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殺伐とした空気は消え、異質な気配が辺りを支配していた。
お嬢様にかけられていた魔法はいつの間にか解け、金色に輝く髪と瞳を持つその方が、ただ一人の上位者であった。
「お前たちを還してやろう」
手をかざすその存在に、恐れ多くも私たちは反論した。
「申し訳ありません。私たちは既に堕落した身です。今を逃せば輪廻に戻ることもできないことは理解しております。ですが、私たちはお嬢様…カリスタ様に命を賭してお仕えすることを誓ったのです」
「消滅を覚悟にか?」
「はい。しかし、私たちは貴方様のことを一度たりとも忘れたことはありません。今でも忠実な信者です」
「…そうか。お前たち自身が望むのなら強制はしない。だが、意味を失った今、お前たちは徐々に力を失っていくだろう」
「重々承知しております。寛大なお心に感謝します」
「振られてしまったな。守ると決めたなら、それを貫きなさい。この子は私にとっても大事な存在だ。長年、私を思い続けたお前たちに少し力を与えよう」
その方は私たちに歩み寄り、額にそっと口づけをした。
強烈な痛みと共に、神聖な力が全身を駆け巡る。
「力の使い方は自ずと理解するだろう」
その言葉を最後に、私たちは意識を失った。
*
カリスタの体から鼻血が垂れる。
「…この体がもたないか。覚醒前に無理やり介入したからな。当然だ。おい、そこのお前」
「私ですか?」
「意識を保つだけでなく、立っているとはな。鍛錬を続ければ極地に至れるだろう。励めよ」
「はい!」
「あと、この娘を頼んだぞ」
ギルは力なく倒れたカリスタの体を支え、ゆっくり抱き上げた。
数分も経たないうちに、代表者と思われる年老いた婦人と大勢の騎士が現れる。
「怪我人を運べ。お前さんは…ついてきな」
*
「っあ゛」
目が覚めると同時に、思念が雪崩のように押し寄せた。
『痛い…痛い…痛いっ!』
急いでお嬢様の下へと向かう。
部屋の扉を開けると——
「お嬢様!!」
そこには、全身を包帯で覆われた人物がいた。
隣にはギル。間違いなくお嬢様のはずだ。だが、どうしてこうなっているのか。
「ギル、これは一体…?」
「侍女殿、目が覚めてよかったです」
「そんなことよりも、お嬢様は?」
「生きてはいます。ただ、全身から血が噴き出してしまって…今は包帯で圧迫しています」
「そんな…」
落ち込む私を、ギルはそっと宥めた。
「恐らく、あの場に降臨された高貴な方の影響でしょう」
「誰ですか?」
振り返ると、貫禄ある声の主が立っていた。
「私はこの国で女王を務めている者だ」
「…!失礼しました。お初にお目にかかります」
痛む体を折り、最上級の礼を捧げる。
「まだ体が痛むだろう、礼は結構。この娘にはあのお方の加護がある。青の国の者から聞いたことがある——帝国が真なる存在の手で繁栄した理由を」
「詳しく聞いてもよいですか?」
「いや、忘れてしまったのだ」
お茶目に笑う女王に、思わず拍子抜けする。
「とにかく、しばらくは安静にしなきゃ治らないよ」
「…治るのですね」
「ああ。それと、事の発端は我が愚息だと聞いている。本当に申し訳ないことをした」
「謝罪ならば、お嬢様に」
「ああ、わかっているさ。治るまでの間、最大限のもてなしをしよう」
杖をつく女王の後ろ姿は、自然な威厳を放っていた。




