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そう、刎ねた——はずだった。
だが、目の前の男は首を繋いだまま生きている。
「なっ……」
刃は確かに通った。なのに、何か硬質な膜に弾かれたように感触が逸れる。もう一度狙うが、同じことが繰り返された。
「これは……結界? いや、誰がこんなものを——」
「侍女殿、状況は?」
ギルの声に意識が引き戻される。奴を仕留めるより、お嬢様の安全が先だ。
「大丈夫です。ただ……屋敷は崩れて住めません」
お嬢様がギルに支えられて現れる。背後からカトリーヌも姿を見せた。
「カリスタ、フランソワのところへ移りましょう」
「わかりました」
「ねえ、あの人……」
とお嬢様が振り返る。
「敵です。殺せません、だから無視します」
「そうじゃなくて……まあいいわ」
お嬢様の言葉に違和感を覚えつつも、立ち止まる暇はない。私たちはフードを深くかぶり、闇に紛れて人気のない道を急いだ。
*
静かな夜を破るように、フランソワ邸の扉を叩く音。
「お待ちしておりました。湯船の用意をしております」
「ありがとう、ミネルバ夫人」
匿われる形で、お嬢様・ギル・カトリーヌの三人は邸内へと入った。
湯浴みを終えたお嬢様は、暖かなランプの下でカトリーヌと向き合う。
「数日のうちに王室から正式に指名手配が出るでしょう」
「ええ。こちらも動かなければ」
「向こうにはアルスがついている。ならば……こちらも味方を作ればいい」
お嬢様の口元に浮かぶ笑み。カトリーヌも静かに笑い返す。
「それは良案ですね。ルベリアなら、話は通じるかもしれません」
ルベリア。アルスと敵対する最大の強国。科学では劣るが、魔法においては群を抜く。もし味方にできれば——心強い。
「昔、縁がありました。交渉の糸口にはなるでしょう。カリスタ、どうされますか?」
「やるしかありません」
「では、こちらで連絡をつけます。日程が決まり次第、お知らせします」
「お願いします。では——おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
お嬢様が部屋へ下がると、カトリーヌは一人、フランソワ子爵のもとを訪れた。
「大ごとになりましたね、伯爵」
「身を隠すのを助けていただき感謝します。まさかアルスと王室が手を組むとは」
「これからのご予定は?」
カトリーヌは月光を透かすワインをゆっくりと回す。その瞳には揺らぎがない。
「ルベリアへ向かいます」
「承知しました。出立の準備を」
「ああ、頼みます」
グラスを置いたカトリーヌは手紙を書き終えると、窓辺に立った。紙片は鳥の姿へと変わり、夜空へ溶けていった。




