16-3:プロ怪談師が考える宇宙で一番怖い話を語ってみた!
「止まってください」
目が見えていないはずのルチが全速力で走る。
理系引きこもりのヨッシーはついていくのがやっとだ。
かと思えば突然止まり、柱の影に隠れるようジェスチャーを出す。
2人の目の高さをコウモリが飛び、足元をネズミが横切った。
そのまましばらく待機していたかと思うと、再びルチが走り出す。
(科学者は結果には従順であるべき。
ルチさんの霊媒能力は、本物だ)
声をかけられない理由は3つ。
1つは、単純に足が速すぎて息が上がっているため。
2つ目は、音を立てて悪魔たちに気付かれるわけにはいかないため。
そして最後に、もしも本当に今ルチさんの体に入っているのが予想通りの存在なら、日本人としてあまりに恐れ多いためだ。
「あと少し。この奥に囚われています」
それでもどうにかついていき、ヨッシーは牢屋の前にたどり着く。
「今鍵をあけます」
呪文のようなものを詠唱し、ガチャりと扉が開かれる。
いやこれ、自分は本当に直接お姿を見てしまって目が焼かれたりはしないのか?
確か祭神として祀られている伊勢神宮は、天皇陛下でも中を見ることができない造りになっているんだよな?
それでもルチさんの体は自分に中を見るようにジェスチャーをしてくる。
ええい! 不敬をお許しください!
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「……は?」
「あ、異世界人の兄ちゃん? 助けに来てくれたのか?」
ヨッシーは思わず天を仰いだ。
天照大神様。
あなたは本当に、素晴らしい神様だ。
「八王子城跡の血の滝、という怪談です。
ご清聴ありがとうございました」
12本目の怪談を語り終えたところで、再び会場がどっと盛り上がりげらげらと笑い声があがった。
やはり相手は悪魔たち、恐怖のツボが人間とは違う。
耳なしの芳一パイセンは悪霊に平家物語を語り聞かせ、しっかりとさめざめ泣かせたっていうのに自分はこの体たらく。
流石に日本怪談師のレジェンドの足元にはとても及ばない。
「うーん、人間って面白い生き物ねぇ。
ほんと、食べちゃいたいわ」
「だが、そろそろ飽きた……次で、最後だ」
13本目の怪談。
まさに自分は処刑台までの13階段を登らされただけってことかよ、ちくしょう。
これが俺の語る、人生最後の怪談か。
ならばせめて最後くらい、この悪魔たちを本気で怖がらせてやりたい。
だが、悪魔たちは人間とはまるで恐怖のツボが違う。
文化が違うと怪談も笑い話になっちまうのは、俺自身が実体験してきた。
アブラメリンの書よろしく、天使や神々の名前を連呼しようにも忌み言葉指定がかかるかもしれないし、その場で怒り狂って殺されたらおしまいだ。
どんな話だ?
どんな怪談をすれば、悪魔たちを怖がらせることができる?
考えろ、考えろ、考えろ!
どこかの神話や伝承、稲川御大や洒落怖のカバーだって構わない!
この世で一番怖い怪談とはなんだ!?
牛の首じゃないことだけは確かだ!
想像しろ、創造しろ!
人と悪魔に共通する、真の恐怖とは、一体何だ!?
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「……ある、怪談師の話だ。
仮に名前を、ユウキ、としようか」
口が自然と、開かれていた。
「怪談師は日夜考えていた。
本当に怖い怪談とはどんなものだろうか?
自分が本当に怖い思いをするのは、どんな時だろうか?
海の妖怪、山の妖怪、大都会の都市伝説、
空に輝くUFO、人里離れた山奥のUMA、
人の立ち入りを許さない神々の禁足地、
死んだ人間の情念が残る事故物件、
ひたすら邪悪で醜悪な狂った人間のヒトコワ、
呪い、犬神、呪物、未解決事件……
そのどれもが今ひとつピンと来ない。
なぜなら、その怪談師は本物の幽霊妖怪の類を見たことがなければ、邪悪な人間の悪意に巻き込まれることもない幸せな毎日を過ごしていたからだ」
そうだ。彼はただ、オカルトが好きなだけだった。
霊感なんてこれっぽっちもなければ、大層な社会経験だってまだ。
童貞なんだから、女の生の情念だって当然知らない。
どれだけ怪談を蒐集したって、体験者の恐怖に共感なんて、最初からできるわけがなかったんだ。
「それでも怪談師は怪談師。
大勢の前で怪談を語る。
幸いなことに、怪談師はなかなかに口が達者だった。
怪談師のライブは毎回チケットがほぼ売り切れる人気で、彼がどんな話をしても、客はみんな怖いと震え上がってくれた。
だから怪談師は自分が怖い話ができていると思っていたし、自分は怪談師の才能があると思っていたんだ」
もちろん、そこに至るまでに何度も練習してきた。
いろいろな怪談師のライブに行き、話芸としての怪談の語り方を学んできた。
誰かのネタのカバーではなく、自分で取材し、数々のオリジナルの怪談を揃え、鉄板ネタだって持っていた。
「ある日、怪談師はいつものように怪談を語る。
だがその時は様子がおかしい。
普段はこのあたりで」
『ひっ……』
「とか、そんな声があがるはずなのに、まるで声がしないんだ。
スポットライトの灯りが強すぎるのか、ステージの上からお客さん達の顔がわからない。
それでも怪談師は、どうにか怪談を1本語り終えた。
続けて2本目、3本目。
その日予定されていた13本の怪談をすべて語り終えた、その時。
怪談師はようやくお客さん達の様子に気付くんだ。
客はな、ちっとも怖がってなんかいなかった。
それだけじゃない。
面白がる様子すらない、完全な無反応。
ぽかーんとした顔だけが、目の前に並んでいたんだ」
そう、俺の今の目の前のように、な。
「その時怪談師は、ある落語家の言葉を思い出した」
――噺家殺すにゃ刃物はいらぬ。
アクビ三つで即死する。
「それだけ、必死にやってきて、その結果何の成果も得られないってのが、話芸に殉ずる覚悟を決めた人間にとって、一番怖いことなんだ。
だが、同じようなことを言い出したのは、日本の落語家じゃぁない。
おそらく、世界でそれを最初に言った人物は、古代ギリシャの哲学者だ。
彼はその恐怖を語り広め、恐怖に負けるな、戦えと人々を鼓舞しようとした。
だが、哲学者の思いが届くこともなく、最後にこの男はその話をはじめたが故に殺されちまったんだ」
相変わらず目の前からは何の反応が帰らない。
だが怪談師は話を続ける。
反応なんぞ、知るか。
怪談を語る上で最も大切なこと。
それは、自分がそれを物凄く怖いと感じていること。
そして、その恐怖を伝えようとする、がむしゃらなまでの熱意だ。
「怪談師には、幽霊を頑なに信じない親友が居た。
そいつは何故幽霊を信じないのか? それは、怖いからだ。
人間、本当に怖いものは必死に理性で否定しようとしてしまう。
つまり逆を返せば、人間が一番理性で否定しようとするものこそ、一番怖いものってことになる。
怪談師が怖いもの。
それは、あくびをされることじゃない。
お前の怪談は、つまらない。
お前は、何の力もないバカだ。
そう真実を教えられるのが一番怖かったんだ。
そしてその哲学者ソクラテスは、ずっと言い続けたんだ」
『お前らは全員バカだ。
バカであることを自ら否定し、自分達は賢いと思い続ける救いようのないバカの集まりだ。
いい加減にバカであることを認めろよ、バーカ』
「無知の知、という怪談だ。このバカ共が。
それと、はじめて最後まで俺の怖い話を聞いてくれたな。
ありがとう、キリヤ」
「どういたしまして、です!」
居合の閃光が、駆け抜けた。
最前列で聞いていた悪魔の首が飛び、そして。
「う、うわぁぁぁぁああああ!!」
会場内に、その日一番の恐怖の叫び声が響いた。




