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『リュック 沈黙の罪』  作者: 泉水遊馬
第2部:無関心は共犯者
9/10

第4章:怒りの根源

2003年11月、

坂井真琴は、中部新報の編集室で、勇気のリュックの写真を手に持つ。刺繍された「森山勇気」の文字が、胸を締め付ける。

10月15日、勇気(4歳)が柴田彰の暴力で死に、森山綾が「椅子から落ちた」と嘘をついた。

警察署で見たノートの「たすけて」が、耳から離れない。

7月31日、勇気が駅員に保護された報道を思い出す。あの場に自分がいたら、と罪悪感が疼く。

綾の孤独、勇気の恐怖、綾の嘘、児相の不備を知った今、柴田彰の過去を掘り下げる。

なぜ彼は勇気を殺したのか。

その狡猾さと残虐性は、どこから生まれたのか。

真琴はノートを開き、柴田の家族への取材計画を立てる。

父親の隆、叔母の由美子、近隣住民。

柴田の暴力は、親の虐待と社会の無関心から育ち、彼自身の傲慢さが勇気を奪った。

佐藤が近づき、煙草をくわえた。

「真琴、柴田の家族か?」

真琴は頷き、言った。

「彰の過去を探ります。勇気君を殺した理由がそこにきっとあるはずです」。

佐藤は目を細め、言った。

「深い闇だ。柴田の心をえぐれ。勇気のリュックで読者を揺さぶれ」。

真琴は拳を握り、名古屋の団地へと向かう。



名古屋市郊外の団地。錆びた階段、剥がれた壁。柴田隆(40代、工場労働者)の部屋は、酒瓶とタバコの吸い殻で散らかっている。

隆はよれよれのシャツでソファに座り、テレビの雑音が響く。真琴は丁寧に切り出した。

「柴田さん、彰さんの子供時代について教えてください」。

隆はビールを飲み、言った。

「彰? 生意気なガキだった。殴らなきゃわからねえ。親として当然だろ」

真琴はノートに書き、胸が締め付られる。隆の無責任な言葉が、勇気の死に繋がった連鎖を思わせる。

真琴は問うた。

「どんなしつけを?」

隆は目を細め、言った。

「ガキの頃から口答えしてた。ベルトで叩いたり、壁に押し付けたり。泣きゃいいんだよ」

真琴はペンを握る手が震え、勇気のリュックを思い出す。「たすけて」と書かれたノート。

隆は続ける。

「学校から苦情来ても、俺のせいじゃねえ。彰が悪いんだ」

真琴は拳を握り、問うた。

「児相や近隣は?」

隆は笑い、言った。

「誰も来ねえ。みんなくそくらえだ」

真琴はノートに「暴力」と書き、隆の拳が柴田の怒りを育てたと悟る。


真琴は柴田の叔母・由美子(40代、事務員)に連絡し、名古屋市内の喫茶店で会う。窓から冷たい風が入り、由美子は疲れた目でコーヒーを握る。真琴は切り出した。

「由美子さん、彰さんの子供時代、どんな子でしたか?」

由美子は目を伏せ、言った。

「彰、いつも一人だった。隆の家、怒鳴り声と物が壊れる音が響いてた。私、怖くて近づかなかった」


真琴はノートに書き、勇気のノートを思い出す。「だれか」は、柴田にも届かなかった。

由美子は続けた。

「中学で彰はいじめられてた。『弱虫』って笑われて、殴り返してた。学校も見て見ずだった」

真琴は問うた。

「児相や教師は?」

由美子は首を振って、言った。

「児相に通報したが、動かなかった。私も…彰を放っておいた」

涙が滲む。由美子は続ける。

「勇気君のニュース、見た。彰があんなことに…私が関わってれば」

真琴は拳を握り、言った。

「話してくれてありがとうございます。勇気君の声、連載で届ける」

由美子は頷き、言った。

「お願い。彰も、傷ついてたんだ」。


真琴は綾の証言を思い返す。柴田は綾を「必要」と言いながら、金ずるとして搾取し、性のはけ口として支配した。真琴は山崎(35歳、刑事)に電話で確認する。

「柴田の動機、もっと知りたい」

山崎はため息をつき、言った。

「柴田、綾から金をせびり、都合よく操ってた。『お前は俺がいなきゃダメだ』ってな。勇気は邪魔者。残虐に殴った」。

真琴はノートに「狡猾」と書き、柴田の傲慢さが勇気を殺したと悟る。隆の暴力といじめが柴田を歪めたが、彼自身の残虐性が勇気の命を奪った。

真琴は柴田の高校時代の友人・田中(18歳、男性)に連絡し、団地近くの公園で会う。田中は俯き、言った。「彰、いつも金貸せって言ってきた。断ると『裏切るな』って睨んだ。」

田中は目を伏せ、言った。

「彰、子供嫌いだった。『ガキはうぜえ』って。残酷な目してたよ」

真琴はノートに「残虐性」と書き、柴田の狡猾さが綾を、残虐性が勇気を壊したと確信する。


真琴は柴田の育った団地を歩く。薄暗い廊下、ゴミが散らばる。50代の女性が言う。

「あの家、夜中に叫び声が響いた。親父が怒鳴って、子供が泣いてた。関わりたくなかった」

30代の男性は言った。

「彰くん、中学でいじめられてた。目が死んでたけど、誰も声かけなかった」

真琴はノートに書き、勇気のリュックを思い出す。「たすけて」は、柴田の過去にもあったはずなのに。


11月下旬、編集室。真琴は勇気のリュックの写真を見つめ、柴田の過去を反芻する。隆の暴力、由美子の無関心、住民の沈黙。それらが柴田の怒りを育て、彼の狡猾さと残虐性が勇気を殺した。

佐藤が近づき、言った。

「真琴、柴田の取材、どうだった?」

真琴は答えた。

「彰の傲慢さと残虐性、連載で暴きます。勇気君のリュックで訴える」

佐藤は煙草をくわえ、言った。

「いいぞ。柴田の闇をえぐれ。無関心がどう繋がったか、読者に突きつけろ」。

真琴はペンを握り、原稿に書き始める。

「柴田彰、18歳。彼の暴力は、父親の拳と社会の無関心から育ち、自身の狡猾さと残虐性が勇気を奪った。勇気君のリュックは、誰も聞かなかった叫びの証だ」

リュックの刺繍が、胸に刺さる。

「無関心は共犯者だ。勇気君、君の声で、俺は戦う」

真琴は連載の使命を胸に刻む。



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