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朽ちぬ女王  作者: 水無適
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私たちは食堂に入り、席に着くとすぐに注文を済ませた。


「二回目だけど、やっぱり新鮮だわ」

「楽しそうでよかったです」

「ギルは何を頼んだの?」

「私は焼き魚定食です。お嬢様は?」

「ハンバーガーよ!」

「前回と同じメニューですね。気に入りましたか?」

「ええ、とても美味しかったわ」


お嬢様は本当に楽しそうに微笑んでいた。

たとえ行く先が不確かでも、この一瞬があるだけで救われる気がする。


食後、私たちはルベリア行きの船を探すため時刻表の前へ向かった。


「お嬢様、ルベリア行きの便は二日後に出発するものがあります」

「発券できそう?」

「はい」

「じゃあ三人分発券してちょうだい」

「……侍女殿の分はどうするのですか?」

「あー、問題ないわ」

「……ですが」

「とにかく問題ないのよ。詳しくは後で話すわ」

「……わかりました」



晴天。

私たちは船に乗り込んだ。個室を取ったおかげで、正体が露見する心配は少ない。


「快晴で風も穏やか。絶好の船出日和ですね」

「ええ。初めての航海が無事に始まりそうでよかったです」


船がゆっくりと動き出す。

魔法で駆動しているため揺れも少なく、船酔いの心配もない。

お嬢様は上機嫌に鼻歌を歌っていた。


「お嬢様、侍女殿についてお答えしてもらっていいですか?」


その穏やかな時間を破るように、ギルが口を開いた。

お嬢様の肩がわずかに震える。

……ギル、あなたは本当に図々しくなりましたね。

目の前にいるのは、本来ならば視線を上げることすら許されぬ方なのですよ。


「いいわよ。お義父様も知っているけれど」

「伯爵様も?」

「ええ。簡単に言えばあの子たちは人じゃないのよ」

「人じゃない……?」

「ええ、満足したかしら?」

「お嬢様……!」


ギルの無礼な反応に、私たちは反射的に身構えた。

だが、お嬢様の言葉がそれより早く響いた。


「それ以上は無礼でしてよ」


ドンッと空気が重くなる。

部屋の空間そのものが震えた。

持つべき者だけが持つ“威”が発せられたのだ。


「申し訳……ありませんでした」

「いいわよ」


初めてギルが目にする“王族の威厳”だった。

親しき仲にも礼節あり。越えてはならぬ一線を、彼もようやく理解したはずだ。


「お前たちも下がりなさい」

「お嬢様」

「お前たちも私に口答えするのかしら?」

「いえ、船員が来ます」

「……ありがとう」


私たちはお嬢様の身支度を整え、すぐに姿を消した。


「切符を確認します」

「はい、こちらです」

「ありがとうございます」


姿を現すと、ギルに声をかける。


「ギル、あなたは素直で礼儀正しい方だと思っていました」

「侍女殿……」

「まさか、兄妹ごっこをして錯覚したなんてことはありませんよね?」


沈黙するギルに、さらに言葉を重ねた。

これは罰ではない。教えだ。


「お嬢様は、この帝国においてただ一人、正統な血を継ぐお方なのですよ。

私たちは“お嬢様”とお呼びする許可を頂いていますが、あなたはどうでしたか?

最初から、許しを得ずに呼んでいませんでしたか?

本来なら“陛下”と称え、顔を上げることすら許されぬお立場です。

身分の差を忘れたのなら、それは驕りです。

私たちは、あなたがそうではないと信じていましたが――どうやら見込み違いでしたね」


「……っ!」


ギルは顔を伏せ、言葉を失った。

怒りというより、悲しさの方が強い。

大切なお嬢様を軽んじられるのは、たとえ悪意がなくとも我慢なりません。


「……陛下に謝らなければ」


ギルは部屋に戻り、膝をついた。


「陛下。先程は大変失礼いたしました」

「ギル……もう気にしてないわ。今後は気をつけることね」

「ありがとうございます」


部屋を出た彼は、安堵したように廊下で膝をついた。


「よかったですね」

「侍女殿、助言ありがとうございました」


……本当に真っ直ぐな人です。少し鈍いところも含めて。


「いえ、本来ならもっと早く忠告すべきでした。それを怠ったのは私たちの責任です」

「手厳しい……」



「カリスタ、申し訳ありません。私の教育不足です」

「いいのですよ、お義父様。馴れ馴れしいのも嫌ではなかったので」

「そこが長所だと思っていましたが、あそこまでとは……」

「私も明確に引いた線を越えてくる相手は初めてでした。それを許してしまうのは、私の覚悟が足りなかった証です。

必ずこの手で玉座を取り戻し、復讐を果たす――そう誓ったのに」


お嬢様は小さく拳を握りしめた。

その横顔は、静かな炎のように強く、美しかった。

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