7話 はぁ、はぁ。ふぅ、ふぅ。
(ま、ママ待って……!気持ちの整理が……!)
心の中で全力でストップをかけたが、現実の俺は赤ん坊。そんな願いが届くわけもなく、目の前のママは優しく何かを俺の口元に押し当ててきた。
そして俺は――
(すっっっっげぇ吸った)
うんめぇぇぇぇぇ!!!
いや、なんだこれ!?
こんなに美味いのか!?これが…これが母乳ってやつか……!
(……ん?)
(……なんか、固くない?)
視界が安定しない中で、それでも必死に目を凝らすと、そこには透明なボトルと白い液体が。
(哺乳瓶!?)
「あらごめんね。私、母乳出ないのよ〜。哺乳瓶で我慢してね、アキレス」
……アキレス。
(アキレスって、俺の名前!?)
(……)
(カッッッッケェェェェェェ!!!!)
母乳とかどうでもよくなった。いや、マジで。
名前をもらうって、こんなに嬉しいもんだったのか。
(“アキレス”かぁ……神話の英雄っぽいし、なんか足速そうだし、たぶん小学校で無双できるな)
名前があるだけで、愛されてる感じがした。
たぶん、前世じゃ得られなかった何かが、音じゃなくて、心に届いた。
(ありがとう、ママ)
……それから少し時間が経って、ふと思い出してしまった。
あの神様――いや、グッドさん改め「シリウス」のこと。
(……はあ)
名前をもらって喜んでたのに、一気に現実感を取り戻してしまった。
そうだ、ここは異世界。
トラウマを口に出すと死ぬ、謎ルールのある世界。
(そういや、シリウスに会うには……反射するものに向かって、名前呼ばないといけないんだったっけ?)
(……いや、無理じゃん!?)
声、出ねぇよ!? 赤ん坊だよ!? この口、まだ「あ」と「う」しか言えないんだぞ!
(しゃべりてぇ……しゃべんなきゃ……なのに……!)
前世と同じような悩み。でも違う。
あの頃は、喋りたくなかった。
今は――喋らないと困るんだ。
(シリウス!!!助けてくれ!!!)
叫ぶ。頭の中で、何度も、何度も。
けれど、神様は――
今まさに、デート中だった。
天界のどこか、羽根をパタパタさせながら浮かれモードで優雅にティータイムしていたシリウス。
地上からの呼び声なんて、1ミリも届いていない。
彼がその声に気づくのは――それから一ヶ月後。
(……そういや、あいつから全然呼ばれねーな)
そんな風に思った、そんな頃だった。




