第2章:青あざ
七月、昭和区の夏は湿る。コーポ昭和の六畳で、綾は携帯を握る。Tシャツに汗。鏡は見ない。柴田彰の言葉がコンプレックスを覆う。
「今夜? 来ていいよ。勇気は寝る」
声は軽い。彰が笑う。
「マジ? すぐ行く。ビール持ってくか?」
「うん、いいね。待ってる」
綾は微笑む。彰の笑いに冷たさが混じる。
勇気はリュックを抱え、星を描く。ノートに「ママの声、きらい」。
「勇気、寝なさい。友達来るよ」
声は鋭い。勇気は布団に潜る。
「……うん、ママ」
扇風機がカーテンを揺らす。
夜、彰が来る。
「よお、綾。暑えな」
ビール片手にソファ。勇気を一瞥。
「ガキ、寝た?」
綾はビールを受け取り、笑う。
「寝るよ。勇気、静かだよ」
勇気は布団で目を閉じる。彰の声が低い。
「静かでいいな。騒ぐと面倒くせえ」
綾は頷く。
翌朝、勇気の腕に青あざ。昨夜、綾がトイレの隙、彰は勇気を引き寄せた。
「お前、ママを困らせんなよ」
低い声で、腕を抓む。勇気は震える。
「……ごめんなさい」
彰は笑い、ビールを飲む。綾が戻る。
「勇気、腕どうした? 痛いの?」
勇気はうつむく。
「転んだ……保育園で」
綾は眉を寄せ、彰の笑顔を見る。
「そう? 気をつけなさい」
黙る。まさか? コンプレックスが目を曇らす。
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真琴は児相メモを広げる。佐藤が近づく。
「児相、進んだか?」
「四歳の男の子。調査中。一人で百件以上です」
佐藤は眉を上げる。
「保育園も行け。様子が分かるぞ」
「分かりました」
真琴は「保育園」と書く。
昭和保育園。真琴は名刺を差し出す。
「東海日報の坂井です。気になる子は?」
園長、六十代女性はため息。
「森山勇気君? 静かで大人しい子です。転園予定。親が忙しいようで。」
「傷や青あざは?」
「子供はよく転びますよ。私たちも忙しくて転んだぐらいでいちいち見られないんですよ。」
真琴はメモを取る。
「ありがとうございます」
違和感を覚える。
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夜、綾と彰はビール。勇気は布団でリュックを抱える。
「勇気、生意気じゃね? 教えてやろうか?」
彰が笑う。綾は笑う。
「やめて、子供よ」
声は軽いが、目は曇る。
「子供でも、ママを困らせたらダメだろ?」
彰の声に冷たさ。勇気は震える。
「勇気、寝なさい!」
綾の声。青あざは、転んだだけ。