最後の秘宝『この世の全て』を、遂に手にしたのだ
この巻物がそうか。この巻物こそが、オレが目指していたものか。この巻物が、これこそが。オレが人生をかけたものだったのか。
男はひとり、そうつぶやいた。
その部屋は冷たい空気に満たされていた。
静謐な雰囲気を醸し出す石造りの壁。埃っぽい迷宮内とは打って変わって澄んでいる空気。そしてあまりにも際立つ静けさ。そのどれもがここが終着点だと主張している。
ここに辿り着くまでの道のりを思い返した。人生をかけた冒険も、最後は単純だった。迷宮を進むうちに、3人の仲間を失った。たった数か月の関係とはいえ、彼らの死を思うと胸が裂くような思いだ。だが、そもそも彼の人生すべては、すべての別れはこの時のためだった。それだけこの冒険は過酷で密度が濃いものだった。その冒険も、今終わりを迎える。
部屋の中心には小さな台座があり、その上には静かに巻物が置かれていた。この巻物を手に入れることこそが彼の長い旅の目的だった。彼はゆっくりと巻物に手を伸ばす。今、彼の物語が1つの結末を迎える。常夜の樹海の奥深く、7つの迷宮の一柱に数えられる大蛇の神殿。そこには世界のすべてを記した巻物が眠るとされる。いま、彼は、人生を賭した挑戦の成果をその手につかもうとしているのだ。
「世界を変える秘宝が眠る7つの迷宮。いったい誰が攻略するのか! 東の勇者はもういない! とすれば王都の暗黒騎士殿か? それとも砂漠の魔女殿か? さあさあ! 明日はいよいよ挑戦者たちのお話だ! そこのお坊ちゃんもそちらのお嬢ちゃんもお楽しみに!」
遠き日の少年時代、村祭りに来る道化師のお決まりのセリフが彼の将来を決定づけた。
魔王が倒され平和の戻った世界には、それでも攻略されていない迷宮が7つあった。それぞれ世界を変えるとまことしやかにつたえられる財宝が眠ると囁かれる。この話は世界に散らばる冒険者たちと、各地を旅する吟遊詩人たちの格好の話題になった。前者たちには目標として、後者たちには題材として。冒険者が挑み、それを吟遊詩人たちは物語にした。その話を聞いたいたいけな少年少女たちはやがて冒険者となったのだった。
いわく、世界のすべてが記されている。
いわく、隠された神々のことが表される。
いわく、最後の知識が収められている。
魔王が倒され、なお残った7つの迷宮とその財宝。そのなかでも大蛇の神殿には、知識を司り、まだ世界のだれも知らないことが書かれているとされる財宝がある。『終末の巻物』と呼ばれるその財宝は人々を魅了したのだった。
男も、そんな物語を聞いて育った一人だ。いつか、自分こそが秘宝を手に入れる。そう信じて王都へ冒険者を目指して上京したのが20年前だ。苦労も喜びもある冒険者人生だった。駆け出しのころは試行錯誤の連続だった。臨時パーティーをいくつもこなし、信頼できる仲間と過ごした時期もあった。信用を勝ち取り、ギルドや有力貴族から指名依頼を受けるようにもなった。手痛い裏切りも、助けになった友情も経験した。愛する女との出会いや子供との幸せな生活も、そして夢を諦められないあまりにそれらとの別れをも経た人生を歩んできた。冒険者ギルドの幹部となり、都で指折りの冒険者と言われるまでになり、そんなおり、待ち望んでいた王国からの国策依頼が募集されたのだった。
十数年おきに募集のかかる国策依頼。王国が精力を傾けてそれに取り組むという対外的な宣言であり、目標達成の算段が整ったと王宮や貴族どもが判断したという証拠であり、そして、男の待ち望んでいたものだ。魔王との戦争が終わり、各国は次なる目標にそれぞれの国が抱える迷宮の探索を掲げた。国同士の力関係をも変えると伝えられた財宝は、各国の脅威であり、そして悲願でもあった。とはいえ勇者たちが活躍していた時代ですら攻略できなかった各迷宮は、彼らが没してから百年以上たった今でも首脳陣の頭痛の種としてずっと存在していたのだ。王国はそのうちの1つである大蛇の神殿を抱え、国力が整った時を見計らって国を挙げての探索にいそしんでいた。だが、いつかは材料がそろうのだろう。そしてその時こそ、王国は国策依頼を発するのだろう。男はそれを知っていたからこそ、自身の生涯を王都にささげてきた。
依頼が街中のギルド支部、宿屋、広場に掲示され数日。男はギルド本部に辞表を提出した。
「どうしても、行くのか?」
王都の冒険者ギルド長とは十数年の付き合いになる。彼が冒険者を引退する前にも何度も組んで迷宮に潜ったし、引退した後もギルドの運営を幾度も助けてきた。男自身が冒険者を現役で続けながらもギルドの運営に携われるように制度を整えてくれたのは彼だし、なにもよりもそんな男を幹部にまで登用してくれたのが彼だ。男と現ギルド長との関係は一言でいえば、盟友、だろう。そんな簡単な言葉では言い合わらせないほどのいろいろがあったが、しかし、一言でいうならそれだ。そして、男はその関係に終止符を打とうとしてた。
「ああ。わかるだろう? それが、俺の人生なんだ。」
「今更か。」
ギルド長は言葉を選びながら続けた。
「この瞬間まで俺はお前のことをわかっているつもりだった。お前が昔のパーティーや旧友のみならず、妻や子供にまで別れを告げるのを、ただ横で見ていたからな。俺は、お前の理解者のつもりで横で見ていた。理解できているつもりだった。
別れを告げられて初めて、お前に置いてかれたやつらの気持ちをやっと理解できたよ。いや、理解ではないか。共感できただけか。
何を言ってもお前を引き留められない。それはわかる。だからこんなにそれが寂しいとは、正直俺も思わなかった。アイシャも、トールもそうだったんだろう。今更だが。こうも悲しいとはな」
「すまない」
「その謝罪もずっと横で見てきた。おれの番が来ただけだろう」
「すまない」
「もういい。行け。俺はしばらく悲しさとつきあう。さあ、一人にしてくれ」
ギルド長の深く刻まれたしわに涙がしみていく。今生の別れになるだろう。それはお互いに理解している。
男は立ち上がり、部屋から退出し、そして扉を閉めて出ていった。一目たりとも振り返らず、一言もしゃべらず。
いくら名誉ある国策依頼とはいえ、応募できるものは相当に限られている。むろん、門戸は開かれているので記念応募するものも多少はいるが、面接や実技披露の場まで現れるものはそうはいない。そして結局のところ、国策依頼はたった4名、たった1つのパーティーで行われることとなった。
「…まったく、ここまで楽すぎて逆に気味が悪いくらいだな」
焚き火を囲んで腰を下ろした赤鎧の戦士が、火に炙った干し肉を口に運びながら呟いた。どこか刺々しい口調は、虚勢か、それとも苛立ちか。
焚き火のパチパチという音が、ただ静かに闇へ吸い込まれていく。
彼らが陣を張ったのは、大蛇の神殿を目前に望む、平らに削られた岩のテラスのような場所だった。崖沿いの狭い踊り場にいくつかの古びた石柱が立ち並び、どれも風雨に削られて不格好に傾いている。空には雲が流れ、月明かりが石の床にまだらな影を落としていた。
神殿の入り口は、崖の向こうに口を開けている。まるで山そのものが大蛇に喰われたような、ぽっかりと黒く口を開いた穴。その周囲には、王国騎士団の残した荷車と焚き火の跡が散乱しているが、今や兵の姿はない。彼らは夕刻には撤収し、明日の戦いは冒険者たちだけに託された。
風がひと吹き、崖下の樹海から冷たい夜気を運んでくる。火に照らされた仲間たちの顔が、静かに揺れた。
「王国騎士団様のおかげってやつさ。ありがたく思わなくちゃね」
すかさず返したのは、白衣の僧侶だった。年若く、どこか飄々とした空気を纏っているが、言葉には芯がある。
このパーティーがここまでたどり着けたのは、王国騎士団が迷宮周辺のモンスターを殲滅してくれていたからだった。迷宮の真正面まで馬車で移動し、日没前に野営地を整え、こうして火を囲む余裕すらある。それはつまり――明日からが本番だということだ。
男は焚き火の先に目を向けた。火の影にひっそり佇む黒衣の術士が、黙って薬草を刻んでいる。今日の道中、ほとんど口をきいていないが、動きに一分の無駄もない。男は内心で評価する。あれは生き残る類の人間だ、と。
男は立ち上がり、焚き火をぐるりと回って黒衣の術士の隣に腰を下ろした。
「薬草の扱いが丁寧だな。やっぱり、自分で採ってるのか」
声をかけると、術士は一度手を止め、ほんの少しだけ目線を上げた。だが返事はすぐには返ってこない。沈黙が数拍流れた後、術士は再び作業に戻った。
黒衣の術士は、身体にぴたりと沿う布地のローブをまとっていた。漆黒のそれは月光をほとんど反射せず、輪郭が闇に溶けかけている。胸元には銀糸で縫い取られた古代語の呪句、指先には薄い皮手袋。顔立ちは中性的で年齢はつかみにくいが、目つきだけは妙に冷たく澄んでいる。髪は短く刈られ、肩のあたりに古びた呪具のネックレスを下げていた。
男はその様子を横目で観察しながら、記憶をたぐった。――たしかに、あの噂の通りだ。
黒衣の術士。各地を流浪しながら、いくつもの封印遺跡を独力で調査・攻略したとされる。ある一件では、王都郊外で暴れた翠角の巨牛を単独で封殺したとも噂されていた。派手に語られる逸話の数々が誇張であったとしても、実力が本物であることに疑いはなかった。そうでなければ、国策依頼のパーティーに選ばれるはずがない。
「……まさか一緒になるとはな。あんたの噂は、いくつも耳にしてた。凄腕の術士がいるって。まさか本物が来るとは思ってなかった」
男が続けて言うと、今度は術士がわずかに笑った――唇の端が、ほんの少しだけ持ち上がった。
「同じことを思ってる。ギルドじゃ、あんたの名はずいぶん前から出てたよ。現場を離れて幹部やってるって聞いてたから……正直、今回の依頼に顔を出すとは思ってなかった」
二人の間に少しだけ火の粉が舞った。
その揺れが、奇妙な信頼の兆しのようにも見えた。
「正直、ぼくがこのパーティーに混ざってるのって、冗談か手違いじゃないかって、今でもちょっと思ってるんだ。だってさ――」
僧侶はにやけた口元のまま、視線だけで一人ずつなぞる。
「“赤鎧”って呼ばれた王国軍の英雄でしょ。南部戦役で砦ごと敵を押し返したって伝説、昔ギルドの講習で聞いたよ。それから、“黒衣の封術師”――封印遺跡を単独で踏破したってやつ。あれ、ひとつふたつじゃないんでしょ?」
言葉にわずかな感嘆が混じる。
「んで、最後に、王都のギルド幹部様。現場に戻ってくるなんて、普通じゃないよ。
あの“沈黙の塔”を踏破して、王都圏最難関ダンジョンの全階層を地図に起こしたって話、ぼくの世代じゃ教本に載ってたんだ。そういうの、もう引退した人の武勇伝だと思ってたからさ」
ひと息ついて、焚き火の火を細く吹いた。
「……そりゃさ。あんたたち三人、名前だけで食ってけるクラスでしょって、言いたくもなるよ」
軽い調子だが、声音の奥には明確な敬意があった。
白衣の僧侶は、肩まで伸ばした栗色の髪を編み込んで首元でまとめている。儀礼的な文様の刺繍が施された白衣は、あちこち草や煤で汚れているのに、首元と袖口だけは驚くほど整っていた。言葉の端々に気遣いと観察眼の鋭さがにじみ出ており、その一方で、年齢不相応なほどの落ち着きと、芯の強さが感じられる。戦場慣れした者だけが持つ“無事で帰るつもり”の気配だ。
「……名前で言えば、あんたも負けてないって聞いたが?」
赤鎧の戦士が、今度は素直な声色で言う。
彼は鍛え抜かれた大柄な体に、重厚な赤銅色の甲冑を身につけていた。装飾は最低限、装備は実戦に最適化されており、肩当てや籠手には斬撃を受け止めた無数の傷が刻まれている。顔はまだ若いが、目の奥には幾度もの修羅場をくぐってきた者の厳しさが宿っていた。短く刈り込まれた黒髪の下、頬には古い切り傷が一本走っている。無愛想にも見えるその佇まいには、かつて王国軍に名を刻んだ者としての誇りが滲んでいた。
「砂漠の墓域で目覚めたっていうリッチ、それを単独で討伐したって話、王都にも伝わってきてたぜ。あれが本当なら――」
「うわ、やめてよ。そういうの、ちゃんと確認されたわけじゃないんだから」
僧侶は軽く手を振って遮る。
「ただ、誰かが戻ってきて、あれ以来アンデッドが出てこなくなったってだけの話さ」
笑う口元とは裏腹に、その言葉にはほのかな誇りが滲んでいた。
焚き火の灯りが、四人の顔をちらちらと照らし出していた。誰も多くは語らず、それでも火の輪のなかには、確かに信頼の種のようなものが芽吹いていた。
このパーティーなら、うまくいくに決まっている。
男はそう思った。年齢も経歴、性格までもばらばらだ。だが、それぞれが戦場をくぐり抜けてきた者たちだった。そんじょそこらのパーティーではない。どこかに慢心のようなものがあったかもしれない。それでもいい。あの扉の向こうにある“全て”に、とうとう手が届くかもしれないのだ。
風がまたひと吹き、神殿の奥から吹き降ろしてきた。冷たい空気が焚き火を揺らし、その火花が夜空に消えていった。
二日間だった。
迷宮に入ってから、わずか二日。術士が死に、僧侶が死に、戦士が死んだ。誰も、特別な慢心をしていたわけではない。誰も、油断していたわけではない。ただ、それでも、死んだ。
ここはそういう場所だった。伝説と噂が誇張ではなかったことを、彼らの最期が証明していた。
今となっては、焚き火を囲んで語り合った夜が、まるで幻だったかのように思える。全員が実力者だった。全員が誇り高く、最後の瞬間まで見事だった。それでも、いま神殿を歩いているのは、ただひとり。
最初に崩れたのは、黒衣の術士だった。
それまでにも、迷宮は容赦なかった。目も耳も使えなくなる霧の回廊、幻覚を喰わせる獣、呪詛をばらまく石像。どれも強敵だったが、四人はそれを越えてきた。だが、その部屋だけは別格だった。
関所のように四方へ通路が延び、中央には禍々しい魔力の渦。視界が歪むほどの密度で封印が折り重なっていた。誰の目にも、それは明らかな罠だった。それでも進まねばならなかった。
「行く」
術士はそう言い、淡々と装具を外しはじめた。その口調に迷いはなかった。術式の構造は見抜いていたのだろう。これは、一人を確実に殺すための罠だと。
発動の瞬間、空間が跳ねた。床に走る封印陣が光を帯び、術士の左腕に瞬時に焼き印のような魔紋が刻まれる。筋肉が裂け、骨がねじ切られ、皮膚が黒くただれた。彼は声をあげなかった。ただ、震える手で術式を再構築しはじめた。
結界の内側、男たちは手出しができなかった。
術士は、すべてを知っていたのだろう。あの部屋が、迷宮中の魔術罠を制御する中枢であること。だからこそ命を捨ててでも、破壊しに行った。
最期の瞬間、術士は血に濡れた指で印を結び、意志を込めて呪を放った。
空気が爆ぜ、迷宮全体に何かが“切れた”ような魔力の衝撃が走る。そこから先、彼らは罠に遭遇しなかった。
黒衣の術士の亡骸は、中央の石床の上に静かに倒れていた。
破壊された魔術核の欠片が、彼の足元で冷たく転がっていた。
次に逝ったのは、白衣の僧侶だった。
一行が迷宮の心臓部に迫ったころ、彼らは一つの部屋に迷い込んだ。何の変哲もない円形の石室。だが、空気が重い。音が沈む。気づけば、肌の感覚すら鈍くなる。
そして中央には、灰に覆われた無数の骸――それもすべて、装備を身につけた冒険者たちのものだった。
ここは“魂を喰う部屋”だった。過去にこの迷宮を目指し、果てた者たちの魂が、精霊によって囚われたまま循環させられている。再び力となり、罠や魔物として現れる。
その仕組みに最初に気づいたのは、僧侶だった。彼は立ち止まり、口を開いた。
「ここにいるのは、まだ還ってない連中だ。……祈りが届いてないやつら。残ったまま、使いまわされてる」
しばし沈黙が流れた。
そして彼は、振り返って言った。
「ちょっとだけ、話をしてくる。あの番人と」
中央の祭壇に立つ、かたちばかりの像――それが精霊の依代だった。僧侶は一人で近づき、長い交渉に入った。
言葉は届かなかった。だが、彼の背中ははっきりと揺れていた。
やがて、僧侶は戻ってきた。ほんの少し、口元に笑みを浮かべて。
「交渉、成立。魂は解放された。これから先、もう誰の魂も囚われることはない」
そして続けた。
「代わりに、ぼくが行くことになった」
主人公が一歩踏み出そうとするのを、彼は手で制した。
「だめだよ。これは、ぼくの信仰の話だ。司祭として、見捨てるわけにはいかない。それが、ぼくの優先順位だ。……ごめんね、こっちを選んじゃって」
それが最後の言葉だった。
僧侶は、静かに祭壇の中心へと歩いていった。
その姿は、精霊に包まれるようにして光に溶け、やがて消えた。
迷宮の気配が変わったのは、それが最後の扉だと誰もが悟ったからだ。
道は一本。壁の文様は尽き、空気には魔力の濁りもなかった。
だが、扉の前に立った瞬間、全身が拒絶するような圧迫感が襲いかかった。息が浅くなり、背筋にじわりと汗がにじむ。ここだけが、異質だった。
扉を開けると、そこは神殿の最奥だった。
広い。空間は天井が見えないほど高く、石造りの祭壇が中央に置かれている。その背後には、巨大な蛇をかたどった彫像が口を開けていた。
台の上には、過去の生贄を模したと思しき朽ちた人形が並び、その前に立っていたのは――もはや、何と呼ぶべきか分からない存在だった。
人とも獣ともつかない異形。仮面のような顔、腕ほどもある大きな斧。そしてまるで儀式の続きでも始めるかのように、静かに佇んでいた。
赤鎧の戦士が、先に一歩を踏み出した。
「これは、私が挑まねばならないのだろう」
それだけを言い、剣を抜いた。
男は止めなかった。止める理由もなかった。これは“戦士の戦い”だった。
戦いは、壮絶だった。斧が振るわれるたび、床が砕け、石柱が割れた。赤鎧の戦士はそれを受け止め、斬り返し、何度もよろめきながら前に出た。盾は砕け、兜は弾け飛び、鎧は血で赤黒く染まっていった。
そして、最後の一太刀。咆哮とともに振り下ろされた斧を、彼はその身で受け、深々と剣を突き立てた。化け物が崩れ落ちる。祭壇に、静けさが戻った。
男が駆け寄ると、戦士は仰向けに倒れていた。血が噴き出していたが、その顔にはどこか満足そうな笑みがあった。
「……ここまで、か」
戦士はかすかに笑い、目を細めた。
「せめて、おまえだけでも……宝を、手にしてくれ」
その言葉が最後だった。赤鎧の戦士の胸が、静かに上下を止めた。
もう誰もいなかった。
戦友たちは死に、迷宮の罠は途絶え、化け物は倒れた。
広場の奥、わずかに開いた石扉の先に、その部屋はあった。
背の低い石造りの空間。壁は乾いており、空気は澄んでいた。
音も気配も、なかった。埃一つない床の中央に、ただひとつの台座。
その上に、巻物が置かれていた。まるで、何百年も前からそうしていたかのように、静かに、慎ましく。
男は扉をくぐり、ゆっくりと歩を進めた。
巻物の前に立ち、しばらく動けなかった。
ここまで来るのに、あまりにも多くを失った。仲間。時間。誇り。そして、誰かと語り合うという、ただそれだけの贅沢も。
これは何だ? 本当に「この世の全て」が、ここにあるのか?
もしかすると、それは世界の秘密でも、神の言葉でもないのかもしれない。
ただの紙切れ。ただの嘘。ただの冗談。
だが、彼はわかっていた。たとえ何が書かれていようと、それを開くために、すべてを賭けてきたのだ。
逃げるわけにはいかなかった。
男は一歩踏み出し、両手で巻物を持ち上げた。
それは、驚くほど軽かった。
だが、その軽さが、重かった。
まるで自分の命より、仲間の魂より、もっと確かな重みがそこに宿っているようだった。
巻物の表紙には、ひときわ丁寧な筆致で、こう記されていた。
『終末の巻物』
男は息を整え、慎重に、巻物を開いていく。
布のようにしなやかな紙が一枚ずつ、指の間を滑っていく。
ふと、世界が暗くなるのを感じた。
それが男だけに起きているのか、それとも本当に世界が闇に包まれつつあるのかはわからない。
あれよあれよという間に目の前が真っ暗になり、しかし目線の下からスルスルと白い文字が浮かんでくるのに気づいた。
(罠か? それとも、これが巻物の力なのか?)
男は文字に目を凝らす。
文字はどんどん下から浮かんでくる……
「Thanks for Playing!!」
その一文から始まり、見知らぬ名前が流れていく。
制作指揮。脚本。背景設計。エネミーデザイン。音響演出…...
最後までお読み頂き、大変ありがとうございました
もし良ければ、リアクション、ポイント記入、ご感想などフィードバック頂けたら幸いです
何卒よろしくお願いします