3-1:ゾンビがゲロを吐く理由を考察してみた!
「それじゃ、後はよろしくねぇ」
「は~い、おやすみなさ~い」
朝食を終えた後、おかみさんは日傘を手に宿の外へ。
そのまま自分の墓標の前で穴を掘り、夕方までの睡眠に入った。
ゾンビの里、アップフィルド。
年1回のお祭り「焼肉祭」まであと1週間。
そのタイミングで里に来た3人と1人には、村長が歓迎するだけの理由があった。
日中にやってきた旅人への対応を任せるためだ。
「なるほど。
ゾンビは日光に弱く、活動時間は夕方から早朝まで。
それ以外の時間は土中で睡眠している。
となると日中に里は無人ならぬ無ゾンビ状態になってしまう。
そうなると、祭り目当ての観光客が日中に来た際の対応ができない。
そこで僕達を、ということか」
「といっても、別に何か特別なことをしなくてもいいみたいね~。
誰か来たら宿屋に案内して、夕方まで待機してもらうようお願いしてくれればいいって~。
それだけでお祭りまでタダで泊めてくれて、ご飯も出るんだからうれしいよね~」
そう説明しつつ、サダコ姉は宿のみならず村中の掃除を進めていく。
「別に頼まれたわけでもないんだし、そんな熱心に掃除するまでもないんじゃないか?」
「ユウキ君~、それは先が見えてないよ~。
私達異世界に来ちゃって、帰る手段ないんだよ~?
泊めてもらえてご飯が食べられるのはお祭りまでの1週間だけだよ~?
言うならばこの期間はある意味、お試しのバイト期間って考えないと~」
「確かにそのとおりだな。
仕事を認めてもらえれば先が確保できる」
「いや待てよ!
100歩譲って帰還を諦めてこの世界で生きていくしかないって認めるのはわかる!
だが、俺は少なくともゾンビの里で生きていくのは絶対に嫌だぞ!
特に、それだよ! それ!」
そう言ってユウキが指さしたもの。
それは、サダコ姉がバケツと雑巾を手に掃除しようとしている黄色の液体。
ようは、ゾンビの嘔吐物である。
ゾンビの里では、この嘔吐物が里中に溢れかえり、室内にも放置されているという中世ヨーロッパも真っ青な衛生状態にあるのだ。
「まぁ……それは私もちょっと~……いや、でもさ~、どこか別の里に行くにしても、そこまでの旅費を稼がないといけないし~」
「ふむ」
ヨッシーはおもむろに嘔吐物に指を突っ込む。
そのまま軽くすくい取り、自分の鼻に近づけ、顔をしかめた。
「フレーメン反応してる~」
・フレーメン反応
猫がフェロモンのにおいに反応し、軽く口をあけて虚空を見て呆けるような反応のこと。
猫の他にも馬などの哺乳類に見られ、同族のフェロモンだけでなく飼い主の靴下の匂いをかいだ時にも見られる。
「確かに、嘔吐物だな」
「いや、見りゃわかるだろ!?
ゾンビ映画でもゾンビと言えばゲロって感じだし!」
「そうだな……ふむ……」
「ヨッシーどうしたの~?
流石にゾンビのゲロに興味持つのは私もドン引きかな~」
「いや……まだ仮説なんだが、このゾンビの体質が、ゾンビの食文化に影響してるんじゃないか?」
「……あ~」
「どういうことだ?」
首を傾けるユウキの前でヨッシーはリュックの中からリトマス試験紙を取り出し、ゾンビの嘔吐物のpH測定をはじめた。
「ここまで提供された食べ物はすべて腐敗していたよな」
「腐敗っていうか発酵だろ」
「同じだ。
発酵とは人間が自分達にとって魅力的な腐敗現象だと定義したものにつけた名前でしかない」
「そうだったんか」
「私達には発酵食品を出してくれたけど、おかみさん達は普通に私達には食べられなそうな腐った肉とかも食べるしね~。
で、そういう腐敗物を好むってのは、逆に言えば~……」
「腐敗物しか食べられない。
胃の消化能力が低いから」
そう言ってリトマス試験紙を見せてくるヨッシー。
いや、見せられてもユウキにもサダコ姉にもよくわからないのだが、おそらく人間に比べて胃酸のpH値が低いのだろう。
「ようはこれは、ゾンビなりの反芻の跡みたいなものだ」
・反芻
牛やラマなどの動物が、一度飲み干した食べ物を口の中に戻し噛みなおしてまた飲み込むこと。
人間やウマ、ゾウなどと違って体内に共生微生物が少ないなどの理由で消化能力が低いため、この行程を繰り返さなければ食物から栄養を吸収することができない。
「つまりゾンビは、食べる前から食べ物を消化する準備をしてるってことなんだね~。
なるほどな~。
そう考えればゾンビのゲロって、ラマが臭い唾を吐きつけるのと同じような現象なんだ~。
ちょっとかわいく見えてきたかも~」
「どこがだよ!? 頭腐ってんのか!?」