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「今日で最後か……」
「一ヶ月、長いようで短かったですね」
「そうね、ここは……」
滅多に感情を口にしないお嬢様が、言いかけとはいえ言葉にした。
それだけで、私たちはほんの少し心をざわめかせる。……少し、手を打っておきましょうか。
「何をぼんやりしているの? 早く支度なさい」
「ふふ、なんでもありません」
「……気づかないふりをしてあげるわ」
「ありがとうございます」
やはり、お嬢様は優しい。そういうところが、私たちを虜にしてやまないのです。
「……今日でお別れだね。寂しくなるなあ」
「伯爵、また会えるのを楽しみにしております。では、ごきげんよう」
その時、お嬢様はほんの少しだけ笑った。
それだけで、その場の空気が一変した。
侍女たちが目を見開き、息を飲む。
馬車へと乗り込むその姿は、まるで一枚の絵画のような美しさを放っていた。
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「……少ないわね」
「気になさらず。夜には皆戻りますから」
「……はあ。少し眠るわ。着いたら起こしてちょうだい」
「かしこまりました」
お嬢様は、何かを悟ったような瞳で私たちを見た。
その顔にも、憂いにも、やはり惹かれてしまうのです。
「さて、様子を見ましょうか」
私たちは少しを残して意識を切り替える。
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カトリーヌ伯爵の書斎。ひと気のない部屋は、狙い目だった。
「しっ、静かに」
短く悲鳴を漏らした伯爵に、私たちは現れた姿で言葉を投げる。
「な、何者だ……!?」
「遅ればせながら、私たちはお嬢様の下僕でございます。本日、お伝えしたいことがあり、お邪魔いたしました」
「……その玩具は意味を持ちませんよ」
「ええ、どうぞ下ろしてくださいませ」
私たちは交互に、淀みなく言葉を重ねる。
「……何の用だ」
ようやく観念したのか、伯爵が問いを返す。
「お話を聞いていただけるだけで十分です」
「お嬢様は、哀れなのです」
「……そう、とても」
「ですから、伯爵様。あなたには――お嬢様を、救っていただきたいのです」
「……は?」
「そのままの意味です」
「もしかして、伯爵様はお嬢様を……亡くされた娘君と重ねておいでではありませんか?」
「――失礼だな。君たち、そんな無礼な物言い……裁かれても文句は言えんぞ」
さすが貴族。腹は出ていても、威圧の気配は伊達ではありませんね。
「ご無礼を承知で申し上げております。とはいえ、私たちに裁きは届きませんので」
「……ええ、無縁なのです」
「どういう意味だ?」
「私たちは――」
「ははっ! 無茶を言う。……だが、自分たちの主に災いが降りかかるとは考えないのか?」
一瞬の沈黙。
その後、私たちのひとりが静かに、確かな声で告げた。
「私たちはいつ、どこにいても。お嬢様を護るために存在しています。必要とあらば、神であろうと殺しますよ。私たちの愛おしい主が望むなら」
私たちは、ひとり、またひとりと頷いた。
「……で、君たちは私に何をしてほしい?」
「伯爵様。あなたは、多少趣味が偏ってはおいでですが……本質的には善き人であると判断いたしました」
「またずいぶんと失礼な言い様だね」
「伯爵様、おいくつで?」
「……今年で三十だが」
「……は?」
三十?!
あの小太りで息の荒い、ドミノ倒しできそうな鼻息の貴族が三十!?
五十代後半かと……いや、いやいや、失礼が過ぎますか。
「……そ、そうですか。大変失礼いたしました。では――一つ、お願いがございます」
「お嬢様を、あなたの養女に迎えてはいただけませんか?」




