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私たちは食堂に入り、席に着くとすぐに注文を済ませた。
「二回目だけど、やっぱり新鮮だわ」
「楽しそうでよかったです」
「ギルは何を頼んだの?」
「私は焼き魚定食です。お嬢様は?」
「ハンバーガーよ!」
「前回と同じメニューですね。気に入りましたか?」
「ええ、とても美味しかったわ」
お嬢様は本当に楽しそうに微笑んでいた。
たとえ行く先が不確かでも、この一瞬があるだけで救われる気がする。
食後、私たちはルベリア行きの船を探すため時刻表の前へ向かった。
「お嬢様、ルベリア行きの便は二日後に出発するものがあります」
「発券できそう?」
「はい」
「じゃあ三人分発券してちょうだい」
「……侍女殿の分はどうするのですか?」
「あー、問題ないわ」
「……ですが」
「とにかく問題ないのよ。詳しくは後で話すわ」
「……わかりました」
*
晴天。
私たちは船に乗り込んだ。個室を取ったおかげで、正体が露見する心配は少ない。
「快晴で風も穏やか。絶好の船出日和ですね」
「ええ。初めての航海が無事に始まりそうでよかったです」
船がゆっくりと動き出す。
魔法で駆動しているため揺れも少なく、船酔いの心配もない。
お嬢様は上機嫌に鼻歌を歌っていた。
「お嬢様、侍女殿についてお答えしてもらっていいですか?」
その穏やかな時間を破るように、ギルが口を開いた。
お嬢様の肩がわずかに震える。
……ギル、あなたは本当に図々しくなりましたね。
目の前にいるのは、本来ならば視線を上げることすら許されぬ方なのですよ。
「いいわよ。お義父様も知っているけれど」
「伯爵様も?」
「ええ。簡単に言えばあの子たちは人じゃないのよ」
「人じゃない……?」
「ええ、満足したかしら?」
「お嬢様……!」
ギルの無礼な反応に、私たちは反射的に身構えた。
だが、お嬢様の言葉がそれより早く響いた。
「それ以上は無礼でしてよ」
ドンッと空気が重くなる。
部屋の空間そのものが震えた。
持つべき者だけが持つ“威”が発せられたのだ。
「申し訳……ありませんでした」
「いいわよ」
初めてギルが目にする“王族の威厳”だった。
親しき仲にも礼節あり。越えてはならぬ一線を、彼もようやく理解したはずだ。
「お前たちも下がりなさい」
「お嬢様」
「お前たちも私に口答えするのかしら?」
「いえ、船員が来ます」
「……ありがとう」
私たちはお嬢様の身支度を整え、すぐに姿を消した。
「切符を確認します」
「はい、こちらです」
「ありがとうございます」
姿を現すと、ギルに声をかける。
「ギル、あなたは素直で礼儀正しい方だと思っていました」
「侍女殿……」
「まさか、兄妹ごっこをして錯覚したなんてことはありませんよね?」
沈黙するギルに、さらに言葉を重ねた。
これは罰ではない。教えだ。
「お嬢様は、この帝国においてただ一人、正統な血を継ぐお方なのですよ。
私たちは“お嬢様”とお呼びする許可を頂いていますが、あなたはどうでしたか?
最初から、許しを得ずに呼んでいませんでしたか?
本来なら“陛下”と称え、顔を上げることすら許されぬお立場です。
身分の差を忘れたのなら、それは驕りです。
私たちは、あなたがそうではないと信じていましたが――どうやら見込み違いでしたね」
「……っ!」
ギルは顔を伏せ、言葉を失った。
怒りというより、悲しさの方が強い。
大切なお嬢様を軽んじられるのは、たとえ悪意がなくとも我慢なりません。
「……陛下に謝らなければ」
ギルは部屋に戻り、膝をついた。
「陛下。先程は大変失礼いたしました」
「ギル……もう気にしてないわ。今後は気をつけることね」
「ありがとうございます」
部屋を出た彼は、安堵したように廊下で膝をついた。
「よかったですね」
「侍女殿、助言ありがとうございました」
……本当に真っ直ぐな人です。少し鈍いところも含めて。
「いえ、本来ならもっと早く忠告すべきでした。それを怠ったのは私たちの責任です」
「手厳しい……」
*
「カリスタ、申し訳ありません。私の教育不足です」
「いいのですよ、お義父様。馴れ馴れしいのも嫌ではなかったので」
「そこが長所だと思っていましたが、あそこまでとは……」
「私も明確に引いた線を越えてくる相手は初めてでした。それを許してしまうのは、私の覚悟が足りなかった証です。
必ずこの手で玉座を取り戻し、復讐を果たす――そう誓ったのに」
お嬢様は小さく拳を握りしめた。
その横顔は、静かな炎のように強く、美しかった。




