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三日後。
私たちは精霊の泉へと向かっていた。
「よろしくね、カリン」
「はい」
久しぶりに会った彼女は、どこか吹っ切れたように見えた。
「あと数時間もすれば妖精の森に到着します。そこからは“鍵”である私の案内のもと、泉へ向かうことができます」
「面白い仕組みね」
「精霊は他種族との交流を嫌いますから。その昔、妖精王と精霊王はある約束を結んだそうですよ」
「へえ。それはどんな?」
「精霊を隠す代わりに、妖精の国へ恵みを与える、というものです」
「そんな盟約が」
「はい。私も精霊王様にお会いするのは初めてなので、少し緊張しています」
「私もよ」
そう話しているうちに、森へと辿り着いた。
「では、始めます」
カリンは手のひらを切り、その血のついた手で木に触れた。
次の瞬間、空間が歪み、足元の感覚が消える。
「……水?」
気づけば、私たちは水面の上に立っていた。
「ほう。客人とは、珍しい」
直接耳に届いたわけではないのに、声だけが頭に流れ込んでくる。
反射的に跪いた。
「お初にお目にかかります。カリスタと申します。本日はお願いがあり、参上いたしました」
「面を上げなさい、カリスタ」
顔を上げることを許されたのは、お嬢様だけだった。
「して、今日は何用だ?」
「虹の同盟を完成させるために参りました」
「ほう……理由を聞こう」
「私と対立する現王家、そしてその背後にいるアルス国が禁忌を破り、悪魔を目覚めさせました」
「事が収まった後、御前はどうする?」
「荒廃した国を復興させます。争いのない、平和な世界へ」
「大層な理想だな。争いは人の本能。神の愛子とて、容易ではあるまい」
「承知の上です。それでも、そうすると決めました」
「……気に入った」
一拍置いて、精霊王は告げた。
「同盟を結ぼう」
「ありがとうございます」
「要件は以上か?」
「はい」
「では、戻り給え」
視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間、私たちは元の森に立っていた。
昼の青空は、すでに橙色に染まり始めている。
「これで……あと一国」
「藍の国では、血判を交わさないのですね」
「確かに……」
「カリン、心当たりはある?」
「恐らくですが……妖精には血が流れていますが、精霊には流れていないからかと」
「じゃあ、どうやって同盟を確認するのかしら」
「血判よりも、宣言そのものが重視されているのかもしれません」
「あり得るわね」
――
「ただいま戻りました」
「おかえり。カリン、旅を続ける気はあるかい?」
「はい」
藍の王の言葉にカリンは力強く答える。
迷いのない瞳を見て、それ以上問う必要はなかった。
「なら、行っておいで」
「カリスタ様、これからもよろしくお願いいたします」
「ええ。よろしくね」
夜へと沈む空に、新しい風が吹いていた。




