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「お久しぶりですね。トカゲの方は大きくなっていましたが、あなたは小さいままですか」
「そういうあんたは、性質が変わったみたいだね」
「おや、わかるのですね」
「残念なことに、前より鮮明にね」
「ん? あなた……歪なものが混じって……っ、違う!」
視界をじわじわと黒く埋めていくそれに、思わず距離を取る。
「もうじき、同化する……」
「なんなんだよ……こいつ」
「殿下、ご無事ですか?」
「ああ……だが、あれはなんだ? 悪夢そのものみたいだ」
「私も初めて遭遇します。というより、会った時点で生きて帰れない存在なだけです」
「なんなんだよ……そんな出鱈目なやつ、いてたまるか」
「それが、悪魔というものです」
正直、私たちだけで殿下を守りながら耐えきれるかどうかも怪しい。
成りかけとはいえ悪魔。しかも素体の質が、あまりにも高すぎる。
生き残れればいいのですが。
「へぇ……もう気づいたんだ」
「伊達に長生きしていませんので」
「いつからそんな姿になったの? 元から?」
「そうですね……どれほど前でしょうか。私たちが生きていた頃、悪魔の存在は身近だったんですよ。そのくらい前、ということです」
「その頃から、こんな悪趣味な禁術があったんだ」
「今日は私たちとお喋りしてくれるんですか? お嬢様の戴冠式の時は、何一つ話さなかったのに」
「……確かに。なんでだろう」
言葉を交わしながらも、攻防は途切れない。
負っている傷は、明らかにこちらのほうが多い。
一度退くべきか――そう考える余裕すらない。
容赦なく降り注ぐ攻撃を、紙一重で躱し続ける。
これでは分裂したところで意味をなさないどころか、不利にすらなりかねない。
「さて……どうしましょう」
*
彼は周囲のものを腐敗させながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「ノエル……」
懐かしい記憶の名を、口にした。
「その名前はもう捨てました。姫様、フロリスと呼んでください」
「わかった。フロリス」
これはどちらかが死ぬまで続く戦い。
それと同時に死を迎える前の走馬灯のようだった。




