第3章:鏡の向こう
10月15日、勇気(4歳)が柴田彰の暴力で死に、森山綾が「椅子から落ちた」と嘘をついた。
警察署で見たノートの「たすけて」が、耳から離れない。
編集室で、佐藤が煙草をくわえ、真琴に声をかけた。
「真琴、面会は取れたか?」
真琴は頷き、言った。
「はい、森山綾さん会います。」
佐藤は目を細め、言った。
「森山綾の心は深いぞ。読者に突き刺せ。勇気のリュックを忘れさせるな」
真琴は拳を握り、警察署の冷たい廊下を進む。
警察署の面会室。ガラス越しに、森山綾(26歳)が座る。
青ざめた顔、俯いた視線。弁護士(40代、女性)が隣に立ち、時間を計る。
真琴はマイクに向かい、丁寧に切り出した。
「森山さん、面会の了承ありがとうございます。。勇気君のこと、教えてください」
綾は手を震わせ、言った。
「…勇気、ごめん。私のせいで…」
声は途切れ、涙が頬を伝う。真琴はノートを開き、勇気のリュックを思い出す。「たすけて」と書かれたノート。綾の後悔が、胸に響く。
真琴は慎重に問うた。
「10月15日、なぜ『椅子から落ちた』と言ったんですか?」
綾は目を伏せ、言った。
「彰を守りたかった…。彼、怒ると怖くて。私、彰がいなきゃダメだったから」
真琴は過去の証言を思い出す。綾の愛情不足、容姿コンプレックス。真琴は問うた。
「柴田さんに、なぜそこまで?」
綾は唇を噛み、言った。
「彰は私を見てくれた。『お前はこれでいい』って。初めて、必要とされた」
ガラス越しに、綾の目が潤む。真琴はペンを握る手が震え、ノートに「依存」と書く。
真琴は第2章の美穂の証言を思い出し、踏み込む。
「森山さん、自分を『醜い』と思ったこと、ありますか?」
綾は顔を覆い、言った。
「…いつも思ってた。鏡、見れなかった。母さんに『地味』って言われて、学校で『ブス』って笑われて」
沈黙が部屋を満たす。弁護士が時計をちらりと見る。綾は続ける。
「彰だけが、私を認めてくれた。勇気には…冷たかった」
真琴は勇気のノートを思い出し、胸が締め付けられる。「たすけて」は、綾にも届かなかった。
真琴は問うた。
「勇気君の『たすけて』、知ってましたか?」
綾は嗚咽を漏らし、言った。
「…ノート、見たことあった。でも、彰に逆らえなくて。勇気、ごめん…」
真琴はリュックの写真を握り、涙が滲む。綾の自己否定が、柴田への依存を生み、勇気を孤立させた。
綾はガラスに手を押し付け、言った。
「私、勇気を守れなかった。醜い私が、母でなければ…。」
弁護士が「時間です」と告げ、面会は終わる。
11月中旬、編集室。真琴は勇気のリュックの写真を見つめ、綾の言葉を反芻する。
「彰を守りたかった」
「醜い私が」
綾のコンプレックスが、嘘と無関心を生んだ。佐藤が近づき、言った。
「真琴、面会はどうだった?」
真琴は答えた。
「森山綾の嘘、コンプレックスからくる自己否定。連載で勇気君の声を届けます。」
佐藤は煙草をくわえ、言った。
「いいぞ。森山綾の心を暴け。読者に無関心を突きつけろ」
真琴はペンを握り、原稿に書き始める。
「森山綾、26歳。彼女の嘘は、勇気を救えなかった。『自分は醜い』という心が、柴田への依存を生み、無関心を重ねた」
リュックの刺繍が、胸に刺さる。
「無関心は共犯者だ。勇気君、君のリュックで、俺は戦う」
真琴は決意を新たにし、連載の次のステップへ進む。