8-3:監禁されていた男の遺書を発見、解読してみた!
「あまり騒ぐなよ。森で眠る祖達が静まらない」
「す、すみません」
「それで、そっちがお前の幼馴染か」
「は、はじめまして。
僕……あ、いえ、わ、私は、ヨッシーを名乗っています」
(ん?)
なんだか幼馴染の様子がおかしい。
いきなり外国人みたいな日本語になりやがって。
こいつがこんなになるなんて、見たことないぞ。
「ふむ……なかなかいい男ではないか」
「とんでもございません!」
「そう謙遜をするな。
その衝動も抑えることはない。
聞けばもうすぐ里に来て10日だろう?
効果が出てくる頃合いだ。
私は里のやつらとは違う、原始のままのエルフだからな」
「は? 効果って、何の? 原始のエルフって?」
「……お前も不思議な男だな。まぁいい」
プリングさんはカエルを睨み付けたヘビのような目で一歩ずつ足を前に運び、ヨッシーの肩に軽く手を置いた。
「うっ……!」
「私の家に来い。かわいがってやるぞ」
「ちょ、ちょっと待てって!? どうなってんだ!?
ヨッシーに、俺の幼馴染に何をしたんだ!?」
とろんと蕩けた幼馴染の目。
プリングさんの細い指先がその顔の顎に軽く触れる。
そのままゆっくりと顔が近づいていき……
「ひっ! う、うぉぉぉおお!?」
突然何かに気付いたようにヨッシーが怯え、後退りをして目を逸らしてそのままうずくまってしまう。
「うん? おかしいな。
完全に魅了が入っていたはずなのだが」
「み、魅了!?」
「だから言っただろう。
私は原始のエルフだと。
男性の本能を高められた人間の男に、私の体から自然と流れ出るフェロモンを拒絶することなど、できるはずがない……の、だがな」
「何サキュバスみたいなこと言ってるんですかねぇ!?
お、おい! ヨッシー! 大丈夫かヨッシー!」
「男が……男が地下に……!」
「は? 男?」
「なんだと?」
そう言って振り返り、数歩進んでしゃがみ込むプリングさん。
ユウキも彼女の後を追い、その足元に置かれた巨大な石の板に気付く。
「まさかな……」
「え、こ、この石の板って……もしかしてこの下には!?」
「そうだな……いいだろう。
良い機会かもしれん」
腰を入れて、石の板を動かすプリングさん。
その下には予想通り、地下への階段が隠されていた。
「少し待て。今あかりを取ってくる」
「あ、俺、LED電灯持ってます」
カバンから最大800ルーメンの明かりを出すLED電灯を取り出し、地下を照らす。
「すごいアーティファクトだな」
「でしょ? ちょっと進みすぎてると思いますけど」
進みすぎた科学は、魔法にしか見えない。
さておき、地下の空間の広さは10畳ほどと自分達が寝泊まりする地下牢の2倍程度の広さがある。
天井には埋められた窓の跡。
奥にはおそらくトイレと思われる小部屋への扉。
机は2つ。
そして中央には、巨大な石が置かれている。
「これは……」
LED電灯の明かりが石を照らす。
そこには6桁と1桁の数字が刻まれていた。
「112462、2……こ、これは墓で、この日付は……
いやでもエルフの墓は木に……はっ、まさか!」
「あぁ、そのまさかだ」
「大量殺人事件の、犯人の墓……!」
「俺の」
驚いて振り返ると、そこにはうずくまっていたはずのヨッシーの姿がある。
その目には生気がない。
「ヨッシー?」
「どけ」
ヨッシーが墓標に手をかざしたかと思えば、そのままの勢いで。
「ふんっ」
「おいぃぃ!?」
墓標を、倒した。
「何してくれてんのお前ぇぇぇえええ!?
因習村の祠壊す祟りRTAじゃねぇんだぞ!」
騒ぐユウキを無視してヨッシーはしゃがみ込み、墓標の下を彫り始める。
素手のままでだ。
「お、おい! 何してんだよ! おい! おいっ!」
ヨッシーは答えない。
爪が剥がれ、血が流れ始める。
さすがにこれはやばいと気付いてプリングさんに振り返るも。
「す、すまん! 動きを止めようにも私は魔法が使えん!」
「あぁもう、ほんと魔法が使えたら便利なのになぁ!」
慌ててどうにかヨッシーを正気に戻そうと後ろから羽交い締めにしてみるが、その手は止まらない。
既に爪はぼろぼろだ。
が、その時。
何かを掘り当て、手の動きが止まり。
「ん……ユウキ、僕は何をして……つぅっ……!
なんだこの指は!? 僕は拷問でもされたのか!?」
「正気に戻ったか!? つか、なんだそれ!?」
「ん、何を持って……木箱か?」
「貸してくれ」
言われてプリングさんに木箱を手渡すヨッシー。
箱を開くとそこには、帯でまとめられた紙の束があった。
「知らない文字だな……なんだこれは」
「見せてください。
って、これ、日本語だぞ!?」
それはこの世界で何度も見てきたものと同じ日本語。
だが、書体は古く江戸時代の古文書のように見える。
それでもユウキは何故かそれを。
「我が未練ここに遺書として綴る……」
「読めるのか!?」
読むことが、できた。
LED電灯で手元を照らし、経年劣化でぼろぼろで崩れかけている紙をそっとめくった。
――幼き馴染みと天狗の住まう神仙界に連れ去られ、どれだけの日が過ぎただろうか。
その暮らしは、決して悪いものではなかった。
「天狗の住まう神仙界……仙境異聞か!」
・仙境異聞
江戸時代の国学者、平田篤胤(1766~1843)によってまとめられた新道書。
神隠しにあった少年寅吉が異世界で見聞きしたエピソードを聞き取り書に書き留めたもの。
寅吉少年は本人曰く、7歳の時に現代の東京都台東区浅草で天狗にさらわれ行方不明に。
その後現代の茨城県日立市の岩間山(現・御岩山)で修行して幽冥界に行き、諸外国も廻ったという。
後にひとり江戸に帰還し、呪術を用いるとして有名になっていたところを平田篤胤によって聞き取りが行われた。
その内容は妄想と言うにしてはリアルで、今にしてみれば明らかに江戸時代後期とは思えないような知識が含まれている。
言うならばそれは江戸時代の異世界物語「天狗に攫われて異世界転生したショタの僕が魔法を覚えて江戸に帰ったら大人気になって遊郭でもちやほやされちゃいます」
――だが、気になるのは日ノ本の革命がいかに進んだか。
下士の友でもあった直影は無事に逃げおおせたのか。
今でもその名を思い出し、日ノ本の夜明けを夢想する。
「下士の直影……坂本龍馬だ!
これを書いたのは幕末の土佐藩の志士で、坂本龍馬の幼馴染だ!」
・土佐藩の階級制度
現代の高知県にあたる土佐藩では上士と下士で厳しく身分をわける独自の階級制度が存在していた。
幕末の偉人坂本龍馬、本名直影は下士の生まれであり、本来なら土佐からの脱藩は重罪であった。
――江留婦は皆美しく、我と幼き馴染み共を丁重に扱う。
だが、その実我等が江留婦に子種を注ぐためだけに存在する家畜生たるを知るは、日ノ本を変えると誓った上士たる身ではあまりにも恥ずべきことであろう。
それでも、我もまた男である。
美しき江留婦達の中でも、特に小梅小松の姉妹に心強く惹かれ候。
「……っ」
後ろから小さく、声にならない声が漏れた。
――我等の子種を注がれ孕みし江留婦は、稀に呪術を使えぬ子を産み落とす。
其の者忌み子とされ、忌み子が我等と交わる機会なし。
「なるほどな…HHのタイプで遺伝子を受け継いでしまったエルフとの交配で再びHHタイプの遺伝が行われる確率は2分の1。
それを許したまま年月が経過すれば、12.5%の魔法が使えないエルフが50%へと反比例グラフを描く形で近付いてしまう」
「差別されていたわけではないとはいえ、子を作れないという点では明確に区別されていたのか」
「……あぁ、そうだ。
そう、だったな」
――姉小梅美しく幾度ともなく交わり。
されども、妹小松と交わることできず。
ひとえに、小松忌み子の生まれにして、げに悲しき世界の因習なり。
我と幼き馴染み、神仙界にも残る身分の差を強く恨み候。
日ノ本の革命ならずんば、神仙界の革命をと誓い合う。
「この人が、エルフの因習を変えるために人生を賭けたという……」
「…………」
プリングさんは何も答えない。
――ある夜、我は信じがたし物を見る。
そこに、幼き馴染みが小松と交わる姿あり。
幼き馴染みに裏切られし我の怒り、筆舌に尽くしがたし。
相手幼き馴染みであることを忘れ、叫ばん。
たかが庭師なる下士たる身にて何故そのような無礼を成すか。
斬り捨て御免。
刀引き抜き、幼き馴染みに斬りかかる。
「なっ……この人は上士で、幼馴染は下士だったのか……」
「口では共に日本を変えようと約束したものの、本来は手が届かない存在だったはずの愛する女性を目の前で奪われ、心の底にしまい込んでいた身分差別の傲慢さが出てしまった。
……人間らしいな」
――我が怒り収まることを知らず。
もはやすべてがうらめしや。
世界革命ならずんば、すべて火の元に灰燼と化さん。
4つの月の下、我江留婦の里に火を放つ。
火の中から逃げ出す江留婦あらば背中より斬りかからん。
「それで俺達が追っていた大量殺人に繋がるのか……」
――されど逃げ惑う中に小梅の姿あり。
我ふと正気に還る。
己の成したこと、許されざるものにして。
もはや腹を斬って死ぬ他なし。
かくして腹を斬り、江留婦と幼き馴染みへの詫びとする。
「これが犯人の動機か……当然許せるものではないが、気持ちはわかってしまうな」
「ちょっと待て。まだ続きがあるぞ」
――幼き馴染み、遺書をしたためることなく腹を切る。
その無念、残された者が書き留めるが役目。
我は悪鬼となった幼き馴染みを恨むことなし。
すべては我の不徳がことのかなめ。
生き残りし我、亡き幼き馴染みとの誓いの元、江留婦の因習を拭い去る術探すことをここに決意し候。
「これを書いたのは犯人じゃない!
幼馴染の方だったんだ!」
「斬り捨て御免とあったが、生き残っていたのか……」
「……そうだな」
するりと衣擦れの音が地下に響く。
何事かと思って振り向くと、そこには上半身の衣服を脱ぎ捨てたプリングさんが。
思わず目をそらそうとするユウキの前で、彼女はくるりと背中を見せる。
そこには、痛ましい傷跡が残っていた。
「斬られたのは、私だからな」
遥か昔の悲しい恋の物語。
目の前に居たのは他の誰でもない。
その、最後の登場人物であった。
人目をはばかることなく泣き出してしまったプリングさんの背に、ユウキはそっと服をかけた。
まるで推理小説の、ラストシーンのように。




