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『リュック 沈黙の罪』  作者: 泉水遊馬
第2部:無関心は共犯者
6/10

第1章:壊れた鏡

2003年11月、名古屋市中区。坂井真琴は、中部新報の編集室で、机に広げた勇気のリュックの写真を見つめる。

刺繍された「森山勇気」の文字が、胸を締め付ける。10月15日、勇気(4歳)が柴田彰の暴力で死に、森山綾が「椅子から落ちた」と嘘をついた。

警察署で見たノートの「たすけて」が、耳から離れない。

真琴は心の中で呟いた。

「俺の無関心も、あの子を見殺しにした」

佐藤の励ましで連載を決意したが、勇気の死の真相を掘るには、綾と柴田の過去を知る必要がある。

真琴はノートを開き、取材計画を立てる。

綾の孤独、柴田の怒り。それが勇気を孤立させた連鎖だ。

佐藤が近づき、煙草をくわえた。

「真琴、連載の第一歩だ。どこから攻める?」

真琴は答えた。

「綾の過去から。彼女の嘘の理由を知りたい」

佐藤は頷き、言った。

「深い闇だ。目を逸らすな」

真琴は拳を握り、名古屋の街へ出る。


綾の過去:愛情の欠乏

真琴は、綾の学生時代の友人・美佐子(26歳)に連絡を取り、昭和区の喫茶店で会う。

店内は古いジャズが流れ、窓から団地の灰色の建物が見える。

美佐子は疲れた顔で、コーヒーカップを握る。

真琴は丁寧に切り出した。

「綾さんの昔、どんな人でしたか?」

美佐子は目を伏せ、言った。

「綾、いつも暗かった。中学の頃、母親に『地味だ』って言われてた。愛されてないって、よく呟いてた」。

真琴はノートに書き、胸が締め付けられる。綾の孤独が、勇気の孤立に繋がったのか。

美佐子は続けた。

「高校で、綾は鏡を避けてた。『自分、醜い』って。

男子に『ブス』って笑われて、教室の隅で泣いてた」

真琴はペンを握る手が震え、勇気のリュックを思い出す。「たすけて」と書いたノート。綾の自己否定が、勇気を守る力を奪った。美佐子はため息をつき、言った。

「綾、誰かに必要とされたかった。柴田に出会って、変わったけど…悪い方に」

真琴は問うた。「柴田と、どう出会ったんですか?」 美佐子は首を振った。

「コンビニで働いてた時、柴田が客で。綾、彼に夢中になった。『彰は私を見てくれる』って」

真琴はノートに「依存」と書き、綾のコンプレックスが柴田への執着を生んだと悟る。


柴田の生い立ち:暴力の連鎖

真琴は山崎(35歳、刑事)に連絡し、柴田の情報を求める。

警察署の喫煙室は煙で曇り、書類が山積みだ。

山崎は書類をめくり、言った。

「柴田彰、18歳。父親の隆に殴られて育った。中学でいじめられ、高校中退。社会から弾かれた奴だ」

真琴はノートに書き、問うた。

「その環境が、勇気君への暴力に?」

山崎は煙草を押し付け、言った。

「ああ。柴田、怒りをぶつける相手が欲しかった。綾と勇気が標的になった」

真琴は拳を握り、勇気のノートを思い出す。「たすけて」は、柴田の怒りに潰された。


真琴は柴田の高校時代の担任・岡田(50代、男性)に会う。

名古屋市郊外の喫茶店。岡田は眼鏡を外し、言った。

「柴田、いつも一人だった。授業中に殴り合いして、停学。親父が酒浸りで、誰も助けなかった」

真琴は問うた。

「学校や児相は?」

岡田は首を振った。

「児相に通報したが、動かなかった。彰は『誰も俺を見ねえ』って言ってた」

真琴はノートに「孤立」と書き、柴田の怒りが勇気に向かった連鎖を想像する。


近隣住民:無関心の影

真琴は柴田の育った団地を訪れる。錆びた階段、剥がれた壁。50代の女性が言う。

「あの家、夜中に怒鳴り声が響いた。関わりたくなかった」

30代の男性は言った。

「彰、ガキの頃から一人でうろついてた。いじめられて、殴り返してた」

真琴はノートに書き、勇気のリュックを思い出す。

誰も手を差し伸べなかった。綾も、柴田も、勇気も、孤立していた。


真琴の葛藤と決意

編集室に戻り、真琴は資料を整理する。

綾の愛情不足と容姿コンプレックス、柴田の虐待といじめ。

それぞれの孤独が、勇気を守れなかった。真琴はリュックの写真を見つめ、涙が滲む。

「俺も見て見ずだった。勇気君の『たすけて』は、俺にも届いてた」

佐藤が近づき、言った。

「真琴、連載の骨子は?」

真琴は答えた。

「綾さんと柴田の過去から。無関心が連鎖を生んだ」

佐藤は頷き、言った。

「いいぞ。勇気のリュックで、読者に突き刺せ」

真琴はペンを握り、原稿に「森山勇気、4歳」と書き、連載の第一歩を踏み出す。

「無関心は共犯者だ。俺がこの連鎖を断つ」。



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