2-3:異世界でゾンビと同じ腐った飯を食べてみた!
「ありがとう。
で、私達は地球ってとこから来たんだけど……他に何か教えてくれること……」
「っ!? うわぁあああ! た、助けてぇ!」
そう叫んでキリヤはサダコ姉の後ろに隠れた。
それを見ていたユウキは軽いショックを感じた。
おそらくこのウサ耳の彼女は、この3人の中で最も頼りになる人物がサダコ姉だと判断したのだ。
確かにサダコ姉に自分達の頭が上がらないのはそうなのだが、純粋な戦力として見た時に仮にも男でありジムにも通っている自分よりもサダコ姉が頼りにされてしまったというのは軽いプライドぽっきり案件だった。
(つーか、戦おうにも俺達武器になるもの持ってないよ。
お前の腰の剣は文字通りの飾りなのかよ)
まぁ、明らかに防御性能がなさそうな鎧だしなぁとため息をつきつつ、軽くため息をついてから予想通りの光景と対峙する。
「ゾンビ対策、頭に入ってる?」
「概念計画8888なら一読した」
・概念計画8888
2011年に公開されたアメリカ国防総省の公式文書。
士官候補生用の軍事教材として、架空のソンビ攻撃に対する軍事計画を考える内容となっている。
冗談か都市伝説のような話だが、ここで考えることになる軍事プランや治安維持対策は実際のテロや革命、内戦にでも対応可能なものであり、ようは特定の国家や宗教、民族、イデオロギーを名指しすることなく軍略を学ぶための教材としてゾンビが扱われたものである。
じりじりとにじり寄るゾンビたち。
最近のゾンビ映画に登場する走るタイプのゾンビでないことは幸いか。
そう、このゾンビは走れない。
つまり、この場での最適解は。
「逃げるぞ!」
と、振り返って逃げようとしたその瞬間。
ユウキは絶望を知る。
「……まじか」
ぼこりと墓標の前から突き出る腕。
それは1本や2本ではない。
彼方まで広がる墓標のすべてからゾンビが現れたのだ。
もはや逃げ場はない。
全方位を包囲されている。
「ひぃぃぃいいいい!!」
頭を抱えて丸くなりがくがくと震えるキリヤ。
その様子にユウキはため息をつく。
「あのさ」
「わかる。いや、ようやくわかったよ。
隣に自分よりも怖がってくれる人がいるってのは、こんなにも心強いことなんだな」
「それはわかれば怪談師見習いだ。
あとは自分の話で怖がる人を見て快楽を覚えるようになるまでだな」
「生憎まだ人間をやめたくはないな」
ともあれ、キリヤの存在がこの絶望の中で自我を失わないだけの光になっていることは事実だった。
とはいえ、どうしたものか。
どうにかこの場を切り抜ける方法を考えるユウキを前に、ゾンビの一体が近寄り、ぺこりと頭を下げる。
「……ん?」
「おはようございます。
ゾンビの里、アップフィルドへようこそ。
人間と獣人の来客は珍しいですからね、怖がらせてしまったなら申し訳ありません。
村長のキユカタです。
よろしければ人間用の宿を用意させていただいてもかまいませんか?
近く里をあげての年に一度の祭りが開催されるのです。是非」
「あ、はい。ありがとうございます。
お願いできますか?」
こうして突然異世界に転移させられた3人は、宿と食を確保したのだった。
なお、提供された料理はゾンビらしくすべて腐っていた。
アンチョビをパンではさみ、チーズとピクルスとザワークラウトを乗せウスターソースで味付けしたもので、ヨーグルトとバニラアイスがつけくわえられていた。
当然、美味しくいただきました。
翌朝。
先んじて目覚めていたヨッシーが外の散歩から戻り、ユウキの前でため息をつく。
「どったの?」
「トンネルを調べていた」
「あ、なんやヤバそうな音してたよな、原子時計。
やっぱ壊れてた?」
「……存在しなかった」
「は? え? それって、どういう……」
ユウキの背筋に冷たいものが走る。
それが意味することは、つまり。
いや、しかし。
その想像を打ち消そうとしたところで、ヨッシーが現実を伝える。
「トンネルの先は元の世界に繋がっていない。
帰る方法は、わからない」
アニメのようなチート能力もなしに異世界に投げ出されたこの状況で、絶望を感じないものがいるだろうか? いや、いまい。
放心感を覚えつつ宿の食堂に向かうと、そこではサダコ姉がウサ耳騎士のキリヤと共に朝食を取っていた。
「あ、ユウキく~ん、おはよ~」
ちらりと2人の前に並ぶ朝食を見る。
サダコ姉の前にはくさやと納豆と漬物と味噌汁。
キリヤの前にはパンとナタデココヨーグルト。
(絶望感じてないやつおるやん……つーか、めっちゃ健康的な朝食やん……ゾンビなのに……)
眠そうにあくびするゾンビのおばちゃんと朝の挨拶をかわし、キムチとザーサイをいただく。
軽く豆板醤を加えてお盆に乗せ、サダコ姉の前に座る。
「おはようございます、えっと……ユウキ、さん?」
「あ、おはよ。うん、俺がユウキね。
名前覚えててくれてありがとな、キリヤちゃん」
よくよく見ればキリヤはなかなかかわいい。
ウサ耳もいい感じである。
だがそれはそれとして。
「サダコ姉。
ヨッシーの話聞いた?」
「うん。帰れないみたいね~」
「あぁ……って、それを知ったわりにはなんかやたら明るいな。
吹っ切れた?」
「そうかな~? そうかも~。
でもさ、そんなことより……わくわくしないの~?
異世界だよ~?」
「まぁ、そういう考えもあるんだろうが、俺達全員なにかすごいチートがあるわけでもないし……」
「言葉が通じること以上の最強チートがあるなら教えて欲しいかな~。
何より、気にならないの~?」
「なにが?」
目をきらきらと輝かせるサダコ姉に軽くため息をつくユウキ。
一方のサダコ姉は鼻息をあらげながら宣言する。
「そりゃもちろん、ゾンビ社会で形成された民俗学だよ~! ゾンビの里の年一度のお祭りって、想像できる~!? 祭りと言えば民俗学の華でしょ~! 私もう、めっちゃ楽しみでさ~!」
「……確かに、ちょっと気になる」
こうして異世界オカルトチャンネルの3人は、そのチャンネル名にふさわしい場所に活動場所を移し、オカルト探求を続けていくことになるのだった。