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ええ。このドラゴン――まだ子供ですね。だが血気は盛ん、人語を介す理性もない分だけ、余計に厄介です。
「侍女殿!ブレスの後始末、頼めますか?!」
「わかりました。頭の処理は任せます」
ギルと短く言葉を交わし、すぐに指示を飛ばす。
「ギルが首を落としにいきます。カリンは私と共にブレスの対策を。クロードと王太子殿下は彼の援護を!」
「了解!」
岩肌を震わせるように全員が駆け出した。
土煙が舞い、金属の擦れる音が洞窟の壁に反響する。
熱――空気が、一瞬で焦げるように熱を帯びた。
ブレスの予兆だ。
「カリン、わかっていますね?」
「勿論です」
カリンが詠唱を始める。魔力が弾け、青白い膜が空間を覆う。
私たちは瞬時に分裂し、九人の自分が同時に動き出す。それぞれが巨大な顎の外側を押さえ、魔力をぶつけ合う。
ドラゴンが喉奥に炎を溜め――放つ。
轟音。
爆光。
だが炎は閉ざされた口内で暴発し、ドラゴン自身を焼いた。
鱗が剥がれ、血が蒸気のように吹き上がる。
「今です! ギル!」
「了解ッ!」
ギルが低く構えた。
クロードの補助魔法が光となって刃を包む。
渾身の踏み込み。岩が砕ける音とともに、銀光が閃く。
首筋を裂いた刃の軌跡に、レオンの追撃が重なった。
ズブリ――。
肉が断たれ、ドラゴンの咆哮が途中で止まる。
巨体が崩れ落ち、首が転がるように地面へ沈む。
「トーマス、こちらへ!」
「はい!」
お嬢様の避難も確認。
私たちはハイタッチをして喜びあいました。
「クロードの補助魔法は自然でいいな」
「当たり前」
照れているのを隠していますね。だけれど、達成感を噛み締めているのがよくわかります。
カリンは私より少し前で彼らを微笑んで見守っていました。
それから私たちはお嬢様からお褒めの言葉を貰いました。
「よくやったわ。貴方達のおかげで無事に同盟も結べそうだし」
そう話すお嬢様はいつの間にか隣りにいた頼りのない男を立派な漢へと変えていた。流石としか言えませんね。私たちは黄色の国と緑の国に報告するために鉱山の外へと出ようとしていた。
「先にどっちの国に行くんすか?」
「黄色の国よ。食料の確保はあとでやりたいから先に黄色の国で武器を貰いたいの。クロードには何を買おうかしら?」
笑いながら他愛のない話をして来た道を戻っていた。
大きな獲物を倒して油断していたのかもしれない。
洞窟に乾いた破裂音が響く。
火薬の臭い。金属を焦がしたような刺激臭が鼻を突く。
お嬢様が、鉄の匂いを纏った赤色を被った。
エメラルドが驚きに揺れる。
「……え?」
「クロード!!!!!!」
次の瞬間、クロードの身体が何かに貫かれ、膝を折る。
普段の冷静さを欠いたカリンが叫び、ギルとレオンが音の方向へ突進。
私たちは即座に分身し、周囲を警戒しました。だけれど気配が――ない。
それほどの遠距離から命中させるなど、人間業ではない。魔法ですらそれほど射程距離は長くないはず。
「クロード! 目を開けて!」
クロードが血を吐きながら、カリンを見つめる。カリンは自らの片割れを胸に抱き、止血を試みる。
「……姉さん」
「喋らないで。喋ったら悪化しちゃう… 」
「姉さん……わかってるだろ?」
「そんなことない! そんなこと――」
カリンの涙が、クロードの頬に落ちる。
彼の肺が泡立つように音を立て、空気が抜けた音を残す。そして笑って優しく話しかける。
「俺がいなくなったら、誰が姉さんの代わりに笑うんだよ……笑って、幸せに……うまいもん、たくさん食えよ……」
「あぁっ…」
カリンが蚊のような弱い声を発し、クロードの指が、姉の頬を撫でる。
その指が、力を失って地面に落ちた。
「クロード? ……いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
洞窟に響く劈くような悲鳴。
カリンは自分によく似たそれを強く抱きしめて絶叫する。お嬢様は唇を噛み、血を流しながらもただ見つめることしかできなかった。
命の灯は、静かに消えた。




