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俺は節操のないルヴェイン子爵が、メイドに手を出して生まれた庶子だ。
母と二人、小屋で暮らしていた。
母は、ろくでなしの血が流れる俺のことも大切にしてくれた。
時折、俺の中にあいつの影を見つけて怯え、手をあげることもあったが、根は穏やかな人だった。
だが、八歳のあの日、人生は一変した。
小屋を訪れたあいつは、俺を気に入った。
そのまま襲おうとしたあいつの顔を、母は果物用のナイフで切り裂いた。
激昂したあいつは騎士を呼び、母を殺した。
その日、俺は初めてナイフを握り、人を刺した。
何が起きているのか理解する余裕はなかった。
顔に生温かい血がかかっても、ただ必死に腕を振るうしかなかった。
あいつは俺を連れ帰ろうとした。
その瞬間、梟が現れた。
あいつはカトリーヌ伯爵の暗殺を企てていたが、失敗したらしい。
その報復として送り込まれた暗殺者に、命を狙われていたのだ。
混乱の中、俺は物陰に身を潜め、息を殺した。
長く続いた悲鳴が止み、足音が一つだけ残った。
その人は、指示ひとつであいつの首を落とせるほど、追い詰めていた。
だが俺は見つかり、首を切られかけた。
それを見たあいつは、俺を差し出すことで命乞いをした。
「ふざけているのか?」
「本気ですよ。アレをあげましょう」
「私に何の得がある?」
「見た目がいい。きっと満足していただける」
「……もういい。撤収だ」
「ですが……」
「ああ、そうだ。そのガキを連れて帰る。
お前、名前は?」
「ギルバード。ギルバード・ド・ルヴェイン」
「そうか。ギルバード。今日からお前は私に仕えろ」
「……はい」
カトリーヌ伯爵は、俺を丁重にもてなしてくれた。
そして騎士となり、仕えることを許してくれた。
俺にとって、あの人は救世主だ。
*
「話してくれてありがとう。辛いことを話させてしまって、ごめんね」
「いえ。ここまで問題が大きくなってしまえば、仕方のないことです」
「あなたは、ルヴェイン子爵とは血筋以外、何の関係もないのね?」
「はい」
「……そう」
おかしい。
私らしくない。
謝ることも、人を庇って自分の身を危険に晒すことも。
情が湧いてしまったの?
このままでは判断力が鈍る。
このままでは、アルスに滅ぼされる。
だから、前のように感情を切り捨て、合理的な選択をすべきなのに。
それなのに、体は逆に動く。
目の前で人が死ぬのを見たくなかった?
私が原因で人が死ぬのが、嫌だった?
そんなこと、百も承知でこの計画を進めている。
――答えはもう分かっている。
でも…認めたくない。




