14-1:異世界の怪談師のお手並みを拝見してみた!
ドンペリが注文されたホストクラブのようなノリで大盛りあがりの店内。
しかし、口から魂の抜けてしまったユウキの隣でキリヤとサダコ姉がきゃっきゃとボトルのソーマをグラスに注ぐ頃には店内はしんと静まり返り、まもなく1筋のスポットライトの明かりがステージを照らし出した。
光の中に現れたのは、片翼で黒い肌の天使の少女。
その手には、オルフェウスのようなハープが抱かれている。
「おや……?」
ぽろんと美しいハープの演奏が始まったかと思えば、その天使の口から魂を揺さぶられるような美しい歌声が繰り出された。
「そこには何もありませんでした。
漆黒の暗闇が無限に広がる世界。
ひかりあれ。
空間に光が満ち、闇を塗り替えていきます。
晴れ上がる空。
神の放たれた光は力となり、空気の材料を作り、水の材料を作り、土の材料を作り、やがて星となります。
こうして、私達の世界が生まれました」
美しい歌に乗せて語られる物語に、一同は財布の心配を忘れて聞き入ってしまう。
「神話ね~。素敵な歌~」
「創世記第1章によく似ているな」
「しかし、この話……まるでビッグバンからの宇宙の晴れ上がり、そして、水素、ヘリウム、リチウムの元素合成じゃないか」
「言われてみれば~。
確かローマ法王も、ビッグバンは最初のひかりあれであり、教義矛盾しないって声明を出したのよね~」
美しく神秘的な歌の中に現実感を覚えつつ、歌の終わりと同時に酒場の中が拍手で満たされた。
「みなさま、本日はご来店ありがとうございます。
吟遊詩人のルチです。
今宵みなさまを不思議な世界へとご案内致します。
どなたか、リクエストがある方がおりましたら」
なるほど、そういうサービスか。
ざわざわと声があがり、まばらに客たちの中からぽつぽつと手が上がるが。
「ええいもう自棄だ! 怪談! 怪談を頼む!」
大きく挙手し叫ぶユウキに店中の視線が集まる。
ステージの上のルチも一瞬目を丸くさせたが、すぐにやんわりとした笑顔を作った。
「そちらのテーブルのお客様は、ソーマのボトルをあけてくださった方々ですね。
わかりました。
では特別に今晩は怪談を……身の毛もよだつ、神々の恐ろしい物語を語り尽くしましょう」
ルチが合図をすると、店員がステージの上にろうそくを運んでくる。
その本数は数え切れないが、ユウキには数えるまでもなかった。
「まじかよ。
ここは異世界だってのに……やるのか。
百物語を」
店中の全員が息を飲む中。
ルチがこれまでの優しい声色から少しトーンを落とした声で語りをはじめる。
「これは私の吟遊詩人の先輩から聞いたお話です。
仮に、オルさんとしましょうか。
オルさんは、とても美しい女性との婚約を間近に控えていました。
しかし、ある日。
奥さんは毒蛇に噛まれ、亡くなってしまうのです」
「ひぃぃい……もう怖いよぉ……」
「早くないか?
そんなんじゃこの先生き残れないからいつもみたいに早めに気を失った方がいいぞ浪費系小動物」
「というか、案外よく聞く怪談っぽい語り出しだな」
「でも、この話って、多分あれよね~」
サダコ姉の予想通り。
仮にオルとされた吟遊詩人オルフェウスは冥界へと下り、その巧みな技をもって番犬ケルベルロスや渡し守カロンを大人しくさせ、ついに冥王ハーデスと妃ペルセポネの前で妻を返してもらうよう頼み込む。
『ならぬ。死者が蘇ることはない。これは世界の理だ』
『でもあなた、こんなに素晴らしい竪琴を聞かせてもらったお礼をしなければならないわ』
「そう言って妃に説得されたハーデスは、条件付きでオルさんの奥さんを蘇らせる特例を与えます。
その条件とは……現世に戻るまで、絶対に振り返らないこと」
「来た来た~、王道よ~」
「オルさん、振り向いちゃダメです、絶対に振り向いちゃダメですからね……!」
「ふむ。よく聞く神話だが、確かにこう語られるとこれは神話世界の怪談だな。
どうだ? ユウキ。怪談師としては……ユウキ?」
「…………」
出会った頃に比べれば恐怖に耐性がついていたキリヤが怖がりながらも続きを聞く一方。
ユウキは目を閉じ、まるでいつものキリヤのように恐怖を拒絶するあまり失神してしまったようにも見えた。
しかし、違う。
(ここからだ。
ここまではただの神話。教訓話。
ここからの語りが、怪談師としての見せ場)
目を閉じたユウキは、語りの中のオルに自身を重ねていた。
これからオルの、長い長い旅がはじまる。
「帰路は順調でした。
オルさんは奥さんの手をしっかり繋ぎ、もと来た道を戻ります。
恐ろしい番犬ケルベルロスも、渡り守のカロンも快く2人を通してくれました。
しかし……何故か奥さんが、オルさんの隣を歩くことはありません。
前に差し出した手をオルさんの後ろ手を固く結びながらも、1歩、後ろを歩きます」
『決して振り返ってはならぬ』
「ひぃっ……! あ……」
突然声色をかえて発せられた冥王ハーデスのセリフ。
エルフ騎士キリヤ、これにて脱落。
「オルさんは冥王ハーデスの言葉を思い出します。
後ろからついてくる奥さんが心配になりながらも、振り返るわけにはいかない。
しかし、その時でした。
奥さんの手が、ふっ、と離れます」
『どうした?』
「オルさんは前を向いたまま呟きます」
『靴の紐が、ほどけてしまいました。少々お待ち下さい』
『わかった』
そこでルチの語りが、止まる。
話の中に間をおくことは別に珍しい話ではない。
だがその間が、あまりにも長い。
(無音は現代では放送事故。
規定にもよるがその秒数は最大でも20秒。
たった20秒と思うかもしれないが、これは現実で体験させられるとあまりにも……長い。
その恐怖は怪談師の俺だからこそよくわかる。
だが、ルチちゃんが語りを止めてから既に30秒以上が経過している……)
目を閉じたまま、続きを待つユウキ。
店内から既に客たちが何かのトラブルでも起きたのかとざわざわと騒ぎ始めている。
実際ステージ上でルチちゃんの身に何かトラブルが起きているのかもしれない。
だがユウキは、目を開かない。
『お待たせしました。参りましょう』
『やけに長かったな』
『申し訳ありません。
足元にかわいらしいネズミさんが居て。
ちゅぅ、ちゅうとかわわいげに鳴くものですから、つい』
『まったく、君はこんな時に』
ルチ本来のやさしい声から紡がれたかわいいネズミの鳴き声もあわせて、ほっと胸を撫で下ろすような安堵の吐息とくすくすという笑い声が店の至る所から聞こえてくる。
五感の1つ、視界を絶ったからこそ、ユウキの聴覚は敏感にそれらを拾うことができていた。
(物凄い技術……いや、物凄い度胸だ。
こんな長い沈黙、普通ならば語り手の方が恐ろしくなってしまう。
それをあの子、ルチちゃんはやってのけた。
それも物語とリンクした最高のタイミングで……聞き手を『少し待たせた』んだ。
沈黙は聞き手の恐怖を醸造させるも、すぐに優しい声でなだめる。
しかし……これは)
「そこから先も何度か小さなトラブルが2人を襲います。
しかしオルさんは、冥王ハーデスとの約束通り、決して振り向くことがありませんでした。
そしてついに、オルさんの目に現世の光が見えます」
あと少し。
観客から無意識にもれる喜びの声が聞こえてくる。
(違う。これらはすべて『振り』だ。
真に恐ろしい怪談に必要なもの。
それは絶対的な恐怖ではない。
人が最大の恐怖を、そして、絶望を覚えるために必要なもの。
それは、笑いと、安心だ。
先ほどの沈黙も、コミカルなネズミの鳴き声も、すべてが1本の怪談としての振り。
ここから一気に、落とされる。
怪談に必要なものは、緩急だ)
『もう少しだ! 頑張れ!』
『あぁ、私にも光が見えてきました。
私は無事生き返ることができるのですね。
ありがとう、本当にありがとうございます、私の愛しいオル』
『僕こそだ! 僕こそ君を愛している!
戻ったら今まで以上に愛し合おう!
2人で死ぬまで、小さくも幸せな家庭を築いていこう!』
「愛をささやきあいながら、オルさんはついに現世に足を踏み入れます。
オルさんは約束通り、冥界からの帰還を成功させたのです」
『ありがとう。
オル……愛しています』
『僕もだ、僕もだよ!』
「奥さんの手がオルさんの手から離れますが、すぐにその両手がオルさんの腰に強く抱きつきます。
幸せな未来が。
愛する妻との日々が、戻ってきたのです」
『僕の愛しい人……もう二度と君を一人では死なせない!
二度と君を手放すものか!』
『オル……あぁ、私のオル……!』
ユウキはどきりと胸の高鳴りを聞いた。
これはお話、これは怪談、これは演技。
そう理解しつつも、聞こえてくるのは女性の美しい声。
どうしても男性の象徴に血液が集まってしまう。
それほどまでにルチちゃんの声は艷やかだった。
今彼女は、どんな顔で物語を語っているのだろうか?
演技は声だけにあらず、全身で表現してこその演者、講談師、落語家、怪談師。
彼女の実力を確認するため、その顔を見なければならない!
『やっと振り返ったな』
「!?」
聞こえてきたのは邪悪な低い声。
ステージの上でこちらをまっすぐに見つめていたルチと目があってしまった。
いや、正確に言うなら目が合ってはいない。
微妙に焦点が合っていないような違和感。
それがむしろ恐怖となり、ユウキの全身の皮膚に鳥肌が立つ。
その表情に、想像していたような艷やかさはまるでなかった。
怒りと、憎しみと、憎悪。
そして何より、他人が不幸や悲しみ、失敗に見舞われた時に生じる喜び、言うならばメシウマ。
心理学者、ベン・ゼェヴが提唱した、喜怒哀楽に匹敵する人間5つ目の社会的感情。
その名を、シャーデンフロイデ。
「そうして奥さんは、オルさんの手の中で、どろどろに腐り果て真の死を迎えたのでした。
冥界下り、という怪談です。
ご清聴ありがとうございました」
ふっ、と艷やかな表情のルチの小さな口からこぼれた吐息が1本目のろうそくを吹き消した。
同時に店の中に恐怖と絶望、そして、その物語から解放された安堵のため息を乗せた拍手が満ちる。
だが、一人。
ユウキだけは別の感情を覚えていた。
(負けた……! 俺は怪談師として、負けた!
話の内容は知っていた! 落ちも知っていた!
なのに俺は、あんな小さな女の子に、完全に弄ばれた!
俺の感情を、その最後の瞬間まで含めてすべて掌握された!
道中でのあまりにも長い沈黙も含め、なんという……なんという怪談技量の高さ!
往年の稲川淳二や三木大雲とも違う、あの子の声だからこその奥義!
100の怪談が語られるこの夜で、あの子は1本目からその切り札を斬ってきた!
そして完全に、この1本目から怪談師としての格の差を『わからせ』に来た!
くそっ……この……クソガキ……いや、このメスガキがぁぁぁぁああああ!)




