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「では、行ってきます」
「ご無事を祈っております」
見送りの声を背に、私たちは夜明けの街道を歩き出した。
王家による指名手配は予想どおり。お嬢様とカトリーヌ伯爵の肖像が各地に貼り出されており、私たちは姿を隠して行動するしかなかった。
幸い、ギルと私はまだ名の知られていない存在。裏道を選べばどうにか移動はできる。
「この生活、意外と疲れるわね」
「お腹すいた……」
「伯爵、この際ダイエットをなさっては?」
「やっぱり君たちは生意気だね」
「事実ですよ。伯爵の食費で金が尽きます」
「うっ……!」
こうして軽口を叩き合えるのも、きっとお嬢様のおかげだ。
この逃避行の中で、ただ一人――彼女だけが光を保っている。
「お嬢様、伯爵様! 港町行きの馬車を見つけました!」
「本当?」
「はい!」
私たちは乗り合い馬車に身を潜めた。
隣の席には一人の商人。お嬢様とギルがフードを被っているせいか、じろりと訝しげな視線を向けてくる。
と、そのとき――鎧の金属音が近づいた。
「そこの二人、フードを下ろせ」
馬車の幕が勢いよく捲られる。
お嬢様は一拍置いてから、静かにフードを取った。
金色ではなく、柔らかな灰色の髪がこぼれる。
「……大丈夫だ」
騎士たちは去っていった。
ふう、ウィッグを買っておいて本当に良かった。
カトリーヌ様には変身魔法を施せたが、お嬢様には効かない。だからこの変装は命綱なのだ。
だが、そんな緊迫感などどこ吹く風とばかりに、お嬢様は満面の笑顔で商人に話しかけた。
「ああ、兄妹だったんだね」
「うん、私はリサ。こっちはお兄ちゃんのギル!」
「なんでフードなんか被ってるんだい?」
「お兄ちゃん、顔にでっかい傷があるの。それ隠すためにね。私もお揃いにしてるの!」
即興とは思えぬ見事な演技力。
……ほんと、どこでそんな度胸を身につけたのやら。
私の心臓の寿命が縮んだ気がしますが、かわいいので許します。
「私はカインという商人だ。今度の祭で品を売る予定でね。少し見せてあげよう」
荷台に並ぶのは、宝石を埋め込んだ不思議な道具。
「これは?」
「魔道具といってね。魔力の乏しい人でも魔法の恩恵を受けられるよう作られたものさ。もっとも、この国では需要がないけどね」
「じゃあ、私にくれない?」
「お嬢ちゃんに? ……いいだろう。さっき無粋なことを聞いたお詫びだ」
「ほんと? ありがとう!」
――フード越しでも、笑顔がまぶしい。
まぶしい…尊い。
誰かこの光を布で包んで持ち帰ってもいいですか。
「ありがとうね、お嬢ちゃん。君のおかげで退屈しなかったよ」
カインはそう言って微笑み、私たちと港町で降りた。
「船着場に行く前に……食事にしませんか?」
馬車酔いしたカトリーヌ様が切実な声で提案する。
お嬢様は笑って頷いた。
「いいですね。少しだけ、休みましょう」
――ああ、やっぱりこの人の笑顔はずるい。
この笑顔のためなら、たとえ世界中を敵に回しても、私は剣を取るだろう。
潮風が香る。
港の向こうに、私たちの次の運命が待っていた。
疲れた!




