私は、声が震えそうになるのを必死に抑えた。 


「ねえ、遥ちゃん」

「うん。どうしたの」

「この家にな、今日行った部屋の他に、もうひとつ部屋があるねん。知ってた?」

「えっ、ううん。知らんよ。どんな部屋?」


 私は遥を部屋の中にとどめ、寝室に入った。サイドテーブルに、あの赤黒い汚れのついた鍵があった。ぶよぶよの芋虫をつまむような心地で、私は鍵を取った。


 部屋に戻ると、遥は首を傾げて考えを巡らせていた。私は遥の横に腰を下ろして、遥の目の前のローテーブルに鍵を置いた。


 遥が私を見つめている。部屋の名前を、言わなければ。私は震える喉を落ち着かせようと、何度か細く息を吸って吐いた。


「……地下室」


 遥は鋭く息を呑んだ。


「嫌。なんか、怖い。わたし、行きたない」

「遥ちゃん。さっき、見たらえらいことが起きてまうけど、見なあかんプロジェクト資料の話、したやん?」

「うん……。したけど……」

「私な、これが、『それ』やと思うねん」


 私は鍵から遥に目をうつした。白い顔が血の気を失って一層白くなり、もはや青くなっていた。


「嫌や、怖い。そこだけはどうしても、怖いよ。ねえ、ほんまに行かなあかんの?」

「行動しないで後悔するより、行動して後悔するほうがええって、遥ちゃんが教えてくれたから。私ひとりだけでも、行くよ」


 遥の顔がますます不安げになる。それを見ていると、私も、蓋をしていた怖い気持ちが胸の奥底からせりあがってきた。啖呵を切った手前、正面から遥の目を見るのは気後れした。それでも、「あんな、」と切り出すと、我慢していた声の震えが隠せなくなった。


「ほんまはな、ひとりで行くの、やっぱり怖い。……一緒に、ついてきて」


 遥は眉尻をキッとあげた。


「わたしは怖がりやけど、でも、葵ちゃんも怖がってるから、わたしも勇気を出す。一緒にいく」


 遥は私の両肩に手を置いて、力強く言った。


「あなたを怖がらせるものから、ぜんぶ、あなたを守ったげる」


 遥は時々、ほんとうにかっこいい。可愛らしいだけじゃなくて、こういうどっしり構えたところも、私は大好きだった。だが遥はふと眉尻を下げて、弱々しい声で言った。


「でも……やっぱり怖いから、手、繋いどって」


 私は遥の手を握った。いつもどおりあたたかくて、柔らかくて、恐怖と混乱の渦巻く胸が、ほっとした。



   ***



 厚い鉄の扉を開けると、鉄臭い生ゴミの臭いが鼻を衝いた。


 地下室の中に入ると、臭いは一層強くなった。吐き気が込み上げて、後ずさる。背中に小さくて固いものが触れた。スイッチだった。押してみると、天井から吊るされた裸電球が弱々しく灯った。


 部屋の奥には、赤いドロドロとした人型の物が椅子に括りつけられていた。


 遥が、かすれた声でつぶやいた。


「愛ちゃん……?」


 暴虐の限りを尽くした惨たらしい死体から、粘ついた血が滴り落ちた。


 私は知っている。


 どうして、すべての指が手の甲にぴったり沿っているのか。


 右の眼窩が何故がらんどうなのか。


 どんな経緯があって上下の唇がタコ糸でまつり縫いされているのか。


 遺体の表面に見える無数の切り傷はどうやって刻まれたのか。


 私の手に赤黒い錆のついたキッチン鋏が握られている。


 私の固く握った拳から熱く冷たい血が滴り落ちている。


 脳漿と血の河が私の足を浸している。


 絶えずバケツ一杯の冷水が床に叩きつけられている。


 喉を裂く絶叫が地下室を満たしている。


 椅子に縛りつけられた死体が、溶けた顔を上げた。



 お前はウィンストンでもジュリアでもない。

 オブライエンはお前だ。



 何とでも言え。遥は私だけのものだ。



 私は、遥の両手を掴んだ。


「遥ちゃん。結婚しよ!」

「えっ……。いきなり、なに言うてるの……? 葵ちゃん……」

「教会はどこがええ? 大阪のおっきな教会なんかどう?  遥ちゃんの故郷の神戸でもええね。そう! 海の見えるところ! ほら、私の部屋に置いてた雑誌のさ、表紙に載っとったもんね! ウェディングドレスはどんなんがええかなぁっ!!」 

「嫌や……いや、離して! こんなん、いつもの葵ちゃんやないよ」


 遥が手を振りほどこうとする。私は倍の力で引き寄せた。遥を離したくない。遥をずっと見ていたい。遥にいつまでも触れていたい。遥を掴む手の力がどんどん強まる。遥は誰にも渡さない。遥。遥。遥。遥。遥を奪う者は死ななければならない。


「な、遥ちゃん。ふたりで結婚式あげてさ、海の見えるところに住んで、暮らして、それで、私を、殺して」


 遥が手の力を抜いた。口をぽかんと開けて私を見つめている。私だけを見てくれている。遥が私の手を揺すった。


「ねぇ。こんなところにいるのがあかんのよ。早く上に戻ろうよ」

「私を殺して。今すぐ、ここで。罰してよ。今はもう遥ちゃんしか見えんけど、でもさっき見たものは覚えとうよ。あそこにあるものが見えへん? わからへん? 」

「見えるよ……。見たく、ないけど……」

「なら、賢い遥ちゃんならわかるやんね? この地下室にあなたを連れて来たのは私で、ここを知っているのは私だけで……あそこで人が死んでて、殺されてて。それも私の友だちで、あなたの恋人で。ね、遥ちゃんならわかるでしょ。これをしたのが、誰なんか」

「やめて、葵ちゃん。もう、何も……」

「私を罰して。遥ちゃんやないと嫌。遥ちゃんやないとだめなの」

「嫌よ、できへんよ。だって、わたし、葵ちゃんのこと……好きやったんやもん」


 遥はわななく口元で、無理に笑った。


「ね。一緒に上に戻って、いつもどおり、暮らそ。いっしょに明日会社行って、いっしょにご飯食べてさ、それでまた、いっしょにお買い物行こ」

「遥ちゃんに罰してほしいんよ、ねえ、お願い……」

「そんなん、できひんよ。葵ちゃんは罪を犯したけど、わたしやっておんなじよ。だって、あなたのこと、愛しちゃったんやもん!」


 遥の目にたまった涙が、ひと筋、ふた筋とこぼれ落ちた。思わず、手から力が抜けた。でも、遥は私の手を振り払わないで、やさしく指をからめてくれた。


「でも、ぜんぶ、何もかも……私の作り物で……」

「お寝坊さんで、甘えたで、やさしくて、頼もしいけど怖がりな……わたしの好きな葵ちゃんは、作り物?」

「この地下室で、遥ちゃんに酷いことしてた」

「この半年の間、わたしはたしかに、葵ちゃんを愛しとったよ」


 遥の顔が滲んだ。


「あなたのこと、愛しとうから、愛しとうからさ……いっしょに、いこ」


 遥の背に腕を回した。やっぱり、あたたかい。どうして遥はこんなにもあたたかいのだろう。遥は私を抱きすくめて、あやすように私の身体をゆらゆらと揺らした。


「葵ちゃん、どこ行きたい?」

「神戸の海に行こ。いつもみたいに、メトロに乗って、梅田でJRに乗り換えて、神戸線に乗って……あなたの故郷へ」


 頭の横で、遥が頷く気配がした。終わりが見えて、ほっとした。私は遥から顔を離して、ニヤッと笑ってみせた。できるだけ、いつもの顔になるように。


「お嬢様、波の下にも都はございます」

「もう、こんな時でも冗談ばっかり! ……じゃあ、行きましょう、セバスチャン」


 涙にぬれた顔をつきあわせて、いつもみたいに笑いあった。今度は泊まりの荷物の準備はいらないね、と話しながら、私たちはいっしょに、生臭い階段を昇った。



   ***



 歩きながらスマホでNAVITIMEの乗換案内を見ていると、「危ないよ」と遥が私の肩を引き寄せた。そばを自転車が走って行った。


 少し顔を上げて、遥を見上げた。遥はいつもと同じ、丸い、やさしい目で私を見返した。


「神戸港、何時くらいに着きそう?」

「14時半過ぎかなぁ」

「うーん、やっぱり結構かかるんやねぇ」

「だって、ここ、御堂筋線の終点やもん」


 そうやね、と遥は笑った。ほんとうに、いつもと変わらない笑顔に見えた。毎週末、ふたりで行く旅行と同じみたいだった。


「今日はあったかいなぁ。ちょっと暑いくらい」

「うん。あそこから出たまんま、上着、着てくるの忘れてもうたけど、いらんかったねぇ」


 遥の栗色の髪が、晩春の日差しを受けて、歩くたびにきらきら光った。

 車輪の削れた小さなスーツケースを、今日は引いていないから、いつもより早く駅に着いた。



   ***



 駅の改札機にICOCAをかざして、ふたりで並んでそれぞれ通った。通り際、遥は改札機の液晶を見て「あっ」と声をあげた。


「どうしたん? 残高足りへん?」

「足りることには足りるねんけど、JRの分があらへんの。改札出たら、チャージしてもいい?」

「ええよ。現金もってる?」

「うん、もってる! ……あ、ちょっと待って。足りひんかも。葵ちゃん、あとで貸して……?」

「もう、しゃあないなぁ」

「ありがとう! ……あー、よく考えたら、『貸して』っておかしいねぇ。もう、返されへんのにね」


 『ちょうだい』って言えばよかったねえ、と言って、遥は、ホームに続く階段を下りながら、何でもないように笑った。


 私はわざとゆっくり階段を下りて、遥の後ろを歩いた。ほんまやねえ、と返す自分の声が、鼻声になっていなくて、安心した。



   ***



 遥は「わあ!」とひと声あげて、港の淵に向かって駆け出した。柵なんて無いから、夜になると酔っぱらいが落っこちているらしいけれど、遥はちゃんと手前で止まった。


「ねぇ見て、海! 久しぶりに見たわあ。家からも会社からも、見えへんから……」


 耳元で緑色のイヤリングが潮風に揺れる。梅田の阪急百貨店で値段を見ずに買ったワンピースの深緑のすそが、白い脛の上でぱたぱたとはためいた。靴は凡人には釣り合わない上等な仕立てだけれど、遥の足はすらりと履きこなした。


 素敵な衣装と、栗色のふわふわとした髪、白く透き通った肌、すべてがうまく調和して、まるで神戸のお嬢様みたいだった。


「遥ちゃん、きれい。服も靴も、よう似おてる」

「ありがとう。葵ちゃんは、たくさん『きれい』って言うてくれるね」

「ほんまに思ったんを、そのまま言うとうだけやもん」

「もう。葵ちゃんには、かなわんわ……」


 呆れたような声だけれど、顔は満更でもなさそうだった。遥は、髪が船の信号旗のようになびくのをおさえながら、私の目を覗き込んだ。


「こんな時やないと言われへんから……ずっと思てたこと、言うてもいい?」

「うん。聞かせて」


 「あんな、」と遥は小さな女の子のように口ごもった。それでも、フンと一息つくと、存外はっきりした声で言った。


「わたし以外のものに、『きれい』って思わんとってほしい」

「ふふふ……遥ちゃん、春の空とか、夏の雲に嫉妬するつもり?」

「そうよ。雲でも海でも、なんでも。葵ちゃんには、わたしだけに『きれい』って言うてほしいの」

「ああ、もうっ、なんていじらしい子やろ!」

「ちょっと、わたしは本気よ」

「ふふ、わかっとうよ。ふふふ……」

「もう、笑わんとって! 葵ちゃんがさいごに『きれい』って思うものが、海なんかやったら、嫌なんよ……」

「うん。だいじょうぶ。約束する」


 私は、遥の空いている方の手を握った。言葉を尽くして言い募るより、こうする方が、遥は安心してくれる。半年の間に知った。遥の横顔が、満足そうだけれどしんみりとしているのが、どうにもかわいそうで、私は握った手を振って明るい声を出した。


「ほら、見て! 海の色、須磨の海と全然ちゃうよ。磯臭ないし」

「あ……言われてみたら、ほんまやねぇ。ちいちゃい時に家族で行ったことあるけど、なんか、変な色しとったもん。ヘドロみたいな!」

「あはは、ヘドロはいいすぎちゃう?」


 遥も私といっしょに明るく笑った。ひとしきり笑って、遥は海を眺めながら、ため息をついた。


「……須磨水、葵ちゃんと行ってみたかったなぁ」

「でも、海遊館には行ったよ」

「京都水族館も行ったねぇ」

「ペンギン、かわいかったなぁ」


 どちらからともなく、わたしたちは海沿いに歩き出した。BEKOBEの前で、私たちと同じくらいの年頃の女の子たちが、無邪気に笑いながら自撮りをしていた。遥は手をほどいて、自分の腕を私の腕に強く絡めた。


「ね、花鳥園にもおったよね。ペンギン」

「遥ちゃん。もう『花鳥園』やないよ。神戸どうぶつ王国」

「あれ、ほんまや」


 遥は口元に手を当てて、大きな目をもっとまんまるにした。ふたりで顔を見合わせると、同時に吹き出した。くすくす笑い合っていると、遥は組んでいた腕をさりげなく私の腰にすべらせて、耳元に口を寄せた。


「知っとう? 神戸の海にもな、ペンギン、おるねんよ。いっしょに見ようね」

「うん。ふふ……。ふたりだけの水族館やね」


 遥の手が私の腰骨をきゅっと掴んだ。手を重ねると、いつもなら温かいはずの手が、冷たくなっていた。かすかに震えていた。なめらかな手の甲をゆっくり撫でると、体温が移って、ほんのすこしだけ、あたたかくなった。震えが止まって、手の力がゆるんだ。わたしは遥の手を撫でつづけた。



   ***



 夜まで暇をつぶそうと、わたしたちは神戸港のあたりを遊びまわった。


 ポートタワーにのぼって、「ハルカスより低いなぁ」なんて、ひどいことを言って、ふたりでくすくす笑った。


 白いシーツを干しているみたいな形のカワサキワールドに行って、子どものいない隙を狙って、ふたりで模型のバイクに跨った。私が「お嬢ちゃん、乗りな」と渋い声を作って言うと、遥は黄色い声をあげて私の背中に抱きついた。私の肩に顔をうずめて、「遠くに連れて行って」と小さな声で言った。


 モザイクの3階のレストランで、神戸港を一望しながら、おしゃれな夕食をとった。


 メリケンパークの芝生に座り込んで、日が落ちるまでおしゃべりした。夕暮れ時、海辺だから肌寒くて、腕をさすると、遥は横に座ったまま包み込むように私を抱きしめて、「こうしたら、あったかいやろ?」とほほ笑んだ。


 もっと、ずっと、遥と遊んでいたかったけれど、ついに、月が中天に浮かんだ。


「行こっか」


 遥の肩にもたれたまま言うと、彼女は「うん」とただ一言だけ返した。遥は「よいしょっ」といつもの掛け声をして、勢いよく立ち上がった。差し出された手を掴むと、もう冷たくも、震えてもいなかった。晩春の夜の空気よりもあたたかくて、このまま二度と離さなくていいと思うと、うれしかった。遥が、少し欠けた月を見上げて言った。


「春の海って、あったかいんかなぁ」

「ううん、どうやろ。夏にしか、入ったことないから……」

「そうやんねぇ。でも、潮風がこのくらい冷たいんやったら、やっぱり、冷たいんかな」

「遥ちゃんはあったかいから、ずっとくっついてたら、冷たないかも」

「葵ちゃんも、あったかいよ」


 神戸の──遥の故郷の海が、月の白い光を水面にのせて、淡く輝いている。昼間に見た、彼女のつややかな髪みたいだった。今は、髪も、目も、夜の闇に染められて、私とおそろいの色になっている。遥の癖のある前髪が目にかかりそうなのを、指先で流した。


「遥ちゃん。私のこと、嫌になってへん? まだ、好きでおってくれる?」

「もう……葵ちゃん、今さら、そんなこと言う?」

「だって、実は全部つよがりで、ほんまは、怖がっとうかもしれへんやんか」

「……葵ちゃんは、怖い?」

「遥ちゃんがおったら、どこでも、何でも、怖ないよ」

「うん。わたしもおんなじ。……ふふふ。わたしたち、怖がりなんか、怖いもん知らずなんか、わからへんね」


 遥は、遥ちゃんは、毎朝ベッドで起こしてくれる時みたいに、私の淹れた甘いカフェオレを飲むときみたいに、お風呂場で髪を洗いっこする時みたいに、いっしょに手作りのカレーをたべる時みたいに、真っ白なシーツのうえで寄り添って眠る時みたいに、私に笑いかけた。一昨日の朝、寝ぼけた私にしてくれたのと同じように、私の頬に唇を落とした。すべすべの頬がくっつく。耳に柔らかな吐息がかかって、くすぐったかった。


「波の下にも、都があるんよね?」

「うん。ペンギンも、いっぱいおるもんね」

「ペンギンらは、わたしたちの召使いにしてまお」

「あははっ、ひどいなぁ」

「そうやって、ずっとふたりで、遊んで暮らそ」


 遥ちゃんはすこし顔を離して、私の頬を両手で包んだ。やわらかくて熱い手のひらが心地よい。夜の海の色をした瞳が、私の目を、まっすぐに見つめた。


「わたしのこと、ぜったい、離さんとってね」


 遥ちゃんの頬が濡れて、月の光できらきら輝いていた。私は、遥ちゃんが私にしているように両頬を包んで、顔を引き寄せて、そっと口づけた。遥ちゃんの目が、波に揺れる海のように光った。きれいだった。せりあがってくる涙の塊に喉が締めつけられて、ただ、この子をきつく抱きしめた。いつもはしょうもない冗談のぺらぺら出てくる口が、今は何も言えないのが、恨めしかった。なんども息を吸って、やっとのことで、鼻の詰まった声を絞りだした。


「遥ちゃんこそ、離さんとってな」


 遥ちゃんは、私と同じくらい、つよくつよく抱きしめてくれた。私たちは、昼間に海辺を歩いた時みたいにどちらからともなく、一歩踏み出して、海に身を投げた。

 ざぷんと水音が響いて、白い泡が立ち、耳元がごぽごぽ鳴って、何も聞こえなくなった。

 涙に濡れた顔を潮が撫で、洗い流していく。夜の海の中は真っ暗で、冬の水道水みたいな冷たさだったけれど、たしかな温もりを腕の中に、背を堅く抱きしめる腕に感じて、私は ほっとした。


 海底の都に、遥ちゃんの好きな甘いカフェオレやチーズリゾットがあるといいな、と思った。




 2024年6月1日、須磨水(須磨海浜水族園)が須磨シーワールドになりましたね。

 遥と葵は、リニューアルが終わった後の須磨水の名前を知ることもなく、晩春の神戸の海に沈みました。まさか、あの須磨水に、でっかいシャチが3頭も暮らすことになるなんて、想像すらしていなかったことでしょう。


 クトゥルフ神話TRPG『トゥルーライトの幸福劇』は、実に素晴らしいシナリオでした。穏やかなはずなのに、ふとした瞬間、不穏さがちらつき、じわじわと正気を蝕まれる感覚を味わうことができました。存分に楽しませていただいたこの感動を形に残したい一心で、本作を書き上げました。シナリオを遊び、本作を書いたのは、2024年でした。時間ができたので、投稿を思い立った次第です。


 実際に遊んだ際は、地下室のシーンまでで、エンディングを迎えました。シナリオを完走した直後に、その後の部分を一晩で書き上げました。執筆中、KPが気を利かせ流してくださった曲を耳にするや、涙に目が曇り、画面がたびたび見えなくなりました。bo en氏の『My time』、よい曲ですね。


『おやすみ、おやすみ、Close your eyes and you’ll leave this dream……』


 以前から好きな曲でしたが、残酷で歪められた、ひたむきな愛の物語を追体験した後では、心の死角を刺されたような心地がしました。


 本リプレイでは友人殺害から「同棲」している現在までの経過時間を「半年」としていますが、実際のシナリオの描写では1ヶ月となっています。このような差異は、シナリオを遊んでいる中で、KPとPLの間でいつのまにか「半年」同棲しているという認識が出来上がっていたためです。最後の地下室の遥(KPC)の言葉は、KP曰く「半年の間にできた愛情はすぐには無くならないはずだ」との考えに拠るものだったとのことですので、本リプレイでは経過時間は「半年」とさせていただいています。


 シナリオ制作者のたぬき様、ならびに、シナリオ進行と『大丸遥』役を務め上げたKPへ、心からの御礼を申し上げます。

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