8-1:聞き取り調査でついにエルフの地雷を踏んでみた!?
1万年前、エルフの村で起きた大量殺人事件。
その犯人は座敷牢に監禁されていた人間の男だった。
男がここに監禁されている理由は、エルフの種を後に残すため。
こうしてエルフが人間を監禁するのはここに始まったことではなく、おそらくエルフという種が生まれ定住をはじめてからずっと続いてきた因習なのだろう。
男は逆に、その因習を終わらせたことになる。
考えられる動機の方向性は2つ。
1つは、この監禁が男を家畜のように扱う行為であり、自由を求めるに加えて今までの復讐として犯行に至ったという、純粋なネガティブパターン。
もう1つは里のエルフたちと関係を持つ中で特定の誰かと強く愛し合ってしまい、その末に愛故の凶行に及んでしまったというある意味でのポジティブパターンだ。
一応ここに、監禁生活からの精神病やエルフによる魔法実験で自我を喪失したというフラットパターンを加えるべきかといったところだろう。
そして、この事件の後でエルフは古い因習を捨て、エルフ同士で子孫を残す魔法を編み出す。
加えてここで、おそらく当時から少なからずネガティブなイメージを持たれていたであろう魔法が使えないエルフが今後現れないよう、何かしらの仕込みを行った人物が登場する。
もしかすると、その人物がこの殺人事件の真の黒幕なのかもしれない。
こうして因習が捨て去られたかに見えた事件から約9000年後。
エルフ同士から生まれたはずのキリヤは魔法が使えなかった。
遺伝の法則を知らなかった両親は、お互いが不義理を働いたものと勘違いし、自ら森へと旅立ってしまった。
外の種族と婚約の儀が結ばれる際に外部の男性が里に泊まるケースがあることは今の自分達が居る通りで、おそらくそこで関係を持ってしまったと考えてしまったのだろう。
尤も、9000年間1人も魔法の使えないエルフが現れなかったことは偶然では説明できず、やはり何かしらの「仕込み」が成功していたと考えられる。
しかし、キリヤの両親にはそれが適用されなかった。
一応、両親が本当に別の男性と関係を持った可能性もまだ完全に否定されているわけではない。
「というのがここまでの状況整理だな」
「あとは犯人の動機、仕込みの正体、キリヤちゃんの両親の不幸の謎が解き明かされれば、謎はすべて解けたと八つ墓のじっちゃんに報告できるってわけね~」
「いや、まだだ。もう1つ謎がある。
犯人がエルフ達を殺した方法だ」
そう付け加えたヨッシーにユウキはサダコ姉と共に首を傾げる。
「えっと、どんな凶器を使ったかってことかしら~。
まぁ探偵や警察みたいに事件の謎を解くならそれは重要かもしれないけど、私達は民俗学的な伝承の観点での謎を解きたいわけで~
別に凶器が剣でも鉈でも散弾銃でも特に重要ではないと思うのだけど~」
「エルフは魔法が使える。
この本のイラストを見ると魔法の発動に杖が必須というわけではないようだし、言うならばエルフは素手でも武装状態だってことだよな。
だから、簡単に武器で殺すことはできないって言いたいんだろ。
だがそんなの、寝込みを襲えばいいだけだ」
「どうやって?」
「そんなの津山三十人殺しみたいに、深夜に家に押し入って……あ」
そこまで言ってユウキも気付く。
そう、それができない。
できない故にこの幼馴染はとても恐ろしいことを考えていたくらいだ。
「犯人が男なら、エルフが住むホロゥには入れないはずなんだよ」
「なるほどな。
俺達にわかっているのは1日の中で150人が殺されたということだけだもんな。
それだけの数を一体どうやって殺したのか……うーん……」
多次元空間を3次元空間上に展開したと予想されるホロゥ。
それは現代物理の究極理論のひとつである超ひも理論を数式上の予想ではなく観測で実証することになるという。
ただ男だというだけでその謎をこの目で見ることができないヨッシーの苦しみは、ある意味凶行に及んでしまった犯人の苦しみと通ずるものがあるのかもしれない。
知らんけど。
――5日後
調査は進展していなかった。
幸いにもプリングさんが他のエルフ達に話をすることはなかったようで、サダコ姉は相変わらずマインスイーパーを続けられている。
「そういえば、奥さんの飲まれているハーブティー、とてもいい色ですね~」
「あ、そ、そうね。
でもこれはサダコ様とは関係ないのよ。
気にすることはないわ。
それよりもサダコ様、ニホン国には四季というものがあると伺いましたが、それは……」
にこにこという笑顔を崩さないまま四季の概念を説明しはじめるサダコ姉。
公転周期4.91日のこの世界には四季が存在しないのだろう。
だがその内心にはフラストレーションの炎が燃えている。
(口が硬いぃ~。
もう明らかにこのハーブティーが地雷の1つだってことはわかってるのにぃ~。
事件のことはそれとなく聞くにも聞けないしぃ~)
「サダコ様。
そんなにこのハーブティが気になるのですか?」
「えっ? あ、い、いえ~? そんなことは~……」
(あれ、これは、もしかして……)
咄嗟に誤魔化そうとするが、女性は無表情で奥へと消えていき、そして。
「……そこまで気になるのでしたら。
致し方ありませんね」
たらりと冷汗を流すサダコ姉の前で、エルフの女性は台所の奥からツボを運んできた。
女性が蓋を開いた瞬間、鼻をつくような刺激臭が広がる。
サダコ姉はその匂いを知っていた。
直近でその匂いを嗅いだ、その場所は……
(ガソリンスタンドの匂い……これは、少しまずいわね……)




