3-2:怖がりのウサミミ騎士によくある怪談を聞かせてみた!
と、ひとつゾンビの生態に近づいたところでユウキは剣を振ってトレーニングに勤しむウサ耳騎士キリヤに気付く。
「よっ。トレーニングかい?」
「はい。騎士として、剣の腕まで腐らせるわけにはいきませんから」
「ゾンビだけに?」
「ひっ!? そ、その言葉出すのやめてくださぁぁぁい!」
いきなり剣を落としてがくがくと震え始めるキリヤ。
その様子にユウキの口角が上がる。
「ごめんごめん。
ところでキリヤちゃん。
聞いて欲しい話があるんだけど、いいか?」
「あ、はい。なんでしょうか」
「これは一児の母を務める女性から聞いた話だ。
仮に、シマさんとしようか。
シマさんは高校の頃、ある噂話を聞いたんだ。
それは、自分の将来の結婚相手の顔を見る方法があるってもの。
キリヤちゃんも女の子だし、見られるもんなら見てみたいだろ?」
「そんな魔法があるんですか!? 知りたいです!」
カモが……! 食いつきやがった……!
ユウキの顔が邪悪な笑みに染まる。
いや、ちょっと待て。
今しれっと言われたけど、やっぱりこの世界って普通に魔法があるのか。
それはそれで物凄く興味があるが、それより今は。
「あぁ、その方法はな。
深夜にカミソリの刃を口にくわえたまま、水を張った桶の中を覗くって方法なんだ。
試してみてくれ」
「それだけでいいんですね!
今度やってみます!」
「だが、ひとつ気をつけないといけないことがある。
この時、絶対に声を出しちゃダメなんだ」
「声を出しちゃダメ……と。
ふむふむ。出すとどうなるんですか?」
「そりゃ口にくわえたカミソリの刃が落ちちゃうだろ」
「あ、確かにそうですね。
でも、そうするとどうなるんですか?」
笑うな……まだ笑うな……!
「あぁ。シマさんも半信半疑でこの方法を試したんだが……ほんとに桶の中に男の人の顔が映ったもので、驚いて声をあげてしまって、カミソリと桶に落としてしまったんだ。
その瞬間、桶の水が……紅く染まったんだ」
「……え」
キリヤの表情が凍る。
それだ、その顔が見たかったんだ。
だが、まだ。まだだ。
「シマさんは驚いて桶の水を捨てるんだが、その時にはもう普通の水に戻っていたんだな。
あぁ、なんだ、気の所為か。
でもなんだか怖い。
もうこれ以上はやめよう。
そう思ってその時はこれ以上試すこともしなかったんだな」
「そ、そうだったんですね……気の所為だったならよかった……」
「そんな思い出もすっかり忘れた頃。
大人になったシマさんは素敵な男性と結婚するんだ。
この方はとても良い人なんだが、顔に大きな傷跡が残っているんだな。
ある日シマさん、それが気になって聞いてしまうんだ。
『あなた、その傷は誰かにつけられたの?』って。
そこで男性は、ふぅ、と小さく息を吐いて……」
「…………」
もはや言葉も出ないキリヤ。
そんな彼女に向かってユウキはカッと目を見開いて。
「お前だーーーーっ!!」
「…………」
が、予想外にキリヤの反応は変わらない。
これにはユウキも拍子抜けである。
「ははは。
今どきこんな古典的なお前だー系怪談なんて別に怖くもないかぁ。
キリヤちゃん怖がりみたいだし、これで驚いての派手なリアクションを期待してたんだけど、流石に甘かったな。
そうだな、もう1本いこうもう1本。
今度は真面目に、最近流行りのジメッとした嫌な話を……」
「…………」
しかしまだキリヤの表情は変わらない。
首を傾げるユウキ。
そこにヨッシーが近寄り、キリヤの前で手を振り、続いてスマフォのフラッシュをつけ、彼女の瞳にその光をあてる。
「瞳孔反射確認。
だが、意識飛んでるぞ」
「まじでぇ?」
獣人のウサ耳騎士キリヤ。
彼女は致命的に、恐怖耐性がなかった。
「ごねんね~。
もうユウキ君にはそういう話しないように言っておくから~」
「すまん。いや、ここまで苦手だとは……ところで……」
「うわーーーーっ!
わーっ! わーっ!
ユウキさんのお話は聞きたくないですぅぅうう!」
魔法について聞こうとしたのだが、これはダメらしい。
あとでサダコ姉から聞いてもらおう。
「とにかくキリヤちゃんは怖い話が苦手なのね~。
なのに、どうしてゾ……ごほん。
アップフィルドに来たの~?」
「そ、それは……その……お師匠様の言いつけで……焼肉祭の警護を……」
「そういえば祭りについて聞く機会を逃していたな。
焼肉祭とはまたなんというか……」
「北見市かな~?」
・北見極寒の焼き肉まつり
北海道北見市において毎年2月に行われるイベント。
北見市の街興しPRとして2000年から開催され毎年大好評を博している。
寒さが厳しいながらも焼き肉が安く新鮮という北見の魅力を発信するため、雪の中焼き肉を楽しむもの。
氷点下10度以下の中、焼き肉のタレはシャーベットになる。
入場券は1枚2000円で、サガリ・豚肩ロース・ホルモン・タマネギが各100g、タレ皿・割りばし・塩コショウがセット。
「いやいや、焼き肉て。
ほんとに新鮮な肉が出るのか?
どうせ腐ってるんだろ?
ていうか、そんな観光PR目的の祭りなら民俗学とは関係なくて残念だなぁサダコ姉。
つーか俺達の他に来るやついるんか?」
「そうだね~。
このお祭りって、いつからやってるの~?」
「伝承によると、もう1500年以上続いてるとか……」
「祇園祭より歴史あるわね~!」
・祇園祭
京都で行われる日本三大祭りの1つで巨大な山車が京都の街を練り歩く。
疫病祓いを目的に西暦869年から毎年7月に開催されており、当初の名称は御霊会で祭神は牛頭天王。
都市伝説では日ユ同祖論の証明の1つとして、「ギオン」の音が古代ユダヤで行われていた「シオン祭り」から来ており、特に祇園祭の7月17日がユダヤ神話においてノアの方舟がアララト山にたどり着いたという重要な日であることが信憑性を加速させる。
しかし、西暦7月17日は旧暦6月23日であり、当然ユダヤで用いられていたのが旧暦であることから完全な偶然であり無関係とする声が多数派となっている。
なお日本三大祭りの他2つは大阪の天神祭と東京の神田祭。
「えっと、なんだか私達のイメージと違うみたいなんだけど、どんなお祭りか知ってる~?」
「い、いえ、そ、その……怖くてお話聞けなくて……」
「あはは~、そうだよね~、ごめんね~。
でも、警護ってどうして~?」
「……それは」
ごくりと喉を鳴らし、キリヤが腰元の剣を強く握る。
「祭りに乗じて、この里を滅ぼさんとする悪がいます。
私は、騎士として……悪を斬ります」
3人は言葉を失った。
キリヤの目の色が、それまでの恐怖に怯える小動物の物から戦士のそれに変わったからだ。
やはり異世界、ただまったりとオカルト探求フィールドワークが楽しめる世界ではない。
命のやり取りが日常の隣にある、今までの平和な日本からはとても想像できない非日常なのだ。