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コトッ、と紅茶のカップが置かれた。
ソファーにはお嬢様とカリンが座り、私たちとギルは後方で控えている。
それだけ、カリンがこの国で重要な立場にあるということだ。
「お待たせ〜」
軽い声とともに、青の王が部屋へ入ってきた。
私たちは一斉に頭を下げる。
「いーよ、いーよ。俺、そういうの苦手だし」
許しの言葉をいただき、顔を上げる。
「さて、カリン。話してくれるね?」
「クロードは、死にました」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
沈黙が重く張りつめる。
「……どうしてかな?」
「カリスタ様、私も詳しい説明は伺っておりませんでした」
お嬢様は静かに二人の視線を受け止め、淡々と語り始められた。
「クロードとカリンは、ルベリアの王が私に提供してくださった優秀な魔法使いです。
私を追放した現王家は、アルスと手を組んでいます。
クロードは――アルスの新兵器を持った暗殺者に殺されました」
その言葉に、青の王から放たれる魔力が一気に膨れ上がる。
部屋全体が圧迫され、息をするのも苦しいほどだった。
「アルベルト様」
カリンの静かな声が響くと、暴走しかけた魔力はすっと収まった。
「……クロードを殺した奴らと戦うための同盟なら、対価なんて要らない。
と言いたいところだけど、俺も一国の王だ。国を発展させなきゃいけない。
でも――あなたたちはそれ以上のものをくれた。報酬以上の“対価”をね。
何か、協力できることはある?」
「失礼ですが、クロード様とカリン様とは、どのようなご関係なのですか?」
お嬢様が当然の疑問を口にされた。
「ああ。カリンとクロードは、俺の姪と甥だよ」
思いがけない答えに、場の全員が息を呑む。
そして、さらに疑問が湧き上がった。
「そのような方々を、なぜルベリアの王があのように扱われたのですか?」
「それは、私たちが身分を隠していたからです」
「ですが、今回の件は国際問題に発展しかねないものでしたよ?」
「そうならぬよう、きちんと文書に残してあります」
――さすがカリン。どこまでも抜け目がないです。
お嬢様は静かに頷き、青の王へと向き直られた。
「私たちと敵対しているアルスは、新兵器の開発を進めているようです。
それが何なのか、まだ掴めておりません。
それに……私は、“自分自身”のことを知りたい。
対価への報酬は、それでいかがでしょうか?」
「あなた自身のこと? 何を知りたいんだい?」
「正確には、私に“憑いている者”のことです」
「ああ、真の血筋の話だね。
あなたの血筋は代々、女神を憑依させる者が一代に一人は生まれる。
今代はあなただけ。だから――あなたに宿っている。
本来、それが顕現するのは二十歳以降のはずなんだけど……」
「それが、先日、私に顕現なさったようで」
「やはり、そうみたいだね」
「……わかるのですか?」
「まあね。あなたの体を見れば一目瞭然だよ。
ボロボロじゃないか。時期も来ていないのに、無理やり降臨するなんて――女神も無茶をするな」
「この傷は、そういうことなのですね」
「うん。その傷を癒せるのは、傷をつけた本人くらいだろうね」
「では、二十歳まではこのままと」
「仕方ないさ。……今、何歳だっけ?」
「十七です」
「なんだ、もうすぐじゃないか」
お嬢様は正確には十七歳と十一ヶ月と二日。
つまり、もうすぐ十八になられる。
あと二年もこのままだなんて可哀想で仕方がないです。
「他に、ご存じのことはありますか?」
「それはむしろ、あなたの方が詳しそうだけど?」
「……そうですか」
「見た目が気になるなら、しばらくの間はカリンに幻術をかけてもらいなさい。
その傷だらけの身体を、少しでも隠せるように。
――ああ、あと少しカリンと話がしたいから、悪いけど出ていってくれる?
部屋は用意させるから」
お嬢様は軽く頷かれ、私たちは静かに席を立った。
そして、青の王とカリンを残し、部屋を後にした。




