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「久しぶりに会えたのはいいけど、今日は夜に仕事があるから」
「まだああいうのやってるの?」
「いや。今回は違うよ。……でも…」
「でも?」
「なんでもない、行ってくるね」
ドアを閉め、整えた服に身を包んで貴族の屋敷へ向かう。
「久しぶりだね、白銀の君」
「ご無沙汰しております、ルヴェイン子爵」
―――
(……吐き気がする)
違う要件だと言われていたはずなのに、相手が同じ人間である以上、結局こうなる。
月の光も届かない夜道を、一人、足取りも覚束なく歩く。
「ただいま」
「……違うって言ったじゃないか」
「予定にない人が来ていてね」
「まずは手当が先だ。風呂に入ってきな」
「……うん」
湯から上がり、ネレウスに手当をされる。
「首にも痕が……これは、煙草か」
ネレウスは言葉を切り、真剣な顔でこちらを見た。
「もう……こんなことはしないって、約束できない?」
「私だって、できるならそうしたいよ」
(でも無理なんだ。目の前に立たれると、あのときの事が一気に押し寄せて、逆らう気力すら失くなる)
「……寒い」
そう言って、ネレウスは私の布団に潜り込んできた。
「ほんとだ……寒いね」
真夏の夜。
互いの体温だけを頼りに、黙って身を寄せ合った。
*
翌日、呼び出しがかかった。
ネレウスと共に向かうと、そこには組織の上層部が揃っていた。
「旧王家が“虹の同盟”を締結しようとしている」
「……あの御伽話の?」
「成立すれば、非常に厄介だ」
「止めろ、ということですね」
「次の目的地は?」
「紫の国。これが最後の一国だ」
「随分と急ですね」
「余計なことは考えるな。仕事をこなせ」
「了解」
部屋に戻り、出立の準備を始める。
「明日には出たい」
「うん」
「三時間経ったら起こして」
糸が切れたように、意識が落ちた。
*
「三時間経ったよ」
「……ん」
「起きろ」
「もうちょっと……」
「ダメだ。任務だろ」
「……わかった」
「はぁ……」
「ちょ、急に水かけないで!」
「起きない方が悪い。ほら、行くぞ」
「……うん」
風魔法で髪を乾かし、黒の仕事着に着替える。
資金や装備はすでに用意されており、出発は滞りなく進んだ。
(……それだけ切羽詰まってるってことか。でも今は、ネレウスと一緒にいられる。それだけでいい)
「何ぼーっとしてる。まだ眠い?」
水を生み出すネレウスを慌てて止める。
「いや、平気」
「ならいい」
「……また、あの子に会うのか」
「“あの子”?」
「お姫様」
「嫌なのか?」
「私の過去を知ってるから、かな」
「……なるほど。殺しにくいわけだ」
「仕事だから全力は尽くすよ。それに……あの子も、私を簡単には殺せない」
「そうだといいけど。はい、目標の情報」
「ありがとう」
「侍女、護衛騎士、魔法使い、体術使い。計五名で行動。か」
「……あの化け物がいるなら、まずはそこを潰さないと」
「侍女の立場なら、姫の側からは離れないだろうね」
「厄介な任務になりそうだ」




