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「戴冠式を行おうと思います」
お嬢様のひと言に、場が凍りついた。
カトリーヌ伯爵が即座に口を開く。
「その言葉は、非常に重い。もし実行すれば、現王家との対立は避けられません」
「承知の上です。このまま隠れて過ごしていても、何も生まれません」
お嬢様は、あくまで静かに返す。
「……分かりました。戴冠式を行いましょう。異論は?」
広間に沈黙が落ちる。誰も声を上げられない。反対の意思を呑み込んだ沈黙――それこそが承認の証。
ああ、お嬢様はまた戻れない道を選ばれた……けれど、いいのです。私たちはついてゆきます。どこまでも。
「では、戴冠式はいつに?」
「近日中に」
「ですが、準備には三か月は必要です」
「最短でお願い」
やがて、ミネルバ侯爵夫人が立ち上がった。
「衣装は私が手配いたします」
その声は冷たく澄んで、余計な飾りを許さない。きりりと結んだ髪、簡素ながら上質な衣。彼女が言えば、それで全てが整う気さえした。
「殿方の趣味は――時に独特ですから」
カトリーヌに目をやり、会場に小さな笑いが走る。
カトリーヌは恥ずかしかったのか、少し俯いた。
ありがたい!伯爵様の服のセンスは……天災級でしたから! ミネルバ様、感謝してもしきれません!
「では、元旦に行いましょう。新しい王の誕生にふさわしい日です」
その言葉で決定が下され、旧王家の家門たちは一斉に動き出した。
*
会議後、静まり返った部屋に残されたお嬢様と私たち。
「……聞いていたわね?」
「もちろんです。即位の道筋が立ちましたね」
お嬢様は遠い目をして答える。
「戴冠式が終われば、神殿に私の名が刻まれる。失ったものを取り戻すのも、遅くはないわ」
その瞳は燃えるように強く――けれど私たちには、ただひたすらに愛おしい。
お嬢様、ああ、なんと麗しい……! 決意でさえ宝石のように輝いていらっしゃる!
本当に……世界で一番可愛くて、強くて、私たちの自慢のお嬢様です!
そのとき、足音が近づいた。
リサが戻ってきたのだ。私たちはすっと姿を消す。
「お嬢様〜」
「リサ!」
「無事に終わりましたか?」
「ええ。戴冠式の日取りも決まったわ。詳しくは大人たちが進めるみたい」
「……よかったです!」
リサのくすんだ赤髪が揺れ、柔らかい笑顔が広がる。
*
夜。寝る前のひととき。
「お嬢様の御髪は本当に綺麗ですね。私の髪なんて錆びた鉄みたいで……」
「そうかしら。私はリサの髪、好きよ。落ち着いた、綺麗な赤だもの」
「……嬉しいです」
リサはふにゃりと笑った。
「では、おやすみなさい」
「ええ、また明日」
リサが部屋を出ていく。
「お前たちも休みなさい」
「承知しました」
半数を残して、私たちは眠りにつく。
けれど胸の奥は満ち足りていた。
今日もお嬢様は世界で一番尊い……明日も、その次も、ずっと私たちのお嬢様です!
だけど――警戒を緩めてはなりません。
いつ牙が突き立てられるか分からないのですから。




