22
カトリーヌ邸。
「……君だけか」
月明かりに浮かぶ銀髪。
フロリスの髪が冷たい光を散らし、背後には血の匂いと黒い影が伸びている。
「……ん、んん……」
「おはよう、フロリス」
「殺さなきゃ……」
ネレウスはため息をつき、軽くデコピンを食らわせる。
「寝言にしては物騒だね」
「……ああ、君か。すまない」
「別に。それより、どういう状況?」
「ああ……お姉さんがやったらしい。あの侍女もどきがね」
「君まで巻き込まれなくて良かった」
「なにそれ」
フロリスはかすかに笑った。
ネレウスは傷だらけの彼を背負い、夜の街を抜けて拠点へ飛ぶ。
*
「なぜそいつだけ生き残った?!」
報告を終えるや否や、怒声が飛ぶ。拳が振り下ろされる。
それはフロリスではなくネレウスに当たった。
「……」
青の瞳が淡く光り、男をまっすぐに見返す。
「誰を睨んでいる?!」
もう一発。今度は的確に狙われた拳。
だがネレウスは避けず、視線を逸らさずに受け止める。
気絶したフロリスを背負いながら、二倍近い体格の男の拳を二発も受けても、うめき声ひとつ上げない。
「その目が気に入らん! 抉り取ってやろうか!」
男は吐き捨てるように言い、ソファに腰を落とした。
「失礼します」
ネレウスは淡々と頭を下げ、部屋を出た。
部屋に戻り、フロリスに包帯を巻いていると彼が目を覚ます。
「ネレウス……君こそ傷だらけじゃないか」
「気にすることはない」
布の擦れる音だけが夜に響く。
「フロリス、僕は_______」
「…自分を大事にしなきゃだめだよ」
「終わったよ」
ネレウスは包帯を仕舞いながら、その言葉を聞かなかったかのように無表情を保つ。
*
朝。
戦闘の余韻を残したまま、お嬢様は眠たげに目を擦った。
かわいい…かわいいですね!!
「カリスタ、一週間後にルベリアへ向かいます」
「わかりました。良い結果になるといいですね」
「ええ」
一週間あれば準備は整うだろう。しかし、ルベリアは遠い。道中の危うさが胸をよぎる。
*
昼過ぎ。お嬢様の部屋の扉がノックされた。
「ミネルバ夫人!」
「よく眠れましたか?」
「お陰様で。ありがとう」
「出立に向けて服の準備をしたいのですが、採寸してもよろしいですか?」
「もちろん」
ミネルバが手を二度叩くと、仕立ての者たちが雪崩れ込み、てきぱきと採寸が進む。十分もかからず終わった。
「このあとお茶でもいかがでしょう」
「いいですね」
二人は花咲く庭へ向かった。
「季節外れの花が多いですね」
「ええ、魔法で温度を保っていますから」
「この薔薇……白いのですね」
「お気をつけください、陛下。薔薇には棘がございます」
「ミネルバ夫人、少し話を聞いていただける?」
「もちろんです」
お嬢様は白薔薇に視線を落としながら語り始める。
「昔、小さな白薔薇を見たことがあります。美しくて、目印までつけた。もう会うことはないと思っていたのに……最近、同じ白薔薇を見つけたのです」
「それは、奇遇ですね」
「けれどその花は、私の行く先を塞ぐ大きな棘の折になっていました。どうすればいいのかしら」
ミネルバは微笑み、答える。
「花はいつか枯れます。時を置いてみるのもひとつの手。あるいは、自ら手入れをして咲かせ直すのも」
「……参考になります」
「お役に立てて嬉しいです。私は陛下を応援しております」
「ありがとう」
お茶会のあと、お嬢様の表情には、わずかながら迷いの影が消えていた。
どんな話をしたのか——いつか本人の口から聞ける日を信じていますよ。




