18-1:どんな異世界言語も翻訳できるチート持ちの俺達が唯一理解できない地球の言語がある理由を解説してみた!
第5章は地震の描写を含みます。
ビサヤ湖。ここには異世界オルコットンでも珍しい種族が生活している。
このビサヤ湖で独自の進化を遂げた淡水生活のマーメイド達だ。
「ようこそビサヤ湖へ。
ヘルメス様より話は伺っております。
異世界オカルトチャンネルのみなさまですね。
ビサヤ湖のマーメイドの統治を任されております。
ニーデルセン・アビヤです。
今回の撮影、よろしくお願い致します」
「あ、ども。
こちらこそよろしくお願いします」
まるでリゾートキャンプ地のような美しいビサヤ湖湖畔で一同を待っていたのは、上下をパリッとした清潔感のあるスーツで整えた人間の女性アビヤだった。
(マーメイドの統治を人間がしてるのか? なんかきな臭いな)
事実上チャンネルのスポンサーについてくれているとはいえ、ルチ達堕天使への差別や思想の違いからなるシトリー達悪魔への一方的な弾圧を忘れたわけではない。
どうにも人というやつは、自らを神と呼称するようになるとろくなことをしない。
「アビヤさんは人間なんですか?
マーメイドの統治者なのに?」
「おいキリヤ!」
「あ、それ聞いちゃうのね~」
空気をまるで読まない小動物。
地元の文化を尊重し、同時に政治的・宗教的な配慮を欠かさない、サダコ姉曰く「マインスイーパー」のスキルはこの先キリヤにも覚えさせねばならないのだろう。
少なくとも、ヨッシーの解説を意図的に無視するようなスルースキルとして持っておくことは必須だ。
しかし、そんなキリヤにアビヤさんは笑って答える。
「いえ、私もマーメイドですよ」
「え? いや、どう見ても……」
「わぁ! 綺麗な湖! 空気も美味しいです!」
「こいつはさぁ……!」
かき乱すだけかき乱して、湖が目に入った瞬間にぱたぱたと小動物的に駆け出していくキリヤ。
その手が湖畔から水面に触れた、その瞬間。
「ひゃぁっ!?」
水面から伸びた手が、キリヤの腕を掴み、そして。
「ひっ! た、助け……ごぼぐぇ!」
溺れたエルフのような断末魔をあげてキリヤが水中へと引きずり込まれた。
「ふむ。このAI自動ト書き生成器、使うのは今回はじめてだが、もしかして地球の言葉には未対応なのか?
比喩表現のプログラムがうまく機能していない。
今『ような』と比喩を使ってくれたが、あれは溺れたエルフのような声ではなく、溺れたエルフの声だ。
今の汚い声にうまい比喩を当てるなら、潰れたカエルのような声とか、腸を引き抜かれてソーセージに加工されるオークの声とか……」
「何冷静になってんだお前! おいキリヤ!
アビヤさん、これはどういうことですか!?
俺達を騙したんですか!?」
「ふふっ、まさか。
近付いてご覧ください」
3人が恐る恐る水面に近づくと。
「わぁ~……!」
水中には「ようこそ異世界オカルトチャンネル!」の横断幕がかかげられ、想像通りの姿をした下半身が魚のマーメイド達が笑顔で手を振っていた。
その中央では水中花で作られた花飾りの輪っかを首にかけられ、頬にマーメイド達からの大量のキスの跡を作られたキリヤがにへらとだらしなく頭をかいている。
それは音が一切聞こえないことを除けば、地方の村が全力で歓迎祝典を開いてくれている図でしかない。
「水中でも息、できるんですか?」
「こちらで魔法をかければ問題ありません。
まぁ、声は出せませんけども」
「あぁ、まぁ、それはそうでしょうね。
液体呼吸技術は完成していても、物理的に発声は不可能です」
・液体呼吸技術
肺を呼吸用の液体で満たし、直接酸素を取り込ませる技術のこと。
平成に一大ムーブメントを巻き起こしたロボットアニメ(ロボットアニメではない)の中で主人公がエントリープラグに挿入された際、LCLと呼ばれたオレンジ色の液体で溺れかける演出がなされたがその元ネタとなった技術で、映像作品としては1989年の映画「アビス」で有名になった。
あまりに常識的感覚では理解しにくいことからSFと思われがちだが既にほぼ実用化されていると言っても過言ではないレベルで研究を進んでおり、医療分野や宇宙開発分野での実用化が期待されている。
ただし、やはり常識的固定観念からすると信じられない見た目であり、犬を用いた映像が公開された際には動物保護団体から激しい批難の声が飛び研究が中止手前まで追い込まれてしまった過去も。
やはり人間のすることである。
・発声
地球上の人類が覇権を勝ち取るまでの進化を成し遂げた要因が、二足歩行により開いた手で道具をうまく活用することができるようになったことにある手に注目した説は、一般人から研究者の間まで長く常識として考えられてきた。
しかし、近年は二足歩行により首の形状が変形し、口と喉の間に他の生物にはない広い空間ができたためという喉に注目した説が有力視されている。
この空間により人間は他の生物では考えられないほど多種多様な「音」を生み出すことが可能となり、それが人類の覇権を決定付けた最大の要因「言語」の発明に繋がる。
水中ではこの機能が使用できない。
イルカの超音波コミュニケーション、クジラの歌などは有名だが、これらの水生哺乳類が水中で音を出す手段は人間の喉とはまるで違う。
「なるほどね~。
人魚姫は人間の体を手に入れるために声を失ったけど、あれって実は人魚としての声を失っただけなのかも~」
「そのとおりです。
故に私も地上用の姿でのみこうしてみなさんと同じ音で会話ができます」
「地上用の姿? ってことは……」
アビヤさんはにやりと笑い、スーツのまま水中へ飛び込んだ。
水面に浮かび上がってくるズボン。
改めて3人が水中を覗くと、そこには下半身が人魚の尾ヒレに戻ったアビヤさんが激しく水中を踊るように泳いで、こちらに手を振っていた。
「ほんと、先入観とか持つもんじゃねぇなぁ」
「私達、学習しないわよね~」
「仕方ないさ。人間なのだから」
アニメやゲームのように無双戦闘や快適スローライフに活用できるチート能力を持たない3人だが、少なくとも常識で考えればチートとしか言えない能力が1つある。
言語能力だ。
異世界オルコットンには約7000種類の言語があり、主要な言語だけでも6つ。
政治的な問題も絡み、世界共通語は未だ制定されていない。
魔法での翻訳は可能だがこの魔法は非常に高度なもので、堕天使ルチは吟遊詩人にジョブチェンジするため全言語自動翻訳魔法の習得だけで3年の月日を費やした。
しかし異世界オカルトチャンネルの3人は、何故か転移時からこの魔法を究極的なレベルでマスターしており、彼等からはすべての言葉が日本語の音と文字として認識されている。
これについてはもはや「そういうもの」であるし、今後大阪弁や鹿児島弁で喋るキャラクターが登場してもそれはそういうものとして見てもらう以外にない。
作者の人そこまで考えていないと思う。
この魔法が地球に戻っても使用可能なら、3人は世界のどこに行っても問題なく会話が可能で、21世紀の文化人類学研究に革新をもたらす偉人となるかもだろう。
だが、そんな彼等にも理解できない言語がある。
それはアマゾンやアフリカの未接触部族のみで使用されている言語でも、早口の鹿児島のおばあちゃんの方言でもなく、今の我々がごく当たり前に暮らす日常生活の中にも溶け込んでいる言語。
手話である。
手話は立派な言語の1つであるが、それはエスペラント語などとの人工言語とはまた違った形で作られている地球上でも最新の部類に入る言語だ。
音に出して言うまでもなく、手話は音声言語とはまるで異なる。
そして、この万能のチート魔法も、音声言語ではない手話には対応できていないのだ。
さらに異世界独自の問題もある。
このチートは多くの生物が使用する音を基本としている。
つまり、人間の耳の可聴域から離れた20Hz以下及び2万Hz以下の音には対応できない。
よって、手話も超音波も使えない彼等は水中でマーメイド達と会話できず、さらに仲間内でのコミュニケーションも取れないのだ。
「まさかそんな問題が建ち塞がるなんて、予想もしてなかったぜ……」
「チートに頼るとろくなことにならないわ~。
手話を覚えるいい機会よ~」
「僕としてはそういうものだとわかってしまった以上は使うべきだと思うがな。
このト書き自動生成機械も水中で使用可能。
ト書きを読めば擬似的な念話が可能だ」
「それは流石にメタ構造がすぎないか? 露骨なパロディやメタ構造は総集編だけにしようって約束したよな?」
なお本章も全4話完結の短編構造+総集編+おまけ1本でお届けする予定だ。




