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静かに椅子へ腰掛け、出された紅茶を音も立てずに口へ運ぶ。その洗練された所作だけでも、彼女が高貴な身分であることがわかる。
ふう、と小さく息をついたあと、沈黙が落ちる。
その間ずっと、カリンは前を向けず、俯いたまま。指先は身につけたローブをぎゅっと握りしめ、深いしわを作っていた。
「クロードを死なせてしまい、申し訳ありませんでした」
「カリン、私の愛しい子よ。経緯は弟からすべて聞いているわ。それについて責め立てるつもりはないの。だから、前を向いて」
母の優しい声に促され、カリンはようやく顔を上げる。
「あなたは本当によく我慢する子。だから、心の中の悲しみすら押し隠してしまう……。でもね、自分を欺き続けるのは、とても苦しいことなのよ。皆の前で泣けないなら、ここで泣きなさい」
その言葉の途中で、堰を切ったように涙があふれた。
「カリン、おいで」
「お母様……私がっ……」
「あなたが泣くのは、いつぶりかしら。子供の頃から、ずっと我慢して生きてきたものね。クロードはあなたの代わりに、よく感情を表に出していたわね……懐かしいわ」
カリンが泣き止んだところで、父が静かに口を開いた。
「クロードと会わせてくれないか?」
カリンは異空間からそれを取り出す。
氷の中で眠るように横たわるクロード。
「あぁっ……クロード、クロード!!」
婚約者であるマーガレットが氷塊に抱きつき、涙を落とす。
母も父も彼女に寄り添い、クロードにそっと触れた。
ただ一人、カリンだけが少し距離を置いたまま立っていた。
胸を締めつける痛みがまた募る。
守ると誓ったのに、結局守れなかった。
むしろ――自分のせいで死なせてしまった。
目を閉じれば、あの光景が鮮明に蘇る。
鉄と火薬の匂い。
視界を染めた鮮血。
自分の腕の中で力を失った片割れ。
自分の命の半分と言ってよかった存在。
あの子のためなら、どんな苦しみにも耐えられたのに。
弱っていく姿を見守ることしかできず、腕にかかる体の重みだけが少しずつ増えていった恐怖。
返ってこなくなる声。
最期の笑顔のまま凍った姿を見るたび、すべてが胸へ押し寄せてくる。
叫びたい。泣き崩れたい。
なのに長年鍛え上げた理性だけが、ギリギリでそれを押しとどめていた。
「あなたが泣かないと、私たちも泣くに泣けないわ」
マーガレットが震える声で言う。
「マーガレット……」
「あなたが帰ってきたとき、きっと苦しそうな顔をしてるんだろうと思ってたわ! なのに無表情! 大事な弟が死んだのに、それでも抑えなきゃいけないわけ?!」
「……私だって、私だって泣きたいよ。叫び出したいよ」
「じゃあなんで泣かないのよ!!」
「進まなきゃ……進まなきゃいけないの! 受け止められないことでも、無理やり押し込んで、押し込んで前に!」
カリンの肩が荒く上下する。
「だから、それはなんでよ!」
「あなたにっ……あなたにはわからないわよ!」
「またそれよ! あんたはそうやって突き放すの!クロードも私も!」
「マーガレット!」
「あなた、手出しは無用ですよ」
「だが……」
「いいから見ていましょう?」
カリンは拳を握りしめ、震える声で吐き出した。
「そうしなきゃ、生きていけなかった! お父様もお母様も、お兄様も……確かに守ってくれていたけれど!」
「言い渋らないで話しなさいよ! この臆病者!」
「あなたは知らないでしょう? ずっと見張られ続けて、休む暇もない生活なんて! 暗殺者だけじゃない、貴族の売り込みにも耐えなきゃいけなかった! クロードはあなたと婚約していたからまだマシだったけれど、私はどこの派閥にも所属していなかった。だから皆が必死で引き込もうとしてきたのよ? いちいち反応していたら身が持つわけない!」
「分かるわけないじゃない!話してくれないんだから!なのにあなたは一人心を閉ざしていって…だからあなたに怒っていたのよ……誰かと辛さを分かち合おうとせず、全部自分で抱え込んでるあんたが気に入らなかったの!」
言いたくなかった本音を引きずり出された悔しさはある。
でも、胸の奥のどこかが不思議と軽くなっていた。
「今日はありがとうございました。私はこれで失礼しますね」
マーガレットは涙を拭い、部屋を出た。
「カリン、ごめんなさい」
「……え?」
「あなたのためとはいえ、心を殺す術を教えてしまったこと」
「いえ、それがあったから私はあの日々に耐えられたんです」
「そう……でも、あまり無理はしないでちょうだいね」
「……」
「あなたまで失いたくないのよ」
「おいで、カリン」
母と父が両腕を広げて待っている。
その胸へ飛び込んだ瞬間、胸の奥がきしむ。
隣には――本当ならいるはずの人が、もういない。
その温もりに包まれ、また痛感してしまった。
クロードは、もう、どこにもいないのだと。




