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「ごきげんよう」
「本日はご招待いただき、感謝いたします」
「いえ、こちらこそ。急な呼び出しにもかかわらず来てくださって感謝していますのよ。さあ、おかけになって」
「失礼します」
促されるまま腰を下ろす。
温室には、春夏秋冬の花が無秩序に、それでいて調和するように咲き誇っていた。甘い香りの奥に、わずかな湿り気が混じる。
「この温室は不思議ですね」
「そう?」
「はい。まるで、すべての季節が閉じ込められているようで…」
「……そう言ったのは、あなたで二人目だわ」
一瞬、王妃様の視線が揺れた。
「そうなんですか?」
「ええ。……顔を、よく見せてくださる?」
「? はい」
視線が絡んだ途端、王妃様の呼吸が僅かに乱れる。
「……あぁ。よく、似ている…」
「誰に、ですか?」
お嬢様はきょとんと首を傾げる。
「あぁ……アリア」
「アリ……ア?」
「その瞳よ。そっくりだわ。優しい緑……ああ、でも違う」
王妃様の声が、かすかに冷える。
「やっぱり、あの瞳は……あの子しか持てないものね」
「どうして、私の母の名前をあなたが知っているんですか?」
「……あぁ。娘だったのね」
その瞬間、王妃様の指が伸び、乱暴に顎を持ち上げる。
「……王妃様!」
私たちが咎めると、お嬢様は短く息を吸い、「大丈夫」とだけ言った。
王妃様は、値踏みするように顔を覗き込む。
「全然、似ていないわ。あなたは……汚れすぎている」
空気が張り詰める。
お嬢様の眉が、ほんのわずかに動いた。
「初めて言われました。母を知る方々は、私がよく似ていると仰るので」
「外見だけなら、ね。でも中身は別」
王妃様は口元を歪める。
「……そんなふうになるまで、あなたは何を見て、何をしてきたの?」
「何歳?」
唐突な問い。
「十八です」
「……あぁ」
王妃様は目を伏せ、まるで遠くを見るように呟く。
「アリア……あなたの娘は、可哀想ね。こんなに若いのに、魂がここまで歪んでしまうなんて」
静かな声なのに、棘がある。
「歪むほどの経験をしてしまったのね」
「憐れみなら、他の方にどうぞ。不愉快です」
王妃様は一瞬だけ目を見開き、すぐに微笑んだ。
「そうよね……申し訳ないことをしたわ。でも、一つだけ聞かせて」
「何でしょう」
「アリアは……どう亡くなったの?」
バンッ。
王妃様の手がテーブルを叩き、紅茶が跳ねる。
花柄のカップから溢れた液体が、白い天板を汚した。
お嬢様の顔が、ゆっくりと憎しみに歪む。
唇が震え、喉が詰まり、言葉にならない怒りだけが滲み出る。
「……部屋に戻りましょう」
私たちは呆然と座ったままの王妃様に一礼する。
「大変失礼いたしました。カリスタ様に代わり、謝罪いたします」
「……あの子は、死んでしまうわよ」
背を向けたまま、王妃様が呟く。
「……そうならないよう、動いてはおりますが」
「やはり、運命は変えられないのでしょうか」
「……わからないわ」
王妃様の声は、どこか疲れていた。
「あそこまで歪み、黒くなってしまっては……未来を視ることすらできない。映るのは、過去だけだった」
「……本日は、ありがとうございました」
「ええ」
庭には、溢れた紅茶だけが残り、
花々の影を映して、静かに揺れていた。




