表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朽ちぬ女王  作者: 水無適
41/51

41

静かに椅子へ腰掛け、出された紅茶を音も立てずに口へ運ぶ。その洗練された所作だけでも、彼女が高貴な身分であることがわかる。

ふう、と小さく息をついたあと、沈黙が落ちる。

その間ずっと、カリンは前を向けず、俯いたまま。指先は身につけたローブをぎゅっと握りしめ、深いしわを作っていた。


「クロードを死なせてしまい、申し訳ありませんでした」


「カリン、私の愛しい子よ。経緯は弟からすべて聞いているわ。それについて責め立てるつもりはないの。だから、前を向いて」


母の優しい声に促され、カリンはようやく顔を上げる。


「あなたは本当によく我慢する子。だから、心の中の悲しみすら押し隠してしまう……。でもね、自分を欺き続けるのは、とても苦しいことなのよ。皆の前で泣けないなら、ここで泣きなさい」


その言葉の途中で、堰を切ったように涙があふれた。


「カリン、おいで」


「お母様……私がっ……」


「あなたが泣くのは、いつぶりかしら。子供の頃から、ずっと我慢して生きてきたものね。クロードはあなたの代わりに、よく感情を表に出していたわね……懐かしいわ」


カリンが泣き止んだところで、父が静かに口を開いた。


「クロードと会わせてくれないか?」


カリンは異空間からそれを取り出す。

氷の中で眠るように横たわるクロード。


「あぁっ……クロード、クロード!!」


婚約者であるマーガレットが氷塊に抱きつき、涙を落とす。

母も父も彼女に寄り添い、クロードにそっと触れた。

ただ一人、カリンだけが少し距離を置いたまま立っていた。


胸を締めつける痛みがまた募る。

守ると誓ったのに、結局守れなかった。

むしろ――自分のせいで死なせてしまった。


目を閉じれば、あの光景が鮮明に蘇る。

鉄と火薬の匂い。

視界を染めた鮮血。

自分の腕の中で力を失った片割れ。

自分の命の半分と言ってよかった存在。


あの子のためなら、どんな苦しみにも耐えられたのに。

弱っていく姿を見守ることしかできず、腕にかかる体の重みだけが少しずつ増えていった恐怖。

返ってこなくなる声。

最期の笑顔のまま凍った姿を見るたび、すべてが胸へ押し寄せてくる。


叫びたい。泣き崩れたい。

なのに長年鍛え上げた理性だけが、ギリギリでそれを押しとどめていた。


「あなたが泣かないと、私たちも泣くに泣けないわ」


マーガレットが震える声で言う。


「マーガレット……」


「あなたが帰ってきたとき、きっと苦しそうな顔をしてるんだろうと思ってたわ! なのに無表情! 大事な弟が死んだのに、それでも抑えなきゃいけないわけ?!」


「……私だって、私だって泣きたいよ。叫び出したいよ」


「じゃあなんで泣かないのよ!!」


「進まなきゃ……進まなきゃいけないの! 受け止められないことでも、無理やり押し込んで、押し込んで前に!」


カリンの肩が荒く上下する。


「だから、それはなんでよ!」


「あなたにっ……あなたにはわからないわよ!」


「またそれよ! あんたはそうやって突き放すの!クロードも私も!」


「マーガレット!」


「あなた、手出しは無用ですよ」


「だが……」


「いいから見ていましょう?」


カリンは拳を握りしめ、震える声で吐き出した。


「そうしなきゃ、生きていけなかった! お父様もお母様も、お兄様も……確かに守ってくれていたけれど!」


「言い渋らないで話しなさいよ! この臆病者!」


「あなたは知らないでしょう? ずっと見張られ続けて、休む暇もない生活なんて! 暗殺者だけじゃない、貴族の売り込みにも耐えなきゃいけなかった! クロードはあなたと婚約していたからまだマシだったけれど、私はどこの派閥にも所属していなかった。だから皆が必死で引き込もうとしてきたのよ? いちいち反応していたら身が持つわけない!」


「分かるわけないじゃない!話してくれないんだから!なのにあなたは一人心を閉ざしていって…だからあなたに怒っていたのよ……誰かと辛さを分かち合おうとせず、全部自分で抱え込んでるあんたが気に入らなかったの!」


言いたくなかった本音を引きずり出された悔しさはある。

でも、胸の奥のどこかが不思議と軽くなっていた。


「今日はありがとうございました。私はこれで失礼しますね」


マーガレットは涙を拭い、部屋を出た。


「カリン、ごめんなさい」


「……え?」


「あなたのためとはいえ、心を殺す術を教えてしまったこと」


「いえ、それがあったから私はあの日々に耐えられたんです」


「そう……でも、あまり無理はしないでちょうだいね」


「……」


「あなたまで失いたくないのよ」


「おいで、カリン」


母と父が両腕を広げて待っている。

その胸へ飛び込んだ瞬間、胸の奥がきしむ。

隣には――本当ならいるはずの人が、もういない。


その温もりに包まれ、また痛感してしまった。


クロードは、もう、どこにもいないのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ