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今日もまた、勢いよく部屋の扉が開け放たれる。
この屋敷に礼儀の存在を知っている者はいないのではないか?
昨日と違い、現れたのは姉ではなかった。母だ。
「おめでとう。明日から一ヶ月、カトリーヌ伯爵のもとへ行きなさい。恥だけはかかせるんじゃないよ」
母が手を二度、軽く叩く。
すると、待っていたかのように侍女たちが一斉に部屋へなだれ込み、お嬢様の身支度を始めた。
体の隅々まで磨き上げられたお嬢様は、もはや人間というより彫刻のようだった。
…やはり、我らがご主人様はこの世界で一番美しい。
「はい、これです。代金は?」
「そんなに急かさなくても。白金貨二枚でいいだろう、一ヶ月のレンタルだ」
「ええ、さようなら。返却はそちらで」
「もちろん、心得ているよ」
ーー
連れて行かれた先は、小太りの中年紳士――カトリーヌ伯爵の屋敷だった。
「ああ、来てくれて嬉しいよ。君のために、たくさんの衣装を用意したんだ。気に入るものがあるといいね」
「わかりました」
お嬢様は静かにうなずき、衣装を一枚ずつ身につけてゆく。
まるで着せ替え人形のように。
「うーん、この服が一番かな。とても似合ってる」
そう言って伯爵が選んだのは、フリルの多い――奇妙に愛らしい、しかしどこか時代錯誤なドレスだった。
似合っている、とは言い難い。
いやむしろ、似合わない色をよくもここまで…。
せっかくの神々しさが、半減してしまったではないか。センスの墓場とはこのことか…
それでもお嬢様は一言も文句を言わず、伯爵の色に染まる。
「じゃあ、食事にしようか」
伯爵はお嬢様に食事を与え、彼女はされるがままにそれを口へ運んだ。
「さて……お楽しみの時間、だね」
鼻息を荒げた伯爵。
その音だけでドミノを倒せそうな勢いだった。
お嬢様の手を握り、部屋の奥へと歩き出す。
虚ろな瞳。似合わない。宝石は輝かなければただの石ころと変わりない。
彼女の思考が直接、脳に響いてくる。
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い」
「本当に気持ち悪いし、それにこの服、どこで拾ったのかしら」
「ていうか、これ、いつまで続くの?」
怒りと嫌悪がひしひしと伝わってくる。
当然だ。
それでも我々は動かない。
――死に関わる事以外では。
「あぁ……君、上手いねぇ。こんなに幼いのに」
「ありがとうございます」
ーー
数時間後
伯爵はお嬢様と、チェスを十数局打ち終え、
「いや、君にはいつもギリギリで負けてしまうな。ほんとうに強い子だ」
と柔らかく微笑んだ。
「でも、もう遅い時間だからね。そろそろ休みなさい」
お嬢様は軽く一礼し、静かに部屋を出ていった。
お嬢様、お可哀想に…
よく頑張りましたね。
しかし、今のところここが一番お嬢様にとって安全な場所なのかもしれませんね。
それに彼のお嬢様を見る目、なにかありそうですね…調べておきましょう。
カトリーヌ伯爵…確かに名前は覚えましたよ。




