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「うーん、お前たちみたいな虫ケラ同然の奴らがどうしてそんな愚行に走ったのか理解ができないな」
地下牢の薄明かりが、オズワルドの真紅の髪を照らしていた。
「真の姿を現せ」
その言葉に応じ、囚人の顔がぐにゃりと歪み、別のものへと変わる。
「ネズミとは、うまく言ったものだな」
ーー
「どうやら城の中に耳の大きなネズミがいるようです」
「…協力、感謝する」
出発前、カリスタはオズワルドにその存在を教えていた。
ーー
「できるだけ多くの情報を絞り出せ」
「はっ」
オズワルドは黒い手袋を外し、暗い地下室を背にした。
*
「カリン、クロードは守りの魔法の準備を。お前たちは城門をノック。ギルは攻撃の備えを」
「はい」
橙の国の城門前。私たちはそれぞれの役割を確認していた。
風が熱を帯び、周囲の空気すらどこか荒々しい。これが橙の国の“歓迎”なのだと、誰もが理解していた。
「ルベリアから参りました。オズワルド陛下より書簡が届いているはずです」
「…ああ、あなたたちのことですね。今、門を開けます」
唾を飲み込む。
ゆっくりと、巨大な城門が開く音が響く。
そして——
「プロテクション!」
飛び出してきた拳が、保護魔法に弾かれた。
「こんにちは、真なる人よ」
「こんにちは、橙の人」
それは戦いの中で交わす礼儀。挨拶と同時に、再び攻防が始まった。
「ふんっ!」
「拳を地面に突き立てた!?まずい、足場が崩れる!」
「そんなことしなくても構ってあげますよ!」
ギルが地を蹴り、相手を地面に叩き伏せる。
その一撃は速く、重く、確実だった。
「さあ、かかってきてください!」
「…やる気満々ね。お前たちも行きたい?」
「そうですね、最近鈍っていましたし」
「いいわよ。クロードも行って。カリンは私の側で援護を」
お嬢様の的確な指示に、戦況はこちらに傾いた。
「カリン、私の姿を消せる?」
「やってみます」
*
「ふぅ、粗方片付きましたね。残るは一人だけ」
「はっはっはっ、君たちやるじゃないか!」
橙の光の下、オレンジの髪の大男が笑った。
「だが、ここからは本気でいかせてもらうよ」
「…! クロード、防げ!!」
「え?」
放たれた威圧が空気を歪ませ、クロードが床に崩れた。
「油断はいけないよ」
男がこちらに歩み寄る。
だが次の瞬間、彼の首筋に冷たい刃が当てられていた。お嬢様が姿を見せる。
「お、指示役に徹してたと思ったのに。勇気のあるお嬢ちゃんじゃないか」
「お褒めに預かり光栄です」
お嬢様はナイフを静かに引いた。
「…だがな、まだ終わっていないぞ!」
再び威圧が放たれる。圧倒的な力がぶつかり、お嬢様が意識を手放す。
「貴様…お嬢様に何をっ!!」
私たちは怒りのままに飛び出そうとした。
「お前たち、それは私がやる」
——その声で、体が止まった。
お嬢様の声。だが、違う。
姿は同じでも、その気配はまるで別人だった。
「そこのお前、私を誰だと心得る?」
あまりにも異質な威圧感に、男が凍りつく。
たちまち距離を詰められ、膝をついた。
「のう、橙の。貴様のその力、誰が与えたのか忘れたわけではあるまいな?」
男の顔が蒼白になる。全身の汗が滝のように流れ、私たちも気づけば頭を垂れていた。
懐かしい、圧倒的な気配——。
「久しぶりに来てみたら、なんだこの有様は。ふむ……見覚えのある顔もいるな。お前、顔を上げろ」
命令ではなく、抗えぬ呼び声。
私たちは自然と顔を上げた。
「……ああ、かわいそうに。そんな姿になってしまうとは。私の手で還してやろう」
あの方は静かに手をかざした。




