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「気分が悪いものを見たわ」
(……あの映像。
あれは、あの子が見てきたもの……)
*
「シア! 逃げて!」
揺れるピンクブロンドの髪が、乱暴に掴まれる。
「おっと、いい女だな」
「痛っ……!」
「逃げちゃだめだよ、お嬢ちゃん。君はここで見ていなきゃ」
揺れる視界は涙のせい。
その向こうで、母の姿が引き倒される。
「ちゃんと見てなよ。母親がどうなるか」
「やめて!シアは…逃がして!」
「威勢がいいな」
短い悲鳴。
そして、押し殺された声。
「いやっ、シア……見ないで……」
「誰が喋っていいって言った?」
あの子は、男たちに頭を掴まれ、目を逸らすことができなかった。
目を逸らしたいのに強制的に犯される自らの母を見続けるしかなかった。
アリアはたらい回しにされ、抵抗して男の舌を噛んだとき、激昂したその男に殺された。
最後まであの子は虚ろになった瞳と目を合わせていた。
「シアちゃーん。さて、君はどうする?」
男の顔が覗き込む。
歪んだ笑顔。
「触るなよ。処女の方が高値で売れる」
「はいよ」
頬を気色の悪い舌で舐められ、血の気が引く。
あの子は“商品”として売られ、それを買ったのが男爵だった。
そしてあの子は将来を見込まれ、表向きは「娘」として育てられることになる。
だが、家の中に居場所はなかった。
憎しみは継母から向けられ、
それは娘へと受け継がれていく。
酷く寒い貧相な小屋で、痩せこけた子供が一人丸まっていた。
――あの子に、幸せな日が訪れることはあるのかしら?
*
これまでになく怒りに満ちたお嬢様に、恐る恐る声をかける。
「……お嬢様?」
「……なに?」
低く唸るような声が、空気を震わせた。
「出発は三日後です。それまではお休みいただけますが、何かご希望は……」
「ないわ。そんなもの」
部屋に戻ってからも、苛立った様子で手紙を読み続けている。
「あの……どういう状況?」
「ああ、戻っていたんですね、ギル。王妃様が、お嬢様の地雷を踏み抜いたんです」
「地雷?」
「ええ……過去の話です」
そこまで言った瞬間、ペーパーナイフが飛んできた。
「ひっ……。陛下って、武人でしたっけ?」
防がなければ、確実に喉を貫いていた。
……怒っているお嬢様も大変可愛らしいのですが、
今回は正直、冷や汗が出ました。
「オズワルドが、ネズミを駆除しきったそうよ」
「それは喜ばしい報せですね」
「それと、アルスの新兵器……相当厄介みたい」
「どういう意味ですか?」
「情報が、一切入ってこないの」
「それは……相当難航していないと起きませんね」
「ええ。早く同盟を結んで、備えたいところだわ」
お嬢様の緑の瞳は過去ではなく、確かに未来を見据えていた。




