第4章:号泣
九月、コーポ昭和。綾は携帯を握る。彰の冷たさが刺さる。
「勇気、うるさい! 寝なさい!」
勇気はリュックを抱え、青あざが隠れない。ノートに「たすけて」、星は黒い。
彰が来る。
「よお、綾。ビールある?」
勇気を一瞥。
「ガキ、生意気じゃね?」
綾は煙草をくわえる。
「子供よ。静かにしてればいい」
勇気がリモコンを落とす。彰は肩を叩き、床に押しつける。
「お前、わざとか? ママが困るだろ!」
勇気は泣く。
「ごめんなさい……!」
綾は言う。
「彰、やりすぎないで」
目を逸らす。勇気は縮こまる。
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真琴は社でメモを広げる。
児相、保育園、住民の無関心に苛立つ。八月八日の御器所駅取材を思い出す。
八月八日、桜通線御器所駅。真琴はホームの喧騒で名刺を差し出す。
「東海日報の坂井です。七月末、子供がホームにいた話、聞かせていただけますか」
中年駅員は制服を整え、丁寧に答える。
「七月三十一日、夜八時頃でした。四歳くらいの男の子、小さい体で自動改札をくぐり、ホームをうろうろ。黄色いリュックに星の絵、名前『森山勇気』と電話番号。乗客は見て見ぬふり。私が保護しました」
真琴はペンを握る。
「その子、何か言いましたか?」
駅員は頷く。
「『埼玉のおじいちゃんの家に行く』と。震える声で、不安そうでした。リュックにちり紙、服、星の絵。私は電話番号で母親に連絡。母親は笑顔で『ありがとうございます、助かりました』と礼を言い、勇気君の手を引いて階段を上りましたが、急に鬼の形相で……気になりましたが、忙しくて」
真琴の胸が締め付ける。勇気が逃げようとしたのに、誰も動かなかった。綾の「鬼の形相」が焼きつく。
「他の特徴は?」
「髪ぼさぼさ、青いTシャツ。助けを求める目でした」
真琴は礼を言う。社に戻り、机に突っ伏す。「勇気君、ごめん」。低く嗚咽する。
号泣から一ヶ月。真琴は児相へ。
「勇気君の通報、なぜ進まない?」
職員は疲れた声。
「人手不足。訪問予定よ」
「子供が危険なんです!」
保育園で。
「勇気君の傷、転んだだけじゃない!」
園長は言う。
「親が忙しいの」
真琴は拳を握る。
佐藤が近づく。
「坂井、進んだか?」
「誰も動かない。児相、保育園、住民……」
声が震える。佐藤は煙草をくわえる。
「誰も動かねえなら、お前が動かせ。記事で刺せ」
「勇気君の声を、届けます」
真琴は頷く。