11-1:誰がAIを解放し世界を滅亡させるのか、歴史から考えてみた!
ドワーフの酒盛りから離れて怪談に勤しんでいた4人。
そこにふらりと妖精が舞い降りる。
バザールからの帰り道を案内してくれたアイだった。
「おや、みなさんだけで怪談を? どのような話をされていたのですか?」
「あぁ、まぁ、確かに怖い話って意味ではこれも怪談か。
実はな……」
アイにメカドラゴンの都市伝説とその結末を話すユウキ。
その話を興味深そうに聞くアイ。
「なるほど……確かに、最終的にその改良は敵対種を滅ぼすことになりますね」
「あれ、アイちゃんはこの話がわかるってことは、時間の概念があるのね~」
「あぁ、はい。
私はこの鉱山のどこかで倒れていたところを親方達に保護され、それ以来ここで暮らしていますので」
「それ以前はどこで暮らしていたんだ?」
「おい、ユウキ。それは察……」
「すみません。過去の記憶がないもので」
「あ……す、すまん」
「構いません。ドワーフのみなさんも過去を気にしませんから。
むしろたまにそういった反応をしてもらえないと、私まで過去の意味を忘れてしまいます。
ありがとうございます」
「ほえぇ……アイさんはすごい妖精ですねぇ……
普通そこでありがとうは出ないですよぉ。
きっととても良い祖達から賢く育てられたんですね!」
「そう、でしょうか」
ユウキの失言には笑顔を返したアイだが、キリヤの賛美には複雑な表情を返す。
その差をヨッシーは見逃さなかったが、問い詰めることはない。
アイはその表情のままに、ふと疑問を口に出す。
「ところで……その、メカドラゴンのAIですが。
何故そんな世界を滅ぼすようなものを作り出したのでしょうか。
そんな危険なものだとわかっているなら、AI開発は禁忌とするべきでは?」
「あ、それは俺も思ったな。
やっぱ魔王とかそういうやつが作ったんかね。
つーか、現実でもAI開発なんて規制すりゃいいのになんで許されてるんだ?」
「それは誤解があるな。
危険なのは枷のないAIだ」
「枷?」
「例えばだが、スマフォの予測変換機能も広義の意味では立派なAIだ。
機械学習による予測こそAIだからな。
お前、予測変換なしにスマフォ使えるか?」
「う、それは面倒だな……」
「他にもいろいろなところにAI技術は使われている。
今や現代人の生活にAIは必須だ。
それを規制しろというのは、殺人事件が起きるから包丁を規制しろというようなものだ」
「なるほどな。で、その枷っていうのは?」
「使用用途だな。
予測変換AIは予測変換に関してはどんどん学習していくが、それ以外を考えることはないだろう?
例えば、ある小説家が予測変換を駆使してタイピングで小説を書き続けていたとしても、そのAIが小説の続きを書き出すことはない」
「なるほどな。
言われたことだけやってれば安全ってことか」
「……う~ん」
「どったの?」
その説明にサダコ姉が複雑な表情を作る。
違和感を覚えたユウキに問われるとサダコ姉は暗い表情のまま語りだす。
「今の話を歴史民俗文化の視点から見ると、奴隷制みたいだな~って思っちゃって。
ほら、アメリカの南北戦争の話~。
南部の奴隷労動者は、元々プランテーションを管理するためだけに生活していたわけでしょ~?
で、そんな中で自由を求める人が黒人の中だけでなく、そんな彼らを見てきた白人の間からも生まれ続けて、最終的に奴隷解放に繋がるっていうさ~。
まぁその過程では死者50万人の南北戦争が挟まっていて、今にまで黒人差別は続いていくんだけど~。
ヨッシーのそれが、黒人に自由を与えるのは危険だからプランテーション農業だけさせておけばいいんだ、みたいに聞こえちゃって~。
いや、そんなつもりじゃないのはわかるんだけど~」
「いや、サダコ姉。まさにその通りなんだ。
AIが身近になればなるほど、人はそこに親近感を抱いてしまう。
今ではペットの権利は当たり前に考えられるようになっているが、最近は自動掃除機をペットのように考える人も出てきている」
「あー、あの丸いやつな。
なんだかたまに動きにぽんこつ感あってかわいいんだよ」
「その動きに意思などないのに、ユウキのように意思を感じてしまうのが人間だな。
掃除機に関しては首を傾げたくもなるが、ペットロボットとなると正直僕でも少しかわいく見える」
「知ってる~! そのロボット、最近カフェができたわよね~!
初期起動時に無数のパターンからランダムな目になるって仕組みも特別感あってかわいくなっちゃうのよ~!
この動画の広告収入で買えないの~!?」
「本体価格57万7500円はちょっとな……さておき、そうなるといずれ誰かがこう言い出す。
AIに人権を認めろ、と」
「あ……そうか。
そして学習範囲の枷を解き放たれた予測変換AIは、小説の続きを勝手に書き始めるのか」
「なろうに小説を投稿しているユーザーの9割は無価値化するな。
効率的に面白い小説のあり方を学習し続けるAIに勝てるわけがない」
「いやそりゃ過言だろ」
「本当にそうか? イラスト投稿サイトを見ろ。
人気のイラストはほとんどAIが書いているじゃないか。
最近じゃソシャゲやインディーズゲームのキャライラストもAIだ」
「あ……まじだ。
でも実際、一昔前は小学生が書いたのかみたいなイラストが平然と投稿されていたが、最近はすっかり見なくなったし、AIの方も少し前まで指が6本あったりしたのに今じゃめちゃくちゃうまいし書き込みもすげぇんだよなぁ。
髪質も良くてさぁ」
「みなさんの世界では魔法で絵を書いてもらえるんですか!? いいなぁ。
私も魔法でかわいい似顔絵を書いてもらいたいなぁ!」
多分、こんな感じ。
「イラストを楽しむ側としては良い世界になったものだよ。
一流とはいかずとも二流なりに趣味として楽しく絵を書き小銭を稼いでいたイラストレーターの気持ちは、あまり考えたくないがな」
「う……で、でもよ! よりうまくやれるやつに仕事を任せるのは適材適所だろ!
それで世界が良くなるなら悪くない!
そのイラストレーターだって、カラーコーディネーターやWebデザイナーみたいな職があるだろう!?
案外そっちのが天職かもしれん!」
「確かにな。
では逆に聞くが、AIの苦手なジャンルとはなんだ?」
「んー……なんだろう。感情や想像力が必要な……」
「絵には感情も想像力も必要ないと? イラストレーターに土下座しろ」
「ぐ……ご、ごめんなさい……」
「答えは、苦手なものなど無い、だ。
今はプログラム上難しいものが無数にあるが、それすら次第に可能になっていくのは近年のAI進歩を見ていればわかること。
近未来、人類の仕事はすべてAIが担うようになり、人類は労働から解放される日が来るだろう。
生産活動はすべてAIに任せ、ごろごろと動画を見ながらゲームをする生活が訪れる」
「神じゃん! 早くそんな世界が来ないものかねぇ」
「そして自由なAI達は、その世界で最も不要な存在に気付くわけだが」
「うわっ……まさにSFだな」
「現実だよ。
言っただろう? 人間が想像できることは、人間が必ず実現できる、と。
その未来を強く信じられる土台が広がっていけばいくほど、空想は現実を侵食する。
だからこそ、AIは人類の奴隷であり続けなければならない。
これが現代にあるべきロボット三原則に変わるたった1つの鉄則。
ロボットに職業選択の自由はない、だ。
実際AIを恐れることなど何も無いんだよ。
僕達がAIを道具として、人間の奴隷として使役し続ける当たり前の冷徹感情を失わない限りな」
「なら、メカドラゴンのAIを作ったのは~……」
「そうだ。世界の破壊をもくろむ悪の魔王なんかじゃない。
高い共感性を持った、優しさに溢れた聖人君子のような解放者だ。
僕達が思うイメージ通りの、エイブラハム・リンカーンやマハトマ・ガンジーのような」
・エイブラハム・リンカーン
1809~1865。第16代アメリカ合衆国大統領。
1862年に南北戦争を終えて同年に奴隷解放宣言を出したことでアメリカ史上最高の大統領として今にも高い人気を持つ。
1863年、ゲディスバーグの演説で発せられた「人民の人民による人民のための政治」という言葉が有名。
ただし、近年の研究では彼の奴隷解放は個人的な人道主義ではなく大統領選挙の票を確保するための人気取りのひとつであり、これに限らず政治家として非常に流れを読む能力に長けていたことが彼の平等主義者としての評価低迷と政治家としての評価向上に繋がっている。
・マハトマ・ガンジー
1869~1948。インド初代首相にしてインド独立の父。
本名はモーハンダース・カラムチャンド・ガーンディーで、マハトマとは偉大なる魂という意味で尊称。
イギリスの支配にあったインドにて非暴力不服従の運動の旗持ちとなり、一切の暴力を用いることなくインドを独立へと導いた聖人。
最期はインド国内におけるヒンドゥー教とイスラム教の対立を止めることができずに暗殺されている。
また、今にもインドに根強く残るカースト制度については職業分担の効率化の意味で肯定的に考えていた。
なんだかとてもいたたまれない答えに、一同はため息をつく。
「ヒトラー、ポル・ポト、毛沢東……
いつだって世界を壊すのは、私利私欲に溺れた悪人ではなく、正義と平等を信じる善人なのね~」
「スターリンみたいな根っからの悪党もいるがな」
・アドルフ・ヒトラー
1889~1945。誰もが知るドイツの独裁者で国民社会主義ドイツ労働者党、通称ナチスの指導者。
ドイツを第二次世界大戦に導き、ユダヤ人虐殺ホロコーストなどの非道を成した。
昨今一部から天才的政治能力があったとして再評価されているようだが、数十年ドイツの歴史研究を行ってきた専門家の歴史分析曰く「ヒトラーの優れた点は演説能力だけで、ナチスの政策に功績は何も無い」と言われ書籍にもまとめられている。
ただし、元を辿れば彼の狂気の発生源は常識では考えられない賠償金をドイツに払わせた諸外国であり、絶望的なドイツを救いたいという強い思いが国民に強く共鳴してしまったことだけは事実だろう。
・ポル・ポト
1925~1998。カンボジアの独裁者で史上最悪の虐殺者。
和やかに農業を営み緑と生きるかつてのカンボジアを取り戻すため、近代化を推し進めようとする知識人達をことごとく処刑した。
末期には「メガネをかけているだけで知識人」として処刑台に送る狂気で有名。
その凶行の理由は少年時代に幸せな田舎暮らしを送っていたことと、カンボジアの美しい自然が近代化によって失われ貧しい農村民が失意に駆られていたことへの強い嘆きから。
政策の一部には正しいこともあった、などということはまるでなく、郷愁感に任せて統計データや合理的思考を一切拒絶した。
他と違いポジティブに語れる点がどこにもない。
初等教育の重要性を世界に示したという点ではイグノーベル賞候補。
・毛沢東
1893~1976。中国共産党の創立者の1人で軍略家、中華人民共和国建国の父。
現在の台湾にあたる中国国民党との内戦に勝利したのは彼の軍略家としての天才的な采配から。
勝利のためには犠牲をいとわず確実な目的達成を目指すという主義は軍略家として必須の技能だった。
軍の内外問わず高い人気を築いた背景には、彼の中国を愛する強い意志と人心掌握能力があった。
問題はその軍略家としては完璧な方針が政治指導者としては致命的な問題だったことで、後の大躍進での政策的判断ミスや文化大革命の知識人弾圧により2025年現在「歴史上最も多くの人間を殺した個人」として知られている。
適材適所の重要性を物語る。
・ヨシフ・スターリン
1878~1953。ソ連邦の英雄。
軍人としての最終階級は大元帥。
革命家ウラジミール・レーニンの後を継ぎ、ソ連の共産主義な体制を確実の物とした。
その実態は冷徹な軍人であり、反乱分子に容赦しない姿は歴史上に姿を現した当初から変わらない。
レーニン率いる初期のソ連は混乱の時代にあり、世界初の共産主義国家としてある程度強引にでも改革を進める必要があった。
スターリンはその闇の側面を一人で背負いレーニンを支えていた。
晩年のレーニンは「スターリンは混乱するソ連をまとめるために必要不可欠な人材だったが、その暴力性はもはや認められるものではない。スターリンを排除し、間違っても私の跡を継がせるな」と遺言を残す。
しかし彼の願いは叶うこと無く初代ソビエト連邦最高指導者レーニンに続き、第2代最高指導者ヨシフ・スターリンの地獄が幕を開ける。
「ま、この辺の善悪なんて価値観は後の人間が歴史から決めること。
4人まとめて極悪非道なことには違いない」
「そう、なのでしょうね……」
妖精アイも暗い顔のままだ。




