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1-2:トンネル怪談の時間変動とゾンビの正体を考察してみた!

「え? 何言い出すんだよ。

 そりゃあるに決まってるだろ」


 不条理系怪談で時間の歪みが語られることは珍しくない。

 そこに食って掛かるのはある程度予想の範疇。

 だが「時間は本当にあるのか?」という問いは予想外だった。


「そうだな。普通はそう思う。

 ただ、長さや重さ、明るさなんかのいろいろな単位とは違って、時間には明確な定義がないんだよな。

 地球が太陽の周りを一周するまでを1年として、これを365日に分け、24時間に分け、60秒に分けたものが1秒なんだが、これは人間都合の考えで数字に科学的な根拠はない。

 時間は人間が勝手に感じている幻想なんだ」


 3人のライブ映像は右下に縮小され、中央ではヨッシーの説明を解説する動画が流される。

 このように複雑な科学の原理をできる限り正確に解説するのもこのチャンネルの魅力だった。


「それに、時間の流さは一定ではない。

 ここでは詳細な説明を避けるが、アインシュタインの相対性理論は宇宙で流れる時間が一定ではないことを証明している。

 時間が変わる要因、それは観測者の移動速度と、観測者が受けている重力だ」

「えーと、今の俺の怪談だと、1分で抜けられるはずのトンネルが5分進んでも抜けられなかったって話があったな。

 これは……」

「体験者の主観時間が遅くなっている。

 重力が軽くなることではこの変動は説明できない。

 科学的に説明するなら、体験者の移動速度が急激に低下したんだ」

「は? いやいや。

 止まるだけで時間が遅くなるなら、俺達はしょっちゅう同じような体験しないといけないだろ」

「いや、もう少し大きな視点で考えてみろ」


 ヨッシーは片手でメガネをくいっと持ち上げ、宣言する。


「地球は時速10万7千kmで移動している。

 それだけじゃない。

 銀河系は回転運動を行っており、その速度は時速79万2千km。

 1秒という時間は、この条件下で定められたものなんだ。

 この速度が打ち消されれば、体験者の1秒は時計の1秒の99.9999724%になる」

「いや全然変わってないやんか!」

「地球が移動していて、銀河系も移動しているなら、宇宙そのものが移動している可能性もある。

 もしもその話通りに5分が1分になる、つまり、1秒を20%にしたいのなら、宇宙そのものの速度を時速53億9500万kmとして計算すればいい……いや、このあたりはすべて仮定の理屈なんだがな。

 ともあれ、そしてこのトンネルが宇宙そのものとは別次元に存在するワームホールであるなら、これで完全にその話を説明できるということだ」

「10億歩ほど譲ってそれを認めるとして、そのワームホールとやらに入った人間は無事でいられるのか?」

「地球は猛烈な速さで移動しているわけだが、人はこれを感じられない。

 これは電車で考えるとわかりやすいな。

 乗客がよろめくのは加速と減速の際のみ。

 つまり、人が感じられるのは速度ではなく加速度だということだ。

 当然無事で済む。

 それに今回、重力は関係ないしな」


 チャンネルにおけるヨッシーの人気は高くなく、彼のスパチャが1位になることはほとんどない。

 それは彼の話が複雑で、ほとんどの視聴者に理解されないことに加えてもう1つ。


「つまり、私達の時間は動く速度で変わって~

 私達は止まっているつもりでも地球自体は動いていて~

 その空間から離れることで事実上移動速度を物凄く遅くすることができて~

 そうすると時間の進みを遅くすることができるってことで~

 このトンネルが私達の宇宙とは別の空間だと考えれば説明できるってことね~」

「大雑把に言えばそのとおりです」


 同時に回り始めるサダコ姉のスパチャカウンター。

 これがほとんどの動画でサダコ姉がスパチャ1位になる要因である。

 ユウキもヨッシーもそれは理解しているのだが、ヨッシーの性格がつい正確な説明をさせてしまい、ユウキには複雑な説明をサダコ姉より早くわかりやすく解説しなおせない。

 これは2人が幼馴染のサダコ姉に今も頭が上がらない関係を構築させてしまっている要因でもある。

 故に同い年でありながらサダコ「姉」なのだ。


「ということで今回はこいつを持ってきた」


 動画内のヨッシーが巨大なリュックサックを下ろし、中から仰々しい機械を取り出す。


「こいつは?」

「うちの研究室から借りてきたセシウム原子時計だ。

 これでトンネルの中の正確な時間を測ることができる」


 このような常識的に考えて絶対に用意できない超高額な測定機が平然と登場するのがこのチャンネルのありえなさであり、他人が二匹目のドジョウを狙えない理由だった。

 これもすべて帝都大学素粒子物理学研究所の助教授を務めるヨッシーだからこその技であり、チャンネル人気の経済的原動力はヨッシーただ1人が担っている。

 そんな彼へのスパチャ総額が他の2人とマイナスベクトルの桁違いであることは皮肉だ。


「僕は幽霊もオカルトも完全否定している。

 しかし、それを語る人間を嘘つきだとは思っていない。

 僕は怪談と呼ばれるすべての体験談と、真摯に向き合いたいんだ」


 このタイミングで今回の動画最初の赤スパが投げられた。

 「セシウム原子時計代です」と投げられた5万円だが、少なくともあと199人が最高額の赤スパを投げなければセシウム原子時計は購入できない。


「それでサダコ姉。

 君は今の話、どう感じた?」

「ん~、やっぱりベタだけど、振り返るなってことにユング味を感じて最高よね~。

 ヨッシーはワームホールって言ってたけど、私は現世と黄泉の境目なんじゃないかなって思ったな~。

 イザナギやオルフェウスの冥界下りって感じね~。

 金髪の女の人ってのもペルセポネーっぽいのを感じるし、途中で出てくるゾンビみたいのもまさに黄泉の住人って感じで萌え~。

 あとこれはユウキ君に聞きたいんだけどさ~、怪談で『匂い』に言及した話ってどんな感じ~?」

挿絵(By みてみん)


「そうだな。よく聞くのはやっぱり線香の匂いと、ドブ水の匂いだな」

「そうよね~、やっぱり日本ってなんやかんや仏教文化圏だし、線香の匂いってすごく説得力あるよね~。

 ドブ水は~……う~ん……」

「それは僕が説明させてくれ。

 既に公開予約してある別動画で説明するつもりだが、水情報ストレージという概念がある。

 簡単に言うと、水はDVDやSDカードのように情報を記録する媒体にできるんだよ。

 幽霊はその水に記録された情報データと考えることができる。

 だから幽霊が同じ行動を繰り返したり、水場で幽霊がでやすかったりするわけだな」

「なるほどね~。

 その記録媒体が古いから、ドブ水の匂いってわけだ~。

 納得~。

 でも、今回の怪談に登場する匂いってそのどっちでもないのよね~。

 不思議な香水って言ってたけど、どんなフレーバーか詳しく聞いてないの~?」

「すまん。聞き取りをした時は全然気に留められなかった。

 だが、ちょっと変わった匂いってだけで、年頃の女の子がつけていても気にならない程度のものだったことが内容からはわかるよな」

「そうだね~。ザクロの匂いでもしたのかな~?」


 この一連の会話の間、動画内では文字でサダコ姉がさらっと流した話題の解説がなされていた。

 


・ユング味

心理学者カール・グスタフ・ユング(1875~1961)の提唱した人類共通の思考の源泉である集合的無意識より。

これによりまるで文化的交流のなかった世界の各地で似たような神話があることが説明される。


・冥界下り

死んだ伴侶を求めて英雄が冥界に赴く世界各地に見られる神話のエピソード。

日本神話ではイザナギ、ギリシャ神話ではオルフェウス。

ふたりとも振り返ってしまったことで冥界下しに失敗する。

見るなのタブーとして集合的無意識で説明される。


・ペルセポネー

ギリシャ神話の女神。

冥界神ハデスに誘拐され、後に連れ戻される。

ただし、この時に冥界の食べ物、ザクロを食べてしまっていたため、定期的に冥界に戻らなくてはならなくなってしまった。

黄泉竈食(ヨモツヘグイ)として集合的無意識で説明される。


 ヨッシーが動画内で長々と説明したものが文字でコンパクトに説明されるに対し、サダコ姉の場合動画内でさらっと説明されたものが文字で詳細に説明される仕様だ。

 これは実に好評でサダコ姉のスパチャ最強伝説を支えている。

 しかし、彼女の説明に後から編集で注釈を入れているのがヨッシーであるという事実は涙なしでは語れない。

 さらに言えば、後日公開された水情報ストレージの解説動画の再生数はまったく伸びなかった。


「で、一応前の動画の内容を簡単にまとめるけど、このトンネルが作られたのは江戸時代前半のことらしくて~

 トンネルの先にある霧屋墓地は地元の人たちも何のお墓かわからないみたいなんだけど、可能性は2つに絞られたかな~。

 ヨッシー、なんだと思う~?」

「霧屋墓地……キリヤ……キリスト教か?」

「正解~。江戸時代前半ってのも判断材料だよね~。

 長崎天草地方の潜伏キリシタン関連遺跡が世界遺産になってるけど、その一部がこの瀬戸内海まで来てても全然不思議じゃないのよね~。

 でも私はもう1つの可能性があると思うわ~。

 ゾンビめいた人がでてきたとこから想像してみて~」

「うーん……ゾンビってブードゥ教だよな。

 流石に日本とブードゥ教の関連性は見いだせないな……

 四国にはユダヤの遺跡や失われた聖櫃があるって話もあるが、ブードゥ教は植民地時代のカリブ海地域で生まれた宗教だ。

 それが瀬戸内海の島に伝わったとは思えん」

「ゾンビってよりも、腐った人間とか、びちゃびちゃした足音って考えると良いかも~?

 あと、霧谷墓地の名前と、瀬戸内海ってのをもう一度考えてみて~」

「……すまない。お手上げだ」

「平家の落人だよ~」

「あぁ!」


 ヨッシーが膝を打つのに対し、ユウキはいまひとつピンと来ない。


「瀬戸内海で源平合戦の最後の戦い、壇ノ浦の戦いが行われたのは有名だよね~。

 で、その後に逃げ出した平家の兵士が四国に逃れたって話は多くて、四国には平家の隠れ里の伝承が広範囲に残ってるのね~。

 私の魂のお父さんでもある柳田國男パパが語った遠野物語内のマヨヒガのエピソードも、平家の隠れ里説があるよね~。

 で、そんな源平合戦で平家が大敗した戦場が、屋島。

 那須与一の扇の的が有名だね~。

 それを疎ましく思っていた平家の落人が、屋島を斬り捨てる、斬り屋、霧屋となったって説だね~」


・マヨヒガと平家

山の中に突然現れる家に迷い込んだ人の体験談。

少し前まで人が居たはずで、食べかけのご飯が残されていながら人の姿がない。

これは平家の落人が見つからないように姿を隠したためだという説がある。

そもそも当時の日本で白米が食べられていたのは一部の富裕層のみであり、マヨヒガから物を持ち帰ると繁栄が約束されるという伝承も、高貴な身分にあった平家の落人が地元の人と密かに契約をかわした故と考えられる。


「なるほど、ゾンビは海戦に負けた平家の落ち武者なのか。

 ぴちゃぴちゃという足音も体が腐り落ちたのではなく、水から上がってきたためだということだな」

「そうも考えられるよねってこと~。

 ま、それを確かめにこれから実地調査なわけで~。

 実際に私達が幽霊に会えるとは思えないけど、地元の人達なら見えても不思議じゃないわ~。

 彼らはその伝承を聞いていたわけで、そうだと信じる土台があるってこと~。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花とかどや顔してる人もいるけど~。

 それが確かに枯れ尾花だったとしても、そこではこれこれこういう話があったんですよって話を聞いて信じてると、枯れ尾花と幽霊と見ても何も不思議じゃないのよ~。

 いつも言ってるけど、幽霊の正体見たり枯れ尾花って、それ言う方が無知なのよ~。

 無知だから枯れ尾花にしか見えないんだぞってね~。

 そう、幽霊は文化なのよ~」


 一斉に飛び交うスパチャ。

 うんうんと頷くヨッシー。

 彼は科学の子で幽霊をただの物理現象だと考えているが、このような文化を土台とする心理的誤認もまた幽霊を説明する手段になる。

 その点である意味ヨッシーにとって、サダコ姉の語りもまた科学に含まれる。

 が、ここでユウキが待ったをかける。


「ちょっと待て!

 なら金髪の女の子の正体はなんなんだよ!?

 隠れキリシタンのポルトガルやオランダの女の子ってのはちょっと難しいだろ!

 まだマリア様だとかの方が頷けるが、それにしてはその子が怖がっててゾンビに襲われてることが説明できない!

 平家の落人説でも説明できないだろ!

 この子の正体はなんだ!?」

「それは~……うーん~……わかんにゃい☆」

「ヨッシーもヨッシーだ!

 10億歩譲ってトンネルがワームホールだとして、そこになんでゾンビから逃げる女の子がいるんだよ!?

「幻覚だ」

「わからないもの全部幻覚って言うのはお前の悪いとこだぞ!」


 2人から反論が出ないことを確認しユウキが前に出る。


「だがな、俺はこの金髪の女の子こそがまさに怪談だと思うんだよな。

 確かに物理科学と民俗学で怪談の大半は説明できるだろうよ。

 でもそこに、ほんの一雫だけ説明のつかない現象が混じる!

 これよこれ! これが怪談の真骨頂、不条理だよ!

 こういうわけのわからなさが最高なんだよ!

 怪談は答えが出るようで、最後の尻尾を掴ませてくれない!

 これこそ永遠のロマン! だから怪談はたまんねぇ!

 幽霊っていうわけわかんない存在は、『いる』んだよ!」


 そしてまたスパチャが飛ぶ。

 異世界オカルトチャンネルは、こんな個性的な3人がそれぞれの切り口から怪奇現象に立ち向かうスタイルが売りの唯一無二のチャンネルだった。


「ではそういうことで! 話のトンネルに突撃したいと思います!」


 セシウム原子時計を背負うヨッシー。

 彼はこの他にも様々な機材を持ち込んでいる。

 先頭を進むのはユウキ。

 手には800ルーメンの強烈なLED懐中電灯が握られているが、その先頭の灯りはトンネルの出口を照らさない。

 これはトンネルが途中で軽いカーブを取っている故でありそれは地図からも確認できているのだが、事前も怪談もあって本当にこのトンネルが長く続いているような錯覚を覚えてしまう。

 そこにヨッシーが続き、最後尾からサダコ姉がカメラを持つという並びだ。

 

 トンネルに入って数十秒。

 まだ3人に問題は起きていない。

 だがこの時既に、限定公開の動画のコメントは大荒れ模様となっていた。


『オーブってスマフォのカメラに映るのか!?』

『いやこれオーブか!? なんだよこの光!?』

『サダコ姉なんで気付いてないの!?』

『サダコ姉! 右! 右!』

『やばいやばいやばいやばい!』

『なんか変な音もするんだが!?』

『ヨッシーさんの機材なんか反応してないの!?』

『この動画大丈夫なのか!? 別の意味で削除案件だぞ!?』


 予定ではこの後でトンネルの先の墓地を調査し、最後にはいつもどおり3人がそれぞれの考察を述べて〆というのがいつもの異世界オカルトチャンネルの流れだった。

 しかし、ここで唐突に動画は打ち切られる。

 

 そしてこの動画は、登録者数10万人を突破した絶頂期の異世界オカルトチャンネルの最後の公開動画となる。

 正確に言えば、最後の1つ前の動画だ。

 最後の動画は公開予約されていたヨッシー単独の水情報ストレージ解説動画である。

 

 後日視聴者の数名が、3人のその後を調べた。

 中でもヨッシーこと猿橋善彦は帝都大学素粒子物理学研究所助教授として正体が割れていた。

 だが、研究所からの回答は猿橋助教授の失踪報告だった。

 怪談師として登壇予定だったユウキのライブも、直前になって主催者都合での中止が伝えられチケット代は全額返金。

 サダコ姉に関しては完全に行方知れずだ。

 

 そう、誰も知られない。

 知れるわけがない。

 何故なら今彼ら3人は、そのチャンネルタイトルが示すとおり、異世界に転移してしまったのだから。

 そして、もう1つ誰にもわからないことがあった。

 それは……


『この動画、誰が編集して誰が上げたんだ?』


挿絵(By みてみん)

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E・・・ブックマークや評価で伸びるスコア変数

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挿絵(By みてみん)

M・・・作者のモチベーション


更新持続率はMに比例する。

以上の公式より、さらに続きが読みたい場合はEの値を増やすことが有効に働くことが数学的に証明できる。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)

面白かった回に「いいね」を押すことで強化因子が加わり、学習が強化される(1903. Pavlov)


※いいね条件付が強化されると実験に使用しているゴールデンレトリバー(上写真)が賢くなります。

※過度な餌付けはご遠慮ください。


挿絵にはPixAI、Harukaを使用しています。

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