25
一ヶ月に及ぶ航海が終わる頃、カトリーヌの体は半分ほどに細くなっていた。
食事が口に合わないと言って、ほとんど食べなかったのだ。
……痩せたら、ずいぶんと見違えましたね。
すらりとした体型に短い茶髪、焦げ茶の瞳はどこか若々しい光を宿している。
二十五歳と言われても納得してしまうほどだ。
ただ、服がぶかぶかで似合わない。新しく仕立てる必要がありそうです。
「……まずは服屋さんに行きましょうか」
お嬢様は苦笑しながらそう言った。
カトリーヌは、どこか申し訳なさそうに頭を下げた。
「服も新しくできたことですし、用事を済ませますか」
「ええ」
お嬢様たちは王宮へと向かう。
その横顔には、少しの不安が影を落としていた。
*
王宮の門前。
重厚な鎧を着た兵士たちが立ちはだかる。
「カトリーヌが来たと伝えてくれ」
「こちらでお待ちください」
通されたのは、金糸の刺繍が施された豪華な客間だった。
彼らもすぐに理解したのだろう。カトリーヌがただ者ではないと。
「よお、カトリーヌ。……って、お前、だいぶボリュームダウンしたな!」
声の主はルベリア王・オズワルド。
痩せたカトリーヌを見るなり、大笑いを始めた。
「お久しぶりです、陛下」
カトリーヌは片膝をつき、礼を取る。
「名前も顔も女みてぇだな!なんなら女装してもう一回来い!」
オズワルドは腹を抱えて笑う。
……ああ、完全に地雷を踏み抜きましたね。
「陛下、私の先祖を馬鹿にしているのですか?」
「いや、すまんすまん。ちょっと面白くってな」
まだ笑みを残しつつ、王は話題を切り替えた。
「アルスが、そっちの王家についたらしいな。……こっちとしてもお前には恩がある。アルスを排除できるなら悪くない話だが、私は統治者だ。利益がなければ動けん」
「アルスを排除できるのは、これ以上ない利益では?」
「少し足りんな」
「強欲ですね。しかし、王家は他国とも同盟を結ぶようです」
「本当か?」
短い沈黙。
オズワルドの表情が、わずかに険しくなる。
「ええ。だからこそ今が好機です。奴らを一網打尽にできる、唯一の機会では?」
「……いいだろう。同盟を結ぼう。そちらの方が“陛下”か?」
鋭い視線が、お嬢様――カリスタへと向けられる。
「お気づきでしたか」
「あれだけ放ってる威圧感で、気づかぬわけがなかろう」
「それもそうですね」
そうして、同盟は拍子抜けするほどあっさりと結ばれた。
「初めまして、真なる方よ」
「初めまして、赤の王よ。私の名はカリスタ」
「俺はオズワルドだ。よろしくな」
「ええ、こちらこそ」
カリスタの笑顔が柔らかく花開く。
その微笑みは、まるで天使が舞い降りたかのように、周囲の空気を変えた。
「カリスタ、計画は立っているのか?」
「大まかには。まず、アルスの“新兵器”の情報が必要です。暗殺という手もありますが、成功率は一割にも満たない。現実的ではありません」
「ふむ」
「アルスは軍事国家。正面からの戦では、こちらは劣勢です。だから、同じ手を取ろうと思いました」
「そのための同盟、というわけか」
「ええ。ルベリアならアルスに並ぶ力を持つ。頼もしい味方です。それに――ルベリアだけではありません。虹の国々とも手を結ぼうと思っています」
「ずいぶん大きく出たな。カトリーヌに伝手があったから、俺とは繋がれたが……他の国はどうするつもりだ?」
「国ごとにアプローチを変えるしかありませんね。七つ……いえ、あと六つの国との同盟を――」
「カリスタ? もしかして今、考えているのか?」
「はい。少し待っていただけますか? 紙とペンをください」
カリスタはペンを手に取り、真剣な眼差しで紙に向かう。
王もカトリーヌも、その集中力に息を呑んだ。
この方は本気なのです。
誰よりも、国の未来と人々を想っておられる。
そして私たちは、侍従として何としてでも支えなければならない。




