第5章:見過ごされた記録
2003年11月、綾の孤独、勇気の恐怖、綾の嘘、柴田の狡猾さと残虐性を知った今、児童相談所(児相)の失敗を追う必要がある。なぜ勇気の「たすけて」は、児相にも届かなかったのか。
真琴はノートを開き、児相への取材計画を立てる。中村(現役職員)と林田恵子(元職員)。児相の構造が、勇気を見過ごした連鎖だ。佐藤が近づき、煙草をくわえた。
「真琴、次は児相か?」
真琴は頷き、言った。
「勇気君の記録、なぜ無視されたか知りたい。」
佐藤は目を細め、言った。
「いいぞ。システムの闇を暴け。勇気のリュックで読者を揺さぶれ」
真琴は拳を握り、児相事務所へと向かう。
名古屋市内の児相事務所。書類が山積み、電話が鳴り続ける。中村(40代、職員)は疲れた顔で、机に突っ伏す。真琴は丁寧に切り出した。
「中村さん、勇気君の記録について教えてください」
中村はコーヒーを握り、言った。
「森山勇気、4歳。痣の通報、あった。だが、低優先だった」。
真琴はノートに書き、胸が締め付られる。勇気の「たすけて」が、書類の山に埋もれた。
真琴は問うた。
「なぜ低優先だったんですか?」
中村はため息をつき、言った。
「年間6,000件、職員20人。1人で300件持つ。緊急性の高い虐待やDVが優先。勇気君のケース、書類だけで『様子見』になった」
真琴はペンを握る手が震え、勇気のリュックを思い出す。ノートに書かれた「だれか」。中村は続ける。「予算3億円、研修も足りない。俺たち、限界だ」
真琴は問うた。
「勇気君を救えた可能性は?」
中村は目を伏せ、言った。
「…通報がもっと明確なら、動けたかもしれない。だが、時間がない」
真琴はノートに「過労」と書き、児相の無力感に怒りが湧く。
真琴は林田恵子(50代、元職員)に連絡し、名古屋市内の喫茶店で会う。林田は疲れた目で、窓の外を見つめる。真琴は切り出した。
「林田さん、児相の昔はどうでしたか?」
林田はコーヒーをかき混ぜ、言った。
「勇気君のケース、昔もよくあった。通報があっても、書類で優先度を決める。機械的だよ」
真琴はノートに書き、勇気のノートを思い出す。
「たすけて」は、システムにも届かなかった。
林田は続けた。
「2000年に辞めたけど、予算は今も足りない。職員は過労、緊急介入は年間100件未満。勇気君の痣、記録にあったはずなのに」
真琴は問うた。
「なぜ動かなかったんですか?」
林田は首を振って、言った。
「人手不足と優先度の壁。通報が曖昧だと、書類で埋もれる。私も、似たケースで後悔した」
涙が滲む。林田は続ける。
「勇気君のニュース、見た。私の時代なら、救えたかもしれない」
真琴は拳を握り、言った。
「林田さん、話してくれてありがとうございます。勇気君の声、連載で届けます」
林田は頷き、言った。
「お願い。児相、変わらなきゃ」。
真琴は柴田の背景を思い返す。隆の暴力、由美子の無関心、住民の沈黙。それらが柴田の怒りを育てたが、勇気を殺したのは柴田自身の狡猾さと残虐性だ。綾を金ずる、性のはけ口として操り、「必要」と嘘をついた。真琴は山崎(35歳、刑事)に電話で確認する。
「柴田の動機、もっと知りたい」。
山崎はため息をつき、言った。
「柴田、綾から金をせびり、支配してた。勇気は邪魔者。残虐な奴だよ」。
真琴はノートに「狡猾」と書き、柴田の傲慢さが勇気の死を招いたと悟る。
編集室:連載への決意
11月下旬、編集室。真琴は勇気のリュックの写真を見つめ、児相の不備を反芻する。予算不足、人手不足、機械的な優先度。柴田の残虐性も、児相が見過ごした連鎖だ。
佐藤が近づき、言った。
「真琴、児相の取材、どうだった?」
真琴は答えた。「システムが勇気君を見逃した。無関心は共犯だ」
佐藤は煙草をくわえ、言った。
「いいぞ。児相の闇を暴け。勇気のリュックで読者を揺さぶれ」。
真琴はペンを握り、原稿に書き始める。
「森山勇気、4歳。彼の『たすけて』は、児相の書類に埋もれた。予算不足と人手不足が、命を見過ごした」。
リュックの刺繍が、胸に刺さる。
「無関心は共犯者だ。勇気君、君の声で、俺は戦う」
真琴は連載の使命を胸に刻む。