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苦しそうだった。
だから殺してあげようと思った。
でも予想外に彼は抵抗した。
人が生きようともがくのは本能なのだろうか。
「生きたいの?」
そう聞いたら彼はこう返した。
「わからない」
と。
空が黒に覆われた。
竜の群れだ。
ゆっくりと降り立った彼らは、俺の腕の中にあるものを見て遠吠えをした。
それは仲間の死を弔う唄だった。
なあ、フロリス。俺は何をしたらいいの?
教えてよ。
あの実験だって、もう引き返せないところまで来てる。
ああ、でも確かなものが一つ。
あいつだけは俺がこの手で殺す。
*
竜の遠吠えが聞こえる。
悲しげな、切なげな、そんな声だった。
初夏の薫りを運ぶ風が頬を撫でる。
場違いなほどに清々しいそれは、私たちの亀裂を広げた。
「……しばらく、しばらくは追手は来ない。早く紫の国へと向かうわよ」
震えは未だ治まらない。
「はい」
「まずはカリンの捜索からね」
「ご無事なのですか?」
「ええ。死んではいないわ」
*
「———」
なんて哀しい声。
どのくらい意識を失っていたの?
カリスタ様はご無事かしら。
この声は誰の……?
「竜……」
黒髪の少年に抱かれた銀髪の少年が、春の終わりとともに宙へと消えていく。
花吹雪は黒髪の少年を包み込み、やがて光になっていく。
竜は彼を導くように空へと羽ばたく。
どこかで聞いたことがある。
竜種はその性質に応じた死を迎えると。
それならば、あの方はきっと大輪の花のように美しかったのだろう。
そのくらい、彼の死は美しかった。
程なくして、私はカリスタ様と合流した。
「よかった、無事だったのね」
「……今後の動きはどのような感じですか?」
心身ともにボロボロになったカリスタ様を前に、労いの言葉など出なかった。
むしろそれは侮辱にすら当たると思えた。
「急ぎ紫の国へと向かい、同盟を締結するわ。今回の襲撃で、アルスが想像以上に虹の同盟を疎ましく思っていることがわかったから」
「わかりました」
王太子殿下なら、ここで無神経な一言を入れてもいいと思いましたが、さすがに空気を読んだのかしら。
カリスタ様の感情が、これまでになく落ちている。
……ギルバード殿と何かあったのでしょう。
「では、向かいましょう」
カリスタ様の一声で、私たちの旅は再開した。




