1-1:日本一ヤバイ心霊スポットの怪談を語ってみた!
「「「幽霊は~……?」」」
「いる!」「いない!」「文化!」
視聴者にはもうおなじみの三者三様の主張。
限定配信時のコメントには、視聴者がそれぞれに自分の主張を書き込み弾幕のように画面全体を埋め尽くした。
三方向から激論をかわす三人の顔のアップが大きくなり中央で衝突、爆発。
煙が晴れると同時にチャンネルのタイトルが表示される。
――異世界オカルトチャンネル!
「はい! みなさんこんばんは!
日々の暮らしのすぐ隣、そこには魑魅魍魎が跋扈する異世界が広がっているのです。
異世界オカルトチャンネル、ガチオカルト路線担当、怪談師のユウキです!
幽霊は、いまぁす!」
「みなさんこんばんは。
世界の繁栄、導くは科学の光。
灯台下暗しの影すらも、青色発光ダイオードで照らしてやりましょう。
異世界オカルトチャンネル、物理科学担当、帝都大学助教授のヨッシーです。
幽霊など存在しません」
「平地人のみなさん戦慄してますか~?
人の生活がある限り不思議な物語は生まれ続けます。
異世界オカルトチャンネル、民俗学担当、書店員のサダコお姉ちゃんですよ~。
幽霊は文化です~」
三人の挨拶の後でそれぞれの視聴者が自分の「推し」に向けてスーパーチャットを投げ始める。
同時に画面下に誰にどれだけのスーパーチャットが投げられたかのカウンターが回り始めた。
「このチャンネルでは、幼稚園からの幼馴染だった俺達3人が、それぞれの立場から心霊現象を語ります。
誰の話を信じるかはみなさん次第で答えは出さないスタイルでやってますが、誰に一番スパチャが飛ぶかってのは、『そういうこと』ですよね?」
「平地人のみんな~。
今日もお姉ちゃんにスパチャお願いね~」
「サダコ姉のそういうとこで稼ぐスタイルは不公平だ。
僕達は歌って踊るアイドルやってるわけじゃないんだぞ」
「そうよ~?
私は偶像崇拝もどんとこいだし、こっそり平地人のみんなが私のえっちな同人誌書いてることも知ってるから、このリンクからチャンネル限定グッズ購入もよろしくね~」
怪談ブームと呼ばれる昨今。
かつてのテレビ特番で人気を博した科学側の勝利が事実上内定していたとも言われるオカルト番組は衰退し、オカルトは事実探求から純粋なエンターテイメント路線へかじを取ることで広い人気を獲得した。
一方で最近は民俗学のリバイバルが盛り上がり、怪談を語る者の中にも地域の伝承から謎を解き明かすという切り口がメジャーになってきた。
もちろん、怪談は怪談として恐ろしい未知のままであるべきだという主張も存在しており、科学との決別をつけた今も幽霊を巡る論争は絶えることがない。
そんなご時世の中動画サイトに登場した異世界オカルトチャンネルは、動画初投稿からわずか1年でチャンネル登録者数10万人を突破。
それぞれが真摯に怪奇現象に立ち向かい別路線ながら高いクオリティの語りをすることが売りだ。
「はい! ということで今日はチャンネル登録者数10万人突破記念企画第二弾ということで、心霊スポットガチ突撃ライブをやっていきましょう!」
「朝から私とユウキ君の二人で地元の人たちにお話を聞いてきた動画が既に1本目として公開済みなので、未視聴な方はそちらからどうぞ~。
なお、その際にしっかり地元の人たちに許可をいただいての撮影となってますよ~」
「僕はここからの合流になる。
改めて、これから行く場所に説明してもらえるか?」
「よし来た! これから行くのは瀬戸内海の某島内にある知る人ぞ知る心霊スポット、霧屋墓地に至る霧屋トンネルだ! ここで俺から霧屋トンネルにまつわる怪談を披露しよう!」
動画が一度カットされ、事前に収録されていた怪談パートが挿入される。
ろうそくの明かりがユウキの顔を不気味に照らす中、ライブ映像とはまるで違う真剣な顔をしたユウキが小さい声でそっと語り始める。
「ある大学生から聞いた話です。仮にタガワさんとしましょう。
夏休みを利用しての離島キャンプにやってきたのはタガワさんと同じサークルメンバーの男性が3名。
加えて紅一点の女の子が一人、サクラさんがいたんですね。
まぁよくある話ですけど、タガワさん達4人は誰がこのサクラさんの心を射止めるかのライバルだったんです。
誰もがこのキャンプであわよくば……みたいなことを考えていたそうです」
『ねぇねぇ知ってる?
この近くに、怪しいお墓があるんだって。
行ってみたくない?』
「サクラさんが突然そう言い始めたんです。
曰く、キャンプ場から少し離れたところ、トンネルを通った先に地元の人しか知らないお墓があって、そこには幽霊が出るんだとか。
サクラさん、そういう幽霊とか怪談の類が大好きだったんですね。
タガワさんはそういうのにあまり興味がなくて、どちらかというと苦手だったんですけど、ふと考えるわけです。
これはサクラさんとの仲を深める良い機会じゃないか、って」
『よし、行ってみるか。お前らも行くだろ?』
「他の3人も怪談は苦手だったそうなんですが、まぁ考えることは同じわけですよ。
それで5人はトンネルに入っていくわけです。
トンネルの壁は石造りで、地元の人しか通らないからか、今にも崩れてきそうな作りでした。
もちろん、電気もついておらず、スマフォのあかりだけが頼りです。
地図で確認したところ、長さは100mあるかないかくらい。
1分少しあれば通り抜けられる距離ですね」
『なぁ、おかしくないか? やけに長いぞ』
「3人の中の1人がそう切り出します。
1分少しで抜けられるはずのトンネル。
ところが彼の体感では、もう5分くらい歩いているような気がしたそうです。
ちらりとスマフォを確認するんですが、時間はトンネルに入ってからまだ1分。
タガワさんも首をひねります。
その時でした」
『おい! 今なんか声がしたぞ!
俺達以外の人いなかったよな!? 後ろから……』
「そう言いかけて突然声が途切れます。
タガワさん驚いて振り返ろうとするんですが、その時隣を歩いていたサクラさんがぎゅっとタガワさんの手を掴んで言います」
『振り向いちゃダメ!』
「いきなり何を言い出すだと思うんですが、そこはやっぱり男ですからね。
意中の女性に手を掴まれれば別の理由でどきりとしてしまうわけです。
サクラさんの手は細いんですけど、意外にも握力が強くて硬い。
ただ手は汗で湿っていて、彼女の恐怖が伝わってくるようだったと言います。
怪談が好きで怖いもの知らずのサクラさんも意外にかわいいところがあるんだなぁ、とか。
ふわっと風が吹いて、不思議な香水の匂いが届きます。
サクラはこんな香水をつけてるのかぁ、みたいなことを考えてしまったそうです」
『俺も聞こえたぞ! 一体……』
「そうやって他の2人の声も聞こえなくなります。
流石にこうなるとタガワさんも鼻の下を伸ばしてばかりではいられない。
ただ振り向くなとは言われているので、後ろは見ないまでも隣のサクラさんの方を向くわけです。
そこで、気付くんです」
『サクラじゃない!? お前、誰だ!?』
「そこに居たのは金髪の西洋風の顔立ちをした女性だったんですね。
驚いたタガワさんが謎の女性の手を払って振り向いて逃げ出そうとするんですが」
『待って! お願い! 一人にしないで! 怖い! 怖いの!』
「叫ぶ女の声を無視して走って逃げようとしたところで、タガワさん、転んでしまいます。
何かに足を取られたんです。
誰かの手が、自分の足を掴んでいる。
誰だよ!? そう思って自分の足を見た時。
タガワさんは信じられないものを見ます。
手が、地面から生えていたんです」
『うわぁっ!?』
「タガワさんが必死で足を振ると、人間の手だと思われていたものがぐちゃりと音をたてて溶けるんです。
タガワさんの手を掴んでいたのは、腐った手だったんですね。
そこから必死で立ち上がって逃げ出すタガワさん。
背後からべちゃべちゃという音と同時に大勢の気配を感じたそうです。
走り出して20秒もしないうちにトンネルを抜け出すと、そこには途中で声が聞こえなくなった3人が息を荒らげて四つん這いになっていました」
『見たのか!? お前も見たのか!?』
「こくりと頷いた時、タガワさんハッと気付きます。
サクラさんがいないんです」
『サクラは!?』
「そう叫んでトンネルに振り向くわけです。
中から人の気配なんかなく、恐ろしい足音も聞こえません。
でもサクラはまだ中に居るのかもしれない!
助けに行かないと、いや、でも……と、躊躇をしかけたその時」
『あ、みんなー。先に行かないでよー』
「サクラさんの声が、トンネルとは反対から聞こえてきたんです。
そこに居たのはサクラさん本人で、いつもどおりの笑顔できょとんとしていたそうです。
サクラさん曰く、タガワさん達3人だけが先に行ってしまって追いかけてきたんだと。
ほら、行こう、ほんとに幽霊が見えたりするのかな~? みたいなことを言いながら笑うサクラさんに、タガワさんは言うわけです」
『見える、とかじゃない。ここは本物が、いる』
ろうそくの灯りが吹き消され、画面が真っ暗になる。
そして画面は元の自撮りカメラの映像に戻った。
「って話があるんだよ! どうだ怖いだろ!?」
異世界オカルトチャンネルには定番とも呼べる流れがある。
毎回こうして怪談師のユウキが怪談を語った後で、科学と民俗学の両面から内容を考察し、怪談をただ恐ろしいだけの話ではないものとして丸裸にしていくという流れである。
この時にユウキは2方面からの考察を可能な限り否定する形で討論となるのだが、これは単純な二項対立ではなく三つ巴になることも少なくない。
今回もよくあるトンネル怪談に思える内容に対し、ヨッシーとサダコ姉は獲物を目の前にした肉食獣のような目の輝きでマイクを振られるのを待っている。
ユウキからしても、この怪談にどう説明をつけるつもりなのか楽しみでもある。
どちらに振るかと目を走らせると、ヨッシーが無言で手を上げた。
「じゃ、今日はヨッシーからいってみるか。
科学でどう説明をつけるかお手並み拝見だぜ」
「ふむ」
「僕が気になったのは時間の歪みだな。
ユウキ、時間ってほんとにあると思うか?」




